副会長としての責務
私、鈴波蓮は、自宅のリビングで体育祭の企画書と格闘していた。
パソコンの画面には、まだ半分しか完成していない企画書が表示されている。時計を見ると、夜の十一時を過ぎていた。
「まだ、終わらない……」
私は小さくため息をついた。
体育祭の企画書。生徒会長から任された、重要な仕事だ。副会長として、完璧なものを作り上げなければならない。種目の詳細、タイムスケジュール、安全対策、予算配分。全てを一人でまとめる必要がある。
本当は、生徒会のメンバーで分担すればいいのかもしれない。でも、私は一人でやることを選んだ。誰かに頼れば、また距離を縮めることになる。それは、避けたかった。
学校では、私は「近寄りがたい生徒会副会長」として知られている。クールで、感情を表に出さず、誰に対しても公平だが距離を置く。それが、私の仮面だ。
その仮面を被り続けるために、私は一人で全てを抱え込む。
スマホが鳴った。海斗からのメッセージだ。
『今日、会えないか?』
私は、そのメッセージを見つめた。会いたい。海斗に会いたい。海斗の顔を見て、声を聞いて、手を繋ぎたい。その想いが、私の胸を満たしていく。
でも、今は無理だ。
体育祭の企画書は、明後日までに提出しなければならない。まだ半分しか完成していない。今日も、明日も、企画書作成に時間を費やす必要がある。
私は、返信を打とうとして――やめた。
何と書けばいいのか、分からない。会えないことを伝えれば、海斗を傷つけてしまう。でも、嘘をつくわけにもいかない。
結局、私は返信を保留した。既読をつけたまま、スマホを置く。
「ごめん、海斗……」
私は小さく呟いた。海斗を傷つけたくない。でも、今は仕事を優先しなければならない。副会長として、責任を果たさなければならない。
それが、私の役割だから。
※ ※ ※
翌朝、私は早くから生徒会室にいた。
夏休み中だが、生徒会の仕事は休みがない。体育祭の準備、新学期の行事計画、予算の見直し。やることは山積みだ。
生徒会室には、私一人しかいない。他のメンバーは、まだ夏休みを楽しんでいるのだろう。それでいい。私は、一人でも構わない。
むしろ、一人の方が楽だ。
誰とも話さなくていい。誰にも気を遣わなくていい。ただ、仕事に集中できる。それが、私にとって一番楽な状態だった。
パソコンに向かい、企画書の続きを書き始める。種目の詳細を詰め、タイムスケジュールを調整し、予算を計算する。機械的に、淡々と作業を進めていく。
その時、スマホが鳴った。海斗からのメッセージだ。
『おはよう。蓮も休んでくれ。昨日は楽しかったな』
昨日? 私は首を傾げた。昨日、海斗とは会っていない。何のことだろう。
ああ、そうか。海から帰った翌日のことを言っているのか。もう、あれから何日経ったのだろう。時間の感覚が、曖昧になっている。
私は短く返信を打った。
『うん、本当に楽しかった。海斗、大好き』
送信して、すぐにスマホを置いた。また企画書作成に戻る。海斗のことを考えていると、集中できない。今は、仕事に集中しなければ。
時間が過ぎていく。気づけば、昼を過ぎていた。お腹は空いているが、食べる時間がもったいない。コンビニで買ってきたおにぎりを、パソコンに向かいながら食べる。
味なんて、分からない。ただ、空腹を満たすために食べているだけ。それが、最近の私の食事だった。
スマホを見ると、海斗からのメッセージが届いていた。
『おはよう。蓮も休んでくれ。昨日は楽しかったな』
また同じメッセージ? いや、違う。これは、今日の朝のメッセージだ。私が返信したのは、いつのメッセージだったのか。
頭が混乱している。疲れているのだろう。でも、休むわけにはいかない。企画書を、完成させなければ。
私は、海斗へのメッセージを無視して、また作業に戻った。
※ ※ ※
夕方になり、私はようやく企画書の七割を完成させた。
でも、まだ足りない。完璧にするには、あと二日かかる。明日も、明後日も、この作業を続けなければならない。
スマホを見ると、海斗からのメッセージがいくつか届いていた。既読をつけたまま、返信していないものがいくつもある。
『今日、また会える?』
『蓮、大丈夫?』
『無理しないでくれ』
