表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
親友に彼女をNTRられた俺は、俺にだけ優しいクール系ギャルヒロインとお試しで付き合うことになりました。  作者: 沢田美


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/14

変化の兆し

 放課後、生徒会室で蓮を待っていると、突然扉が開いた。


「失礼します」


 入ってきたのは、見覚えのある女子生徒だった。夢と仲が良かった、クラスメイトの一人だ。俺は少し身構えながらも、その子に視線を向ける。

 また何か言われるのか――そんな警戒心が胸の奥で疼く。だが、彼女の表情は敵意とは程遠いものだった。


「あの……春川くん、ちょっといいですか?」


「俺に?」


 警戒しながら聞き返すと、彼女は申し訳なさそうに頭を下げた。


「ごめんなさい! 私、雪原さんの話を鵜呑みにして、春川くんのこと悪く言っちゃって……」


「え……」


 予想外の言葉に、俺の思考が一瞬止まった。謝罪? 彼女が、俺に?


「今朝の鈴波副会長の話を聞いて、やっと分かりました。雪原さんが嘘をついてたって」


 彼女は涙ぐんでいた。


「春川くん、本当に何も悪くなかったんですよね。なのに、私たち……」


「いや、もういいよ」


 俺は首を横に振った。

 怒りや恨みを抱いてもいいはずなのに、不思議とそんな感情は湧いてこなかった。ただ、やっと分かってもらえたという安堵感だけがあった。


「信じてもらえなかったのは仕方ない。夢の演技が上手かっただけだ」


「でも……」


「それより、これからは普通に接してくれたら嬉しい」


 彼女は驚いたように俺を見た。


「春川くん……優しいんですね」


「そんなことないよ」


 自分では普通のことを言っただけなのに、彼女の目には俺が特別な人間に映っているらしい。それが少しだけ気恥ずかしかった。


「いえ、優しいです。だから雪原さんに利用されちゃったんだと思います」


 彼女は深々と頭を下げた。


「本当に、ごめんなさい」


 そう言って、彼女は生徒会室を出て行った。ちょっとした静寂が流れる。

 俺は一人残された生徒会室で、小さくため息をついた。胸の奥に溜まっていた重いものが、少しだけ軽くなった気がした。


「……ふーん」


 扉の陰から、蓮が顔を出した。


「見てたのか?」


「うん。ちょうど来たところ」


 蓮は俺の隣に座った。


「海斗、やっぱり優しいね」


「そうか?」


「そうだよ。普通なら、もっと怒ってもいいのに」


 蓮は呆れたように笑った。


「でも、それが海斗のいいところ」


 蓮の言葉が、胸に温かく染み込んでくる。彼女にそう言ってもらえるだけで、俺は救われた気がした。


「蓮は怒らないのか? 俺のことを悪く言われてたのに」


「怒ってるよ、めちゃくちゃ」


 蓮はむくれた表情を見せた。


「でも、海斗が許すなら、私も我慢する。それが彼女の務めでしょ」


「彼女の務め……」


 その言葉が妙に嬉しくて、俺は思わず顔が緩みそうになるのを必死に堪えた。


「そ。海斗の気持ちを尊重するのが、私の役目」


 蓮はそう言うと、立ち上がった。


「さ、帰ろ。今日はどこ行く?」


「どこって……」


「昨日はカフェだったから、今日は別の場所がいいな」


 蓮は楽しそうに提案した。


「公園とか、どう?」


「公園?」


「うん。散歩したい気分」


「それもいいな」


 ※ ※ ※


 二人で生徒会室を出ると、廊下で何人かの生徒とすれ違った。彼らは俺たちを見て、小声で話し始めた。


「鈴波副会長と春川くん、本当に付き合ってるんだ」


「お似合いだよね」


「春川くん、可哀想だったもんなぁ」


 今までとは全く違う反応。蓮は満足げに頷いた。つい数日前まで針のような視線を向けられていたのが嘘のようだ。俺は自分の置かれた状況の変化を、まだ完全には信じられずにいた。


「ね、風向き変わったでしょ?」


「ああ……信じられない」


「これが真実の力」


 蓮は得意げに胸を張った。その様子には絶対的な自信があるように見えた。


「嘘はいつかバレる。そして真実は、必ず明らかになる」


 ※ ※ ※


 校門を出ると、夕日が二人を照らした。


「綺麗だね」


「ああ」


 蓮と並んで歩きながら、俺は不思議な気持ちになっていた。数日前まで、俺は絶望していた。夢に裏切られ、傑に裏切られ、学校中から白い目で見られていた。それが今では、蓮という味方ができて、周囲の見る目も変わった。

