恋人としての終わり
新学期が始まって一週間が経った。
俺と蓮の関係は、何も変わらなかった。いや、むしろ悪化していた。
毎日、昼休みになると俺は屋上に向かう。蓮を待つ。でも、蓮は来ない。メッセージを送っても、既読スルーか、短い謝罪の言葉だけ。
『ごめん、体育祭の準備があって』
その言葉を、何度見たことか。
生徒会の会議でも、蓮は俺を避ける。必要最低限の会話しかしない。目も合わせない。まるで、俺が存在しないかのように振る舞う。
それが学校での蓮だ。生徒会副会長として、クールで近寄りがたい存在。
放課後、俺は一人で帰路についていた。夕日が傾き、空がオレンジ色に染まっている。この道を、夏休み前は蓮と一緒に歩いていた。手を繋いで、他愛もない話をしながら。
でも、今は一人だ。
「海斗!」
突然、誰かが俺を呼んだ。振り返ると、凛音が走ってきた。
「橘……」
「久しぶり! 夏休みぶりだね」
凛音は息を切らしながら、俺の前に立った。派手なメイク。ショートパンツ。いつものギャルの格好だ。
「最近、元気?」
「……まあ」
俺は曖昧に答えた。正直に言えば、全然元気じゃない。
「そっか。鈴波副会長とは、うまくいってる?」
凛音の言葉が、俺の胸に突き刺さる。うまくいっているか。答えは、明白だ。
「……まあな」
「嘘だ」
凛音ははっきりと言った。その目は、俺を見透かしている。
「春川くん、元気ないもん。顔にも出てる」
「……」
「鈴波副会長と、最近会ってないでしょ?」
凛音の言葉に、俺は答えられなかった。図星だった。
「やっぱり。学校でも、二人が一緒にいるの見ないし」
「蓮は、体育祭の準備で忙しいんだ」
俺は蓮を庇った。でも、その声は弱々しい。
「そっか。でも、春川くん、寂しそう」
凛音は俺を見つめた。その瞳には、同情と、何か別の感情が混じっている。
「ねえ、春川くん。今日、ちょっとだけ話さない?」
「……いや、悪いけど」
「いいじゃん。友達として、ちょっとだけ」
凛音は俺の腕を掴んだ。その手の感触が、俺の腕に伝わってくる。
「春川くん、一人で悩んでるでしょ? 誰かに話した方が、楽になるよ」
凛音の言葉に、俺は迷った。確かに、誰かに話したい。この苦しさを、誰かに聞いてほしい。
でも、それは蓮への裏切りではないのか。
「大丈夫だよ。友達として、話を聞くだけだから」
凛音は微笑んだ。その笑顔は、どこか優しく見える。
「……分かった。少しだけ」
俺は頷いた。凛音と一緒に、近くの公園に向かった。
※ ※ ※
公園のベンチに座り、二人で缶コーヒーを飲んだ。夕日が沈みかけ、空が薄暗くなっている。
「それで、鈴波副会長とどうなの?」
凛音が尋ねた。その声は優しい。
「……うまくいってない」
俺は正直に答えた。もう隠す気力もない。
「夏休みの終わりから、ずっとすれ違ってる」
「そっか……」
「学校が始まっても、変わらない。蓮は、体育祭の準備で忙しくて、俺と会う時間がない」
俺の声が、震える。胸の奥から、苦しさが込み上げてくる。
「昼休みも、一緒に過ごせない。生徒会でも、蓮は俺を避ける」
「辛いね……」
凛音は俺の肩に手を置いた。その手の温もりが、俺の肩に伝わってくる。
「春川くん、我慢してるんだね」
「……ああ」
「でも、それって本当に幸せなのかな」
凛音の言葉が、俺の心に響く。幸せか。今の俺は、幸せなのか。
「蓮のこと、愛してる。でも……」
俺の言葉が、途切れる。涙が、目に浮かぶ。
「でも、辛い。会えない。話せない。蓮が、俺を避けてる気がする」
「……春川くん」
「俺、どうすればいいのか分からない」
涙が頬を伝って落ちていく。もう、我慢できない。胸の奥に溜まっていた苦しさが、溢れ出していく。
「鈴波副会長は、春川くんのこと、ちゃんと大切にしてくれてる?」
凛音の言葉が、俺の心に突き刺さる。大切にしてくれているか。その答えが、俺には分からない。
「分からない……」
「そっか……」
凛音は俺を抱きしめた。その温もりが、俺を包み込む。
「春川くん、辛かったね」
「橘……」
「大丈夫。私が、ここにいるから」
凛音の優しさが、俺の心を揺さぶる。この温もり。この優しさ。蓮から、もらえなくなったもの。
でも――
「ごめん、橘」
俺は凛音の身体を離した。その動作は、優しくだが、はっきりとしていた。
「俺は、蓮を愛してる」
「……分かってる」
凛音は寂しそうに微笑んだ。その表情には、諦めと、それでも諦めきれない想いが混じっている。
「でも、春川くん。いつまで我慢するの?」
「……」
「鈴波副会長が、春川くんを幸せにしてくれないなら」
「橘、やめろ」
俺ははっきりと言った。その言葉に、強さを込める。
「俺の気持ちは、蓮にしかない」
「……そっか」
凛音は立ち上がった。その表情には、寂しさが滲んでいる。
「でもね、春川くん。もし鈴波副会長が春川くんを泣かせたら」
「そんなことにはならない」
俺は即座に否定した。でも、その声は、どこか弱々しい。
「そうだといいけどね」
凛音は微笑んだ。その笑顔は、どこか意味深だ。
「私、ここで待ってるから」
「橘……」
「春川くんが、鈴波副会長に疲れたら」
「そんな日は来ない」
俺ははっきりと否定した。でも、心のどこかで、不安が膨らんでいく。
「じゃあ、またね。春川くん」
凛音は去っていった。その背中を見送りながら、俺は複雑な気持ちになった。
凛音の優しさ。あの温もり。全てが、俺の心を揺さぶった。
でも、俺の気持ちは、蓮にしかない。その確信を持ち続けなければ。
※ ※ ※
家に帰り、ベッドに横になった。天井を見つめながら、今日のことを思い返す。
凛音との会話。あの優しさ。あの温もり。
そして、蓮との距離。
スマホを見ると、蓮からメッセージが届いていた。
『おやすみ、海斗。今日も疲れちゃった。明日も頑張るね』
蓮からのメッセージ。でも、短い。絵文字もなく、ハートマークもない。「愛してる」も「大好き」もない。
俺は、返信を打った。
『お疲れ様。無理しないで。おやすみ、蓮。愛してる』
送信すると、既読がついた。でも、返信は来ない。俺の「愛してる」に、蓮は何も返さない。
その事実が、俺の心を深く傷つけた。
涙が、また溢れてくる。蓮は、もう俺を愛していないのか。
その不安が、俺を支配していく。凛音の言葉が、頭の中で繰り返される。
『鈴波副会長は、春川くんのこと、ちゃんと大切にしてくれてる?』
答えは、分からない。でも、今の俺には、その答えが「いいえ」に思えてならなかった。
窓の外から、虫の声が聞こえてくる。秋の訪れを告げる、寂しい音だ。
夏は終わった。そして、俺と蓮の関係も、終わろうとしているのか。
その恐怖が、俺の心を満たしていった。
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