対峙
翌朝、昇降口で蓮を待っていると、予想外の人物が現れた。
「あ……海斗」
夢だった。
傑を連れた夢が、俺の前に立っていた。それを見て俺は思わず身構えた。
「……何の用だ」
冷たく言い放つと、夢は困ったような表情を浮かべた。それは何かを企みながらも何かを言いたげな顔をしていた。
「ねえ、海斗。私たち、ちゃんと話した方がいいんじゃないかな」
「話すことなんてない」
「そんな冷たいこと言わないでよ。私たち、3年も付き合ってたんだよ?」
夢は涙を浮かべながら、俺に近づいてきた。
「それに、海斗がSNSで私の悪口書いてるって聞いて……」
「は?」
俺は思わず声を上げた。
「俺はそんなことしてない」
「でも、みんなそう言ってるよ? 『春川が雪原の悪口を書いてる』って」
「それもデマだろ。お前が流した」
「ひどい! 私、そんなことしてないのに!」
夢は大きな声で泣き始めた。周囲の視線が一斉に俺たちに集まる。その視線はどれも夢だけを心配する視線だった。
「雪原さん、大丈夫?」
「春川、また何かしたのか?」
野次馬が集まってくる。俺は拳を握りしめた。また同じだ。夢の嘘で、俺が悪者にされる。あの時と同じ悪意のこもった暴力的な視線が俺に刺さる。
「海斗……なんでそんなに冷たくなったの? 前は優しかったのに……」
「優しくしてたのに、お前は傑と――」
「それは! それは海斗が私を大切にしてくれなかったから!」
夢は涙を拭いながら叫んだ。
「海斗、私にお金ばっかり使わせて! 暴力だって――」
「嘘つくな!」
俺は思わず怒鳴った。周囲がざわめく。夢はさらに泣き声を大きくした。周りの敵意がより一層鋭い視線として向けられる。
「ほら、また怒鳴った……怖い……」
「おい、春川! いい加減にしろよ!」
男子生徒が俺の肩を掴もうとした、その時だった。
「手、出さない方がいいよ」
冷たい声が響いた。
振り返ると、蓮が立っていた。
いつもより鋭い目つきで、夢を睨みつけている。
「れ、蓮さん……」
夢が怯えたように後ずさる。
「雪原夢。あんた、また嘘ついてるでしょ」
「嘘なんてついてません! 私、本当に海斗くんに――」
「証拠は?」
蓮の一言で、夢が黙り込んだ。
「海斗がSNSであんたの悪口を書いた証拠。海斗があんたに暴力を振るった証拠。お金を脅し取った証拠。全部出してみなさいよ」
「そ、それは……」
「出せないでしょ。だって、全部嘘だから」
蓮は夢との距離を詰めた。蓮が放つ自信と確信に満ちたオーラが周りをも圧倒する。
「私、海斗のこと半年見てた。生徒会の仕事で一緒になることが多かったから、海斗がどういう人間か知ってる」
「で、でも――」
「海斗は、あんたが欲しがったもの全部買ってあげてた。デートの計画も全部立ててた。それなのに、あんたは何もしなかった」
蓮の言葉に、周囲がざわめいた。
「む、むしろ私が海斗くんに尽くしてたんです! それなのに海斗くんは――」
「嘘」
蓮はきっぱりと言い切った。
「あんた、半年前から岡波傑と付き合ってたでしょ。海斗と付き合いながら」
「な、何を――」
「証拠なら、ある」
蓮はスマホを取り出した。
「半年前、あんたと岡波が二人きりで歩いてるところ、たまたま見かけた。その時の写真、残ってる」
「そ、それは――」
「言い訳する? でも無駄だよ。タイムスタンプもばっちり残ってるから」
夢の顔が青ざめた。その顔はまさに威勢と自信を無くした顔だった。
「さらに言えば、あんたが海斗から買ってもらったコスメやアクセサリー。全部、岡波とのデート前に買ってもらってたよね」
「な、なんで知ってるの……」
「観察してたから」
蓮は冷たく言い放った。
「あんた、海斗を都合のいい財布としか思ってなかった。そして浮気がバレたら、今度は被害者ぶってデマを流した」
「違う! 私は本当に――」
「じゃあ、証拠を出して」
蓮の言葉に、夢は何も言えなくなった。周囲の生徒たちも、夢を見る目が変わっていた。その視線のほとんどは、雪原夢という女に対する疑いの視線だった。
「雪原さん……嘘だったの?」
「春川くん、可哀想……」
風向きが変わったことに気づいた夢は、傑の袖を掴んだ。
「傑くん……助けて……」
「夢……」
傑は困惑した表情で夢を見ていた。
「岡波傑」
蓮が傑に視線を向けた。