海斗の優しさが、メッセージから伝わってくる。その優しさが、私の胸を締め付ける。
会いたい。海斗に会いたい。でも、今は無理だ。
私は、短いメッセージを打った。
『ごめん、海斗。返信遅くなって。生徒会の仕事、まだ終わらなくて。明日も、多分会えないかも。ごめんね』
送信して、すぐにスマホを置いた。海斗からの返信を見たくない。見たら、罪悪感で押し潰されそうになる。
私は、一人でこの広い部屋にいる。誰もいない。静かだ。寂しい。
でも、これが私の選んだ道だ。
生徒会副会長として、完璧に仕事をこなす。誰にも頼らず、一人で全てを抱え込む。それが、私の役割。それが、私の生き方。
「海斗……」
私は小さく呟いた。海斗の顔が、頭に浮かぶ。海斗の笑顔。海斗の優しさ。海斗の温もり。
全てが、恋しい。
でも、今は我慢しなければならない。仕事が終わるまで、海斗には会えない。
それが、副会長としての責任だから。
※ ※ ※
夜、私は再び企画書作成に取り組んでいた。
時計を見ると、夜の十時を過ぎている。目が疲れて、肩が凝っている。でも、休むわけにはいかない。
スマホが鳴った。海斗からのメッセージだ。
『蓮、大丈夫? 体調崩してない? 返信なくて心配してる』
私は、そのメッセージを見つめた。海斗が、心配してくれている。その優しさが、私の胸を温かくする。
返信したい。でも、何と書けばいいのか分からない。
私は、海斗を傷つけている。分かっている。返信しないことで、海斗を不安にさせている。でも、今は本当に時間がない。
企画書を完成させなければ、生徒会長に叱られる。副会長として、失格の烙印を押される。それだけは、避けなければならない。
私は、スマホを置いた。返信しないまま、既読だけをつける。
「ごめんね、海斗……」
私は小さく呟いた。涙が、目に浮かぶ。でも、泣くわけにはいかない。泣いている時間があるなら、企画書を完成させなければ。
一時間後、私はようやく手を止めた。今日は、ここまでだ。これ以上は、頭が働かない。
スマホを見ると、海斗からのメッセージが届いていた。
『お疲れ様。ゆっくり休んで。おやすみ、蓮。愛してる』
海斗の「愛してる」という言葉が、私の胸に突き刺さる。嬉しい。嬉しいのに、辛い。
私は、短いメッセージを打った。
『ごめん、海斗。今、やっと終わった。疲れちゃって。明日も朝から生徒会だから、もう寝るね。おやすみ』
送信して、すぐにスマホを置いた。海斗の「愛してる」に、何も返さない。返したら、泣いてしまいそうだから。
私は、ベッドに横になった。広いベッド。広い部屋。全てが、空虚だ。
一人暮らしは、寂しい。誰もいない。誰とも話さない。ただ、一人で仕事をして、一人で食事をして、一人で寝る。
海斗がいてくれたら、この寂しさも消えるのに。海斗と一緒なら、この部屋も温かく感じるのに。
でも、今は会えない。
「海斗……」
私は枕を抱きしめた。涙が、頬を伝って落ちていく。寂しい。辛い。会いたい。
でも、我慢しなければならない。副会長として、完璧でなければならない。誰にも弱みを見せてはいけない。
それが、私の役割だから。
涙が、止まらない。枕が、涙で濡れていく。
「ごめんね、海斗……」
私は小さく呟いた。海斗を傷つけている。分かっている。でも、今はどうすることもできない。
仕事が終わるまで、海斗には会えない。それが、私の選んだ道だった。
※ ※ ※
翌日も、私は朝から生徒会室にいた。
企画書の残り三割を完成させるため、朝から晩まで作業を続ける。食事も、適当に済ませる。海斗からのメッセージも、ほとんど無視する。
返信する時間がない。返信する余裕もない。ただ、企画書を完成させることだけに集中する。
夜、私はようやく企画書を完成させた。
「終わった……」
私は大きくため息をついた。疲労が、どっと押し寄せてくる。肩が重く、目が痛い。でも、やり遂げた。完璧な企画書が、完成した。
スマホを見ると、海斗からのメッセージがいくつか届いていた。でも、既読をつける気力もない。私は、そのままベッドに倒れ込んだ。
意識が、遠のいていく。海斗の顔が、頭に浮かぶ。海斗……会いたい……
でも、もう限界だった。私は、そのまま深い眠りに落ちていった。
