勝者の宣言、敗者の涙 体育祭午後の部
午後。
校庭は、午前中以上に盛り上がっていた。応援の声。拍手。笑い声。全てが、体育祭のクライマックスに向かって高まっていく。
秋の日差しが、校庭を優しく照らしている。風が吹くと、木々の葉が揺れる音が聞こえる。
俺は、白組のテントの近くに座っていた。次の競技は、借り物競走。蓮が出場する競技だ。
蓮の姿を探すと、スタートラインに並んでいる選手たちの中に見つけた。体操着姿の蓮。髪を後ろで結び、真剣な表情でスタートを待っている。
その姿を見ているだけで、俺の胸が高鳴る。
昼休み、蓮が俺のところに来てくれた。一緒に過ごした、あの短い時間。蓮の温もり。蓮の笑顔。蓮の謝罪。
全てが、俺の心を満たしている。
蓮は、変わろうとしてくれている。何かの呪縛から、抜け出そうとしてくれている。
その姿が愛おしい。
「次は、借り物競走です!」
アナウンスが響いた。選手たちが、スタートラインに並ぶ。蓮もその中にいる。
借り物競走のルールは簡単だ。走りながら、指定された「借り物」を見つけて、ゴールまで運ぶ。借り物の内容は、箱の中の紙に書かれている。
選手たちは、各自一枚ずつ紙を引く。
蓮が、箱に手を入れる。その手が、わずかに震えている。
蓮が紙を引いた。
蓮が紙を開く。その瞬間、蓮の表情が変わった。目が見開かれる。驚いたような、でも嬉しそうな表情。
蓮が引いた紙には、何が書かれていたのか。俺には見えない。でも、蓮の表情から、何か特別なものだと分かる。
蓮の目が、校庭を見渡す。何かを探すように。
そして、蓮の目が俺を捉えた。
その瞬間、蓮の表情が変わった。決意に満ちた表情。そして、優しい笑顔。
「位置について!」
アナウンスが響く。選手たちが、スタートの構えを取る。蓮も、構える。でも、その目は、ずっと俺を見ている。俺だけを見ている。
「用意、スタート!」
ピストルの音が鳴り響いた。
選手たちが、一斉に走り出す。
蓮も、走り出した。
その時、蓮の目が俺を捉えた。
蓮が、こっちに走ってくる。
まっすぐに、俺に向かって。
他の選手たちは、それぞれの方向に走っている。でも、蓮は、観客席に向かって走っている。
周囲の生徒たちが、ざわめき始めた。
「え、鈴波副会長、どこ行くの?」
「こっち来てる?」
「誰を探してるんだ?」
ざわめきが、広がっていく。
蓮は、構わず走ってくる。まっすぐに、俺に向かって。
その姿が、美しい。髪が風になびいている。その瞳は、真っ直ぐに俺を見つめている。
蓮が俺の前で止まった。
息を切らしながら、俺を見つめる。その瞳には、真っ直ぐな想いが宿っている。涙が、うっすらと浮かんでいる。
「海斗」
蓮の声が、震えている。
「蓮……?」
俺は立ち上がった。心臓が、激しく鳴っている。
「借り物競走で、これを引いたの」
蓮は、手に持っていた紙を俺に見せた。
その紙には、こう書かれていた。
『大切な人』
大切な人。
その文字を見た瞬間、俺の胸が熱くなった。蓮が引いた借り物は、「大切な人」。
そして、蓮は俺のところに来た。
周囲が静かになった。みんなが、二人を見ている。息を呑んで、見守っている。
「海斗が、私の大切な人」
蓮ははっきりと言った。その声は、校庭全体に響くほど大きい。周囲の生徒たちが、二人を見ている。
その声は、震えている。でも、力強い。
「私、ずっと一人で頑張ろうとしてた」
蓮の目から、涙が溢れてくる。
「お母さんに認められたくて」
蓮の声が、続く。
「完璧でいなきゃって思ってた」
蓮の涙が、頬を伝って落ちていく。
「でも、それで海斗を傷つけてた」
蓮の声が震える。
「海斗を、一人にしてた」
蓮の涙が、止まらない。
「ごめんなさい……」
蓮の言葉に、俺の目からも涙が溢れた。
「蓮……」
「でも、もう分かった」
蓮は涙を拭った。その目が、真っ直ぐに俺を見つめる。
「私にとって、一番大切なのは、完璧でいることじゃない」
蓮の声がはっきりしている。
「海斗と、一緒にいることなの」
蓮の言葉に、俺の胸が熱くなった。
「だから」
蓮は、俺の手を掴んだ。その手は温かく、その温もりが俺の心を満たしていく。
「一緒に走って」
蓮の目から涙が溢れてくる。その涙が頬を伝って落ちていく。
「海斗と、一緒にゴールしたい」
蓮の言葉に、俺の目からも涙が溢れた。嬉しくて、嬉しくて、涙が止まらない。
蓮が俺を選んでくれた。「大切な人」として、俺を選んでくれた。
周囲から、歓声が上がり始めた。拍手。口笛。応援の声。
でも、俺には、蓮しか見えない。
