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親友に彼女をNTRられた俺は、俺にだけ優しいクール系ギャルヒロインとお試しで付き合うことになりました。  作者: 沢田美


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生徒会に、春の風が吹いた日

 二月の最終週。冬の空気はまだ頬を刺すほど冷たいのに、どこかに混じる匂いだけが、少しずつ春へと衣替えしていた。朝の通学路で感じた風の柔らかさや、夕方に伸びる影の輪郭の薄さが、季節の境目を否応なく知らせてくる。


 放課後の生徒会室。窓の外から差し込む橙色の夕陽が、机の上に積まれた書類の端を淡く染め、紙の白さを少しだけ温めていた。

 俺と蓮は、いつも通り「日常」の仕事をこなしていた。行事の報告書をまとめ、イベントの記録を整理し、来年度の引き継ぎ資料に目を通す。派手さはない。けれど、確かにここには「この一年」が詰まっている。手を動かすたび、紙の向こう側で積み重ねてきた時間が、静かに形を変えて現れてくる。


 ペンの走る音。紙をめくる音。

 それらが室内の空気を一定のリズムで満たしていると、世界が小さく整うような気がした。


 窓際のカーテンが、ふいに揺れた。隙間から入り込んだ風が、机の上のメモ用紙をかすかに震わせる。夕陽の色が少しずつ薄れ、部屋の影が長く伸びていく。――もうすぐ、今日も終わる。


「鈴波、春川、ちょっといいか」


 静けさを切り裂くように、桐谷会長の声が響いた。

 いつもより低く、無駄のない響き。空気の温度が一段だけ下がった気がして、俺と蓮はほぼ同時に顔を上げた。


「はい」


 会長は椅子に腰を下ろし、深く息を吐いた。その仕草ひとつで、ただ事ではないと分かる。表情には、迷いを切り捨てたあとの“決断”の影がある。


「実は、来月の生徒会長選挙についてなんだが」


 その言葉だけで、俺と蓮の背筋が自然と伸びた。

 生徒会長選挙。三年生が卒業する前に行われる、次の生徒会の「顔」を決める行事。責任の重さも、仕事量も、段違いだ。――そして、それは蓮の未来を大きく変える。


「俺は、鈴波に立候補してほしいと思っている」


「え……私、ですか?」


 蓮の声がわずかに震えた。目が大きく見開かれ、指先がペンを握ったまま固まる。

 会長はその反応を見ても、笑って誤魔化さない。ただ真っ直ぐに、静かに言葉を重ねた。


「ああ。お前はこの一年、副会長としてよくやってくれた。体育祭も、文化祭も、そしてバレンタインイベントも。どれも、お前の統括があったから成功した」


「そんな……私は、皆さんの支えがあって――」


「それでも、お前がいたから成り立ったんだ」


 会長の声は強くない。けれど、逃げ道を与えない確かさがあった。

 褒め言葉というより、事実の確認。積み上げてきた成果を、会長が“責任を持って”蓮に返しているように聞こえた。


「お前なら、次期生徒会長としてこの学校を引っ張っていける。自信を持て、鈴波」


「会長……」


 蓮の瞳が潤んだ。驚き、戸惑い、誇らしさ。いくつもの感情が混ざった揺れが、そのまま表情に浮かぶ。

 それでも同時に、肩が小さく震えているのが分かった。蓮にとってこの言葉は、救いであると同時に、避けられない重さでもある。


「もちろん、最終的に決めるのはお前だ。無理にとは言わない。でも……俺は、お前に任せたいと思ってる」


「……考えさせてください」


「ああ、もちろんだ」


 会長は立ち上がり、二人に軽く頷くと、生徒会室を後にした。

 扉が閉まる音が、静寂の中に吸い込まれていく。残された俺と蓮。時計の針が、規則正しく時を刻む音だけが響いた。


「蓮……」


「海斗……」


 蓮が俺を見つめた。その目は、不安で揺れていた。さっきまで仕事をしていた手が、行き場を失ったみたいに膝の上で固まっている。


「私、生徒会長なんて……できるのかな」


 その声が、かすかに震える。

 俺はゆっくりと息を吸い、言葉を選んだ。簡単に励ますだけじゃ、届かない。蓮は真面目だからこそ、責任の輪郭を想像して怖くなる。


「できるよ。蓮なら」


 俺はその手を握った。ひんやりとした指先。けれど、その奥には確かな熱がある。今すぐ泣き崩れるほど脆くはない。けれど今、支えが必要な温度。


「会長の言う通りだ。蓮はずっと真面目で、誰よりも努力してきた。みんな、それを知ってる」


「でも……責任が、怖いの。私に務まるのかなって」


「一人じゃない」


 俺は、そっと蓮を抱き寄せた。

 驚いたように息を呑む蓮。その肩を、優しく包み込む。抱きしめるというより、逃げ道を塞がない形で寄り添う。安心していい、と体温で伝える。


「俺がいる。会長も、藤崎も、野村も、凛音もいる。蓮は、みんなに支えられてる」


「海斗……」


「大丈夫。誰も、蓮を一人にはしない」


 その言葉に、蓮は目を閉じ、小さく頷いた。

 不安が消えたわけじゃない。けれど、受け止め方が変わった。怖さを“独り占め”しなくてもいいと、ほんの少し理解したような頷きだった。


「ありがとう……少し、考えてみる」


「ああ」


 二人の間に、静かな温もりが流れた。

 窓の外では夕陽が沈み、空が紫に染まっていく。冬の終わりと、春の始まり。その境界線みたいな空だった。


 ※ ※ ※


 夜。

 家のベッドに横になり、天井をぼんやり見つめる。部屋は暗いのに、頭の中だけが妙に明るい。蓮の表情、会長の言葉、沈黙の時間――それらが何度も再生され、同じ場面で少しずつ別の意味を持ち始める。