※ ※ ※
夏休み最終日。
私は、一日中ベッドで寝ていた。疲れが、身体に残っている。起き上がる気力もない。
スマホを見ると、海斗からのメッセージが届いていた。
『蓮、夏休み最後の日だけど、会えないか?』
私は、そのメッセージを見つめた。会いたい。海斗に会いたい。でも、身体が動かない。疲労が、私を支配している。
私は、短いメッセージを打った。
『ごめん、海斗。体調が優れなくて。明日、学校で会おうね』
送信して、スマホを置いた。海斗からの返信は、すぐに来た。
『分かった。無理しないで。ゆっくり休んでくれ。明日、学校で会おう。愛してる』
海斗の優しさが、私の胸を締め付ける。ありがとう、海斗。でも、ごめんね。
私は、また眠りについた。夢の中で、海斗が笑っている。その笑顔が、私を温かくしてくれる。
でも、それは夢だ。現実では、私は海斗を傷つけている。分かっている。でも、どうすることもできなかった。
※ ※ ※
夏休みが終わった。
新学期の朝、私は制服に袖を通した。鏡に映る自分の顔を見ると、疲れが滲んでいる。目の下には、隈ができている。
でも、それを隠さなければならない。
私は、いつものように化粧をした。ファンデーションで疲れを隠し、アイラインで目元を強調する。そして、表情を整える。
クールで、近寄りがたい生徒会副会長。それが、学校での私の仮面だ。
家を出て、学校に向かった。久しぶりの通学路。夏の終わりを感じさせる、爽やかな風が吹いている。
校門をくぐると、生徒たちで賑わっていた。夏休みの思い出を語り合う声。笑い声。全てが、明るく聞こえる。
でも、私には関係ない。私は、一人だ。
昇降口で上履きに履き替え、教室に向かう。廊下を歩いていると、何人かの生徒が私を見る。でも、誰も声をかけてこない。
それでいい。それが、私の望んだことだから。
教室に入ると、クラスメイトたちが集まっていた。夏休みの話で盛り上がっている。でも、私に話しかけてくる者はいない。
私は、自分の席に座った。窓際の席。ここから、校庭が見える。
海斗は、どこにいるのだろう。会えるだろうか。久しぶりに、海斗の顔を見たい。海斗の声を聞きたい。
その時、教室のドアが開いた。担任の教師が入ってくる。
「おはよう、みんな。久しぶりだな。夏休みは楽しかったか?」
教師の声が、教室に響く。生徒たちが、「はい」と答える。
「さて、新学期が始まる。体育祭も近い。みんな、頑張ろう」
体育祭。私が、この夏休みを犠牲にして作り上げた企画書。それが、これから実行される。
でも、私の心は、空虚だった。
海斗に会いたい。海斗と話したい。海斗を抱きしめたい。
でも、学校では、それができない。私は、生徒会副会長。クールで、近寄りがたい存在。海斗と親しく話すことは、できない。
それが、私の選んだ道だった。
ホームルームが終わり、生徒たちが教室を出ていく。私も、生徒会室に向かわなければならない。副会長として、やるべき仕事がある。
廊下を歩いていると、遠くに海斗の姿が見えた。
心臓が、高鳴る。会いたい。話したい。手を繋ぎたい。
でも、私は足を止めなかった。海斗に気づかれないように、そのまま生徒会室に向かう。
学校では、私は生徒会副会長。海斗の恋人だけれど今は違う。それが、私の仮面だった。
生徒会室に入ると、会長が待っていた。
「おはよう、鈴波。企画書、完成したか?」
「はい。こちらです」
私は、企画書を会長に渡した。会長は、それをざっと目を通す。
「よくできてるな。さすが、鈴波だ」
「ありがとうございます」
私は、淡々と答えた。表情を変えず、感情を見せない。それが、副会長としての私だった。
でも、心の中では、海斗のことを考えている。海斗は、今どこにいるのだろう。私のことを、どう思っているのだろう。
会いたい。話したい。謝りたい。
でも、それができない。それが、私の辛さだった。
新学期が始まった。でも、私の心は、まだ夏休みのままだった。海斗と過ごした、あの幸せな日々が、忘れられない。
でも、あの日々は、もう戻ってこない。それが、私の選んだ道の代償だった。
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