「ああ、一緒に走ろう」
俺は立ち上がり、蓮の手を握り返した。蓮の手を強く握る。
蓮が微笑んだ。涙に濡れた笑顔。その笑顔が、太陽よりも眩しい。
周囲から、さらに大きな歓声が上がった。拍手。口笛。応援の声。全てが、二人を祝福しているようだった。
「行こう、海斗!」
「ああ!」
二人で走り出した。
手を繋いで、ゴールに向かって。蓮と一緒に。二人で一緒に。
その感覚が、どれだけ幸せか。
走りながら、蓮が笑った。その笑顔が、太陽よりも眩しい。涙を流しながら、笑っている。
「海斗、楽しい!」
蓮の声が、嬉しそうだ。
「ああ、俺も!」
俺も笑った。涙を流しながら、笑っている。
二人で笑いながら、走る。周囲の歓声が、二人を包み込んでいく。
他の選手たちは、もうゴールしている。でも、俺たちは気にしない。ただ、二人で一緒に走ることが、幸せだった。
秋の風が、二人を撫でていく。その風が、心地よい。
校庭の木々の葉が、揺れている。太陽の光が、二人を照らしている。
この瞬間が、永遠に続けばいい。
ゴールラインが、近づいてくる。
二人で手を繋いだまま、ゴールした。
ゴールした瞬間、蓮が俺に抱きついた。その身体が、俺の胸に収まる。
「海斗……」
蓮の声が、震えている。
「蓮……」
俺は蓮を抱きしめた。
周囲から、さらに大きな歓声が上がった。拍手。応援の声。全てが、二人を祝福している。
その歓声が、校庭全体を満たしていく。
俺は蓮を強く抱きしめた。蓮の温もり。蓮の匂い。全てが、俺を幸せにしてくれる。
「ごめんね、海斗」
蓮は俺の胸に顔を埋めた。その声は、震えている。
「最近、ずっと一人にしちゃってた」
蓮の涙が、俺のシャツを濡らしていく。
「いや、いいんだ」
俺は蓮の頭を撫でた。
「よくない」
蓮は顔を上げた。その目から、涙が溢れている。
「海斗を、苦しませちゃってた」
蓮の声が切ない。
「海斗がどれだけ待っててくれたか」
蓮の涙が止まらない。
「どれだけ、心配してくれてたか」
蓮の手が俺のシャツを握りしめる。
「でも、もう大丈夫」
蓮は微笑んだ。その笑顔が、涙に濡れて輝いている。
「もう、海斗を一人にしない」
蓮の声が、はっきりしている。
「もう、一人で抱え込まない」
蓮の目が、真っ直ぐに俺を見つめる。
「海斗が、私の一番大切な人だから」
蓮の言葉に、俺の胸が熱くなった。蓮の一番大切な人。その言葉が、どれだけ嬉しいか。
「俺も、蓮が一番大切だ」
俺ははっきりと言った。その言葉に、一切の迷いはない。
「愛してる、蓮」
「私も、愛してる。海斗」
蓮はつま先立ちになって、俺の唇にキスをした。
柔らかく、温かい感触。
周囲から、さらに大きな歓声が上がる。口笛。拍手。祝福の声。
でも、俺たちは気にしない。ただ、お互いを感じ合う。
蓮の唇の感触。蓮の温もり。蓮の鼓動。
全てが、俺を幸せにしてくれる。
この瞬間が、永遠に続けばいい。
キスが終わると、蓮は恥ずかしそうに俺の胸に顔を埋めた。その顔が真っ赤になっている。
「みんなに、見られちゃった……」
蓮の声が、小さい。
「気にするな」
俺は蓮の頭を撫でた。蓮の髪が、指の間をすり抜けていく。
「これで、みんなに知られたな。俺たちが付き合ってること」
「……うん」
蓮は顔を上げた。その表情には、決意が滲んでいる。
「もう、隠さない」
「え?」
「学校でも、海斗の恋人として、堂々とする」
蓮ははっきりと言った。その声には、強い意志が込められている。
「生徒会副会長として、完璧でクールでいなきゃいけないって思ってた」
蓮の目が、俺を見つめる。
「プライベートな感情を、持ち込んじゃいけないって思ってた」
「……」
「でも、それで海斗を傷つけてた」
蓮の目から、また涙が溢れてくる。
「海斗を、一人にしてた」
蓮の涙が、頬を伝って落ちていく。
「だから、もう変わる」
蓮の声が、はっきりしている。
「海斗の恋人として、堂々とする。みんなの前でも海斗と一緒にいる」
蓮の宣言に、俺の胸が熱くなった。蓮が変わろうとしてくれている。俺のために。
「ありがとう、蓮」
俺の声が、震える。
「こっちこそ、ありがとう」
蓮は微笑んだ。その笑顔が、美しい。
「海斗が、待っててくれて」
蓮の手が、俺の手を握る。
「諦めずに、私を信じてくれて」
蓮の涙が、また溢れてくる。
「当たり前だろ」
俺は蓮を抱きしめた。蓮の身体が、俺の腕の中に収まる。
「俺は、ずっと蓮を愛してる」
俺の声が、蓮の耳元で響く。
「これからも、ずっと」
「……海斗」