「あんたも最低だよ。親友を裏切って、その上でデマに加担するなんて」
「俺は……俺は夢を愛してるんだ! だから――」
「愛? 笑わせないで」
蓮は鼻で笑った。
「本当に愛してるなら、正々堂々と海斗に話すべきだった。陰でコソコソして、挙句の果てに海斗を悪者にするなんて、それは愛じゃない。ただの卑怯」
「う……」
傑は何も言い返せなかった。
蓮は俺の方を向くと、手を差し出した。
「海斗、行こ」
「蓮……」
「こんな奴ら、相手にするだけ時間の無駄」
俺は蓮の手を握った。
二人で昇降口を抜けようとした時、夢が叫んだ。
「待って! 鈴波さん、あなた海斗くんと付き合ってるんですよね!? でも、それって同情で――」
「違うよ」
蓮は振り返らずに答えた。
「私、海斗のことが好きで付き合ってる。同情じゃない」
「で、でも! 海斗くんはまだ私のこと――」
「忘れてるよ」
蓮はそこで立ち止まり、夢を見た。蓮のその目は、何もかも地の底に落ちた彼女を見下ろすような目だった。
「海斗は、もうあんたのことなんか見てない。今、海斗の隣にいるのは私」
蓮は俺の手をぎゅっと握り締めた。
「だから、もう海斗に近づかないで。あんたには、岡波がいるんでしょ?」
「……っ」
夢は悔しそうに唇を噛んだ。蓮は俺の手を引いて、そのまま校舎に入っていった。
廊下を歩きながら、蓮が小さく呟いた。
「……大丈夫だった?」
「ああ、ありがとう」
「当たり前。私、海斗の彼女だから」
蓮は少しだけ表情を緩めた。
「でも、ちょっと言い過ぎたかも。興奮しちゃった」
「いや、すごく助かった」
俺は正直な気持ちを伝えた。
「蓮がいなかったら、また俺が悪者にされてた」
「それは許さない」
蓮はきっぱりと言った。
「海斗は何も悪くない。悪いのは、嘘をついた雪原夢と岡波傑」
教室の前で立ち止まり、蓮は俺を見上げた。
「ねえ、海斗」
「ん?」
「今日の放課後も、一緒にいてくれる?」
「もちろん」
「よかった」
蓮は嬉しそうに微笑んだ。
「じゃあ、また昼休みに」
「ああ」
※ ※ ※
蓮と別れて教室に入ると、クラスメイトたちの視線が俺に集まった。でも、昨日までとは明らかに違っていた。
「春川……大変だったな」
「雪原、マジで最低だな」
「お前、何も悪くなかったんだな」
同情の声が次々とかけられる。俺は複雑な気持ちで席に着いた。
※ ※ ※
昼休み、屋上で蓮と合流した。
「お疲れ様」
「蓮も」
二人で並んでフェンスにもたれかかる。
「ねえ、海斗。今日の反応、どうだった?」
「みんな、同情的になった。夢のデマ、もう信じてない人が多い」
「そっか。なら作戦成功だね」
蓮は満足げに頷いた。
「これで、海斗の評判は少しずつ回復していく」
「全部、蓮のおかげだ」
「違うよ。海斗が何も悪いことしてなかったから、真実が明らかになっただけ」
蓮は俺の方を向いた。
「海斗、胸張っていいんだよ。あんたは何も悪くない」
「……ありがとう」
蓮の言葉が、俺の心を温めてくれる。
「そういえば、蓮」
「ん?」
「さっき、夢に言ってたこと……本当なのか?」
「どれ?」
「俺のことが好きで付き合ってるって」
蓮は少しだけ頬を赤らめた。
「……当たり前でしょ。嘘ついてどうするの」
「でも、お試しで――」
「お試しでも、私の気持ちは本物」
蓮は真剣な表情で続けた。
「海斗が一週間後にどう答えるかは分からない。でも、私は本気で海斗のことが好き」
「蓮……」
「だから、海斗も真剣に考えて。私と付き合うかどうか」
蓮は俺の目を見つめた。
「一週間、まだ時間はある。その間に、答えを出してほしい」
「……分かった」
俺は頷いた。
蓮の真剣な眼差しに、俺も真剣に向き合わなければならない。
「じゃあ、今日の放課後――」
「うん、一緒に帰ろう」
蓮は笑顔で頷いた。そして、俺の手をそっと握った。
「海斗、私はずっと隣にいるから」
「ああ」
空を見上げると、雲一つない青空が広がっていた。
一週間のお試し期間。その先に、俺はどんな答えを出すのだろう。まだ分からない。
でも、蓮と一緒にいると、少しずつ前を向けている気がした。
それだけで、今は十分だった。
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