 その時、スマホが震えた。

 画面には、蓮からのメッセージ。


『海斗、起きてる?』


『ああ、起きてる』


『眠れなくて……』


『生徒会長のこと?』


『うん……』


 数秒の間を置いてから、次のメッセージが届いた。


『電話、いい?』


『もちろん』


 呼び出し音が鳴り、蓮の声が聞こえた。


「もしもし……海斗」


「どうした、眠れないのか」


「うん……やっぱり怖くて」


 小さな声。息を詰めたような話し方。強がりが剥がれた、素の蓮の声だ。

 窓の外では風が吹き、街灯の光がカーテン越しに揺れていた。まるで、揺れているのは光だけじゃなく、蓮の心そのものみたいに。


「生徒会長になったら、もっと忙しくなるよね」


「ああ、きっとな」


「責任も重くなる。私、ちゃんとできるかな……」


「蓮」


「ん……?」


「俺は、蓮ならできると思ってる」


 静かに、でもはっきりと。

 言葉を丁寧に置く。軽く言ってはいけない。蓮の人生に触れる話だから。


「でも、決めるのは蓮自身だ。やりたいと思えるなら、俺は全力で支える」


「……」


「でも、無理だと思うなら、やらなくてもいい。誰も責めたりしないよ」


 数秒間の沈黙。

 その沈黙には、迷いが詰まっていた。怖さ、期待、誇り、責任――それらを秤にかけ、答えを探している沈黙。


 そして、小さな嗚咽交じりの声が返ってきた。


「ありがとう……海斗」


「俺は、蓮が笑ってるのが一番嬉しい」


「……海斗がいてくれて、本当に良かった」


「俺もだ」


 少しの間、言葉がなくなった。

 けれど、その沈黙が心地よかった。電話越しでも、蓮の存在をすぐそばに感じられた。声の震えが落ち着いていくのが分かる。それだけで、今夜の会話は意味を持つ。


「ねえ、海斗」


「ん?」


「私……やってみようかな」


「え?」


「生徒会長。怖いけど……やってみたい」


 蓮の声が、少しだけ強くなった。迷いの中に、小さな光が灯るような声。

 “怖い”が消えたわけじゃない。けれど、“怖いからやめる”ではなく、“怖いけど進む”へと向きを変えた声だ。


「会長に認めてもらえて嬉しかった。それに……海斗が支えてくれるって言ってくれたから」


 その言葉に、胸の奥が熱くなる。

 誰かの背中を押すというのは、勢いをつけることじゃない。倒れそうなときに支えになると約束することだ。蓮は今、その約束を手にして前に出ようとしている。


「頑張ってみたい。私、ちゃんと成長したい」


「……蓮」


「支えてくれるよね?」


「ああ、もちろんだ。どんな時も、俺は蓮の隣にいる」


 蓮が小さく笑った。その声が、安心に変わる。


「ありがとう。じゃあ、明日、会長に伝えるね」


「ああ。おやすみ、蓮」


「おやすみ、海斗」


 通話が切れる。画面が暗くなると同時に、胸の中には温かい光が残った。

 ――蓮が決意した。

 その事実だけで、心が満たされていく。期待も不安もある。でも、それ以上に確かなものがある。俺は、あの人の隣に立つ。


 ※ ※ ※


 翌日の放課後。

 生徒会室には全員が集まっていた。窓の外では、冬の名残を含んだ陽光が柔らかく差し込み、昨日よりも少しだけ部屋が明るく見えた。


 桐谷会長、藤崎書記、野村会計、そして俺。

 蓮が一歩前に出た。その表情は、昨日とは違っていた。迷いのない瞳。凛とした立ち姿。言葉にする前から、もう答えは決まっていると分かる顔だった。


 蓮がひとつ大きく深呼吸をする。胸の奥に溜め込んだものを、一度だけ外へ出すように。


「会長、昨日のお話ですが……」


「うん?」


「私、生徒会長に立候補させていただきます」


 その言葉が、まっすぐ生徒会室に響いた。

 空気が変わる。少し前まで書類とペンの音だけだった部屋が、今は「始まり」の音で満たされる。


 会長の顔に、満足げな笑みが浮かぶ。


「そうか……よく決断してくれたな、鈴波。お前ならやれる」


「ありがとうございます」


 蓮が深々と頭を下げる。その姿は堂々としていた。

 藤崎と野村も、すぐに笑顔で拍手を送る。拍手の音が、生徒会室をほんの少しだけ明るくする。


「春川、お前も支えてやれよ」


「もちろんです」


 会長の言葉に、俺は迷いなく頷いた。ここで濁す理由なんて、ひとつもない。


「よし。それじゃ、選挙に向けて準備を始めよう。演説、公約、活動方針――やることは山ほどあるぞ」


「はい!」


 蓮の返事が、力強く響いた。


 その声を聞いて、俺は静かに拳を握る。

 これから忙しくなる。でも、不安はない。怖さがないわけじゃない。けれど、その怖さを、俺は一人に背負わせない。


 夕陽が窓の外を金色に染めていく。

 その光の中で、蓮が書類を手に取り、新しいページをめくった。


 ――それは、きっと「次の物語」の始まりだった。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!

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