蓮が俺の胸に顔を埋める。その身体が、小刻みに震えている。泣いている。
二人で抱き合ったまま、時間が過ぎていく。周囲の歓声が、まだ続いている。
でも、俺たちには、お互いしか見えない。お互いしか感じない。
この温もり。この幸せ。
ずっと、ずっと、続けばいい。
その時、誰かが俺たちに近づいてきた。振り返ると、桐谷会長が立っていた。その顔には、優しい笑顔が浮かんでいる。
「お前たち、いい加減にしろ」
桐谷会長は笑っていた。その笑顔は、温かい。
「体育祭の進行が止まってるぞ」
「あ、すみません!」
蓮は慌てて俺から離れた。その頬が、真っ赤に染まっている。
「でも、よかったな。鈴波」
桐谷会長が、蓮を見た。
「会長……」
「お前、最近ずっと無理してたからな」
桐谷会長の目には、優しさが滲んでいる。
「昼飯も食わずに、仕事ばっかりして」
桐谷会長の声が、続く。
「俺も、心配してたんだぞ」
「すみません……」
蓮が、頭を下げる。
「謝るな」
桐谷会長が、蓮の頭を撫でた。
「やっと、笑えるようになったな」
桐谷会長の言葉に、蓮の目から涙が溢れた。
「はい……」
蓮は微笑んだ。その笑顔が、輝いている。
「ありがとうございます」
「礼を言うなら、そっちの彼氏に言え」
桐谷会長は俺を見た。その目が、優しい。
「お前も、よく耐えたな」
「……ありがとうございます」
俺も頭を下げた。
「これからは、ちゃんと二人で支え合えよ」
桐谷会長の言葉に、温かさがある。
「一人で抱え込むな。今の二人なら、何でも乗り越えられる」
「はい」
二人で、声を揃えて答えた。
桐谷会長は笑って、競技の進行に戻っていった。その背中が、頼もしい。
※ ※ ※
俺は白組のテントに戻った。蓮は生徒会の仕事に戻る。
でも、もう大丈夫だ。二人の関係は、元に戻った。いや、元よりも強くなった。
テントに戻ると、クラスメイトたちが俺を囲んだ。
「海斗、すごかったな!」
「鈴波副会長と付き合ってたのか!」
「あのキス、最高だったぞ!」
「感動した!」
みんなが、口々に言う。その声は、祝福に満ちている。
俺は、照れくさそうに笑った。恥ずかしいが、嬉しい。
その時、誰かが俺に近づいてきた。振り返ると、凛音が立っていた。
凛音の表情は、複雑だった。笑顔だが、その奥には寂しさが滲んでいる。目が、少し赤い。
「春川くん、おめでとう」
凛音の声が、震えている。
「橘……」
「鈴波副会長と、うまくいったんだね」
凛音は微笑んだ。でも、その笑顔はどこか寂しげだ。
「ああ……」
俺は何も言えなかった。
「よかった」
凛音の目から、涙が一筋流れた。その涙をすぐに拭う。
「春川くんが、幸せそうで」
凛音の声が、切ない。
「橘……」
「私、諦めるね」
凛音ははっきりと言った。その声は震えている。
「春川くんのこと、好きだったけど」
凛音の涙が、また流れる。
「でも、春川くんは鈴波副会長を選んだ」
凛音は微笑んだ。その笑顔が切ない。
「だから、もう諦める」
凛音の言葉に、俺の胸が痛んだ。
「橘、ごめん……」
「謝らないで」
凛音は首を振った。その涙が、頬を伝って落ちていく。
「春川くんが謝ることじゃない」
凛音の声が優しい。
「春川くんは、自分の気持ちに正直だっただけ」
凛音が俺を見つめる。
「それは、悪いことじゃない」
「……」
「ただ、幸せになってね」
凛音の声が震える。
「鈴波副会長を、大切にしてあげて」
凛音の涙が止まらない。
「ありがとう、橘」
俺は、頭を下げた。
「橘も、幸せになってくれ」
「……うん」
凛音は微笑んだ。涙に濡れた笑顔。
そして、凛音は去っていった。その背中が小さく震えている。
俺は、凛音の後ろ姿を見送った。胸が痛む。凛音を傷つけてしまった。
でも、俺の選択は間違っていない。俺が愛しているのは、蓮だ。その想いは、変わらない。
凛音には、申し訳ない。でも、俺は蓮と一緒に生きていく。
その決意を胸に、俺は体育祭の残りを見守った。
校庭では、まだ競技が続いている。生徒たちの歓声。笑い声。
その中に蓮の姿も見える。生徒会の仕事をしている蓮。でも、時々、こちらを見て微笑んでくれる。
その笑顔を見るたびに、俺の胸が温かくなる。
全てが終わったら、蓮とちゃんと話そう。これからの二人のことを。
今までのことも、生徒会のことも、全部。
二人で、一緒に乗り越えていこう。
その期待を胸に、俺は午後の競技を見守った。
秋の空が、高い。青い空に、白い雲が浮かんでいる。
その空の下で、俺と蓮は、新しい一歩を踏み出した。