 人生とは、こんなにも簡単に変わるものなのか。俺はまだその実感が湧かず、ただ夢を見ているような心地だった。


「ねえ、海斗」


「ん?」


「あと四日で、お試し期間が終わる」


 蓮が唐突に言った。


「……そうだな」


 その言葉に、胸が少しだけ締め付けられる。もう四日しかない。そう考えると、焦りのようなものが込み上げてきた。


「海斗は、どう思ってる?」


「どうって?」


「私と、これからも付き合えるかどうか」


 蓮は立ち止まり、俺の方を向いた。その視線はとても真剣なもので俺は固唾を呑んだ。答えを求める彼女の瞳に、俺は自分の心臓の音が聞こえるほど緊張した。


「正直に言ってほしい。無理そうなら、今のうちに――」


「無理じゃない」


 俺は即答していた。


 自分でも驚くほど、迷いはなかった。この数日間で、俺の中で何かが確実に変わっていた。


「蓮と一緒にいると、楽なんだ」


「楽?」


「ああ。気を遣わなくていいし、素でいられる」


 俺は自分の気持ちを言葉にした。前まで夢と居た時の自分と、今この瞬間までの鈴波蓮という人といる時の自分を比較していた。あの頃の俺は、いつも何かに怯えていた。嫌われることを、見捨てられることを。でも今は違う。


「夢と付き合ってた時は、いつも緊張してた。嫌われないように、嫌われないようにって」


「それ、疲れるでしょ」


「めちゃくちゃ疲れた」


 思わず図星をつかれて俺は苦笑した。


「でも、蓮と一緒だと違う。自然体でいられる」


「……そっか」


 蓮は嬉しそうに微笑んだ。その顔がどうにも愛おしくてたまらない。こんな感情、夢と付き合っていた時には一度も感じたことがなかった。


「なら、よかった」


 ※ ※ ※


 近くの公園に着くと、蓮はベンチに座った。


「ねえ、海斗。隣、座って」


「ああ」


 俺も隣に座ると、蓮が俺の肩に頭を預けてきた。彼女のその行為に俺の鼓動が高鳴る。心臓がうるさいほどに鼓動する。

 柔らかい髪が頬に触れる感触、ほのかに香る甘い匂い。それら全てが俺の理性を揺さぶった。


「ちょ、蓮!?」


「いいでしょ。カップルなんだから」


「で、でも……」


「海斗、緊張してる?」


「そりゃ……」


 蓮はくすくすと笑った。


「可愛い」


「可愛いって……」


 恥ずかしさと嬉しさが入り混じって、俺はどう反応していいか分からなくなった。


「海斗、私と一緒にいて本当に楽?」


「ああ」


「嘘ついてない?」


「嘘なんかつかない」


 俺は真剣に答えた。嘘なんかつけるものか、今の俺は本当に彼女のことを想っている――だからこそ俺は言葉を続けた。


「蓮は、俺を信じてくれた最初の人だ。それだけで、十分すぎるくらいだ」


「……海斗」


 蓮は顔を上げて、俺を見つめた。その瞳に映る俺は、どんな表情をしているのだろう。少なくとも、夢といた頃よりは穏やかな顔をしているはずだ。


「私、海斗と付き合えて嬉しい」


「俺も」


「本当?」


「本当だ」


 俺は頷いた。


「最初は、お試しだからって割り切ろうとしてた。でも、今は違う」


「どう違うの?」


「蓮のこと、もっと知りたいと思ってる」


 俺の言葉に、蓮の頬が赤く染まった。


「……ずるい」


「え?」


「そんなこと言われたら、嬉しくなっちゃうじゃん」


 蓮は恥ずかしそうに俯いた。その仕草が可愛くて、俺は思わず笑みがこぼれそうになった。


「私、海斗にもっと好きになってもらいたい」


「蓮……」


「だから、残りの四日間、もっと一緒にいよう」


 蓮は俺の手を握った。その手の温もりが、俺の心に直接伝わってくるようだった。


「海斗が私を選んでくれるように、頑張る」


「蓮は十分頑張ってるよ」


「まだ足りない」


 蓮は真剣な表情で続けた。


「海斗が、心から私のことを好きになってくれるまで、私は頑張る」


「……分かった」


 俺も蓮の手を握り返した。もう、答えは出ている気がした。でも、それを口にするのは、まだ早い気がした。


「じゃあ、俺も頑張る」


「何を?」


「蓮のこと、もっと知ること」


 俺の言葉に、蓮は目を見開いた。


「……っ」


 蓮は俯いて、小さく呟いた。


「海斗、本当にずるい」


「そうか?」


「そうだよ。そんな真面目に言われたら、ドキドキしちゃう」


 蓮は顔を上げた。その瞳は、少しだけ潤んでいた。俺の言葉が、彼女をこんなにも動揺させている。それが嬉しくて、俺の胸は満たされていく。


「私、海斗のこと、本気で好きになっちゃったかも」


「蓮……」


「だから――」


 蓮は俺に顔を近づけた。距離が縮まる。彼女の吐息が感じられるほど近くに、蓮の顔があった。俺の心臓は今にも破裂しそうなほど激しく打っている。


「一週間後、私を選んで」


「……ああ」


 俺は頷いた。

 夕日が二人を包み込む。

 公園のベンチで、手を繋いだまま、俺たちはしばらく黙っていた。でも、その沈黙は心地よかった。言葉はいらなかった。ただ隣にいるだけで、俺たちは互いの温もりを感じ取ることができた。


「ねえ、海斗」


「ん?」


「明日も、一緒にいてくれる?」


「当たり前だろ」


「……ありがとう」


 蓮は嬉しそうに微笑んだ。


「じゃあ、そろそろ帰ろっか」


「ああ」


 二人で立ち上がり、公園を後にした。


 ※ ※ ※  


 駅までの道を、手を繋いだまま歩く。蓮の手は温かくて、俺の手にぴったりと馴染んだ。まるで最初からそうだったかのように、自然で心地いい。


「ねえ、海斗」


「ん?」


「私、幸せ」


 蓮が突然言った。


「海斗と一緒にいられて、本当に幸せ」


「俺も」


 その言葉に嘘はなかった。本当に、心からそう思っていた。


「……嘘みたい」


 蓮は空を見上げた。


「数日前まで、海斗は雪原夢に振られて絶望してた。それが今では、私の隣にいる」


「不思議だよな」


「うん。でも、これが運命なのかも」


 蓮は俺を見て、笑った。


「海斗と出会えたこと、海斗を好きになれたこと。全部、運命だったのかもしれない」


「運命……か」


 俺も空を見上げた。

 もし本当に運命があるなら、夢に振られたことも、蓮と出会ったことも、全部運命だったのかもしれない。あの絶望があったからこそ、今の幸せがある。そう思えるようになった自分に、俺は少しだけ驚いていた。


「じゃあ、また明日」


 駅の改札前で、蓮が手を振った。


「ああ、また明日」


 別れ際、蓮が俺の頬に軽くキスをした。


「おやすみ、海斗」


「お、おやすみ……」


 蓮は照れた表情で改札を通っていった。俺は頬に手を当てたまま、しばらくその場に立ち尽くしていた。頬に残る温もりが、まだ消えない。俺は心臓の高鳴りを抑えきれずに、深く息を吐いた。


 ※ ※ ※


 家に帰ると、スマホに蓮からメッセージが届いていた。


『今日も楽しかった。明日も、よろしくね』


 俺は返信を打った。


『こっちこそ。明日も、楽しみにしてる』


 送信すると、すぐに既読がついた。そして、ハートマークのスタンプが送られてきた。


「蓮……」


 お試し期間は、あと四日。その間に、俺は答えを出さなければならない。


 でも、もう答えは決まっている気がした。蓮と一緒にいたい。その気持ちが、日に日に強くなっていく。夢への想いは、もう完全に過去のものになっていた。今、俺の心を占めているのは、蓮のことだけだ。


「考えるまでもないか……」


 呟いて、俺はベッドに横になった。明日はどんな一日になるのか。

 楽しみで、眠れない夜だった。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!

このお話が少しでも面白いと感じていただけたら、ぜひ「♡いいね」や「ブックマーク」をしていただけると嬉しいです。

応援が次回更新の励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