終わりを告げようとしている恋仲
翌朝、俺は蓮からのメッセージで目を覚ました。
『おはよう、海斗。今日も体育祭の企画書、まとめなきゃいけなくて。会えなくてごめんね』
俺は、そのメッセージを見つめた。短い文章。絵文字もなく、ハートマークもない。以前の蓮なら、必ず「大好き」と添えてくれていた。でも、今はそれがない。
俺は返信を打った。
『おはよう。大丈夫、無理しないで。体育祭の準備、頑張ってね』
送信すると、すぐに既読がついた。でも、返信は来ない。既読スルー。最近、これが当たり前になっている。
俺はため息をついて、ベッドから起き上がった。窓の外を見ると、曇り空が広がっている。夏の終わりを告げるような、どんよりとした空だ。
リビングに行くと、母親が朝食の準備をしていた。
「おはよう、海斗」
「おはよう」
「最近、元気ないわね」
母親が心配そうに俺を見た。その目には、息子を気遣う優しさが滲んでいる。
「蓮ちゃんとは、うまくいってる?」
「……ああ」
俺は曖昧に答えた。母親に心配をかけたくない。
「そう。ならいいけど」
母親は優しく微笑んだ。でも、その笑顔の奥には、まだ心配の色が残っている。
朝食を済ませ、俺は自分の部屋に戻った。スマホを見ても、蓮からの返信はない。既読だけがついている。その事実が、俺の胸を締め付ける。
昼になっても、夕方になっても、蓮からの返信はなかった。俺は何度もスマホを確認するが、通知は来ない。その度に、不安が膨らんでいく。
※ ※ ※
夕方、俺はまたコンビニに出かけた。部屋にいても、蓮のことばかり考えてしまう。気を紛らわせたかった。
コンビニの中を歩いていると、また凛音に会った。
「あ、春川くん! また会ったね」
凛音は嬉しそうに近づいてきた。その表情には、純粋な喜びが滲んでいる。
「橘……」
「今日も、鈴波副会長とは会えなかったの?」
「……ああ」
俺は正直に答えた。嘘をついても、意味がない。
「そっか。寂しいね」
「まあ……」
「ねえ、春川くん。今日も、ちょっと話さない?」
凛音の提案に、俺は少し躊躇した。昨日も凛音と話した。また今日も、というのは――
「友達として、だよ。春川くん、一人で寂しそうだし」
凛音は微笑んだ。その笑顔は、どこか無邪気に見える。
「……分かった」
俺は頷いた。確かに、今は一人でいるのが辛い。誰かと話していたい。その想いが、俺を動かしていた。
二人でコンビニを出て、昨日と同じ公園のベンチに座った。夕日が沈みかけ、空が薄暗くなっている。
「ねえ、春川くん」
「ん?」
「鈴波副会長から、連絡あった?」
「朝に一通だけ。それ以降は……」
俺は言葉を濁した。それ以降、蓮からの連絡はない。既読スルーされたまま、一日が過ぎようとしている。
「そっか……」
凛音は少し考え込むような表情を浮かべた。
「春川くん、それって辛くない?」
「……仕方ないだろ。蓮は、体育祭の企画書作成で忙しいんだ」
「でも、メッセージ一つぐらい、送れるんじゃない?」
凛音の言葉が、俺の心に突き刺さる。確かに、メッセージ一つぐらい、送れるはずだ。既読はついているのだから、スマホは見ている。でも、返信はない。
「それって、春川くんのこと、後回しにしてるってことだよね」
「橘……」
「ごめん、きついこと言っちゃった」
凛音は申し訳なさそうに微笑んだ。でも、その目には、計算されたような光が宿っている。
「でも、私は思うんだ。本当に好きな人なら、どんなに忙しくても連絡するって」
「……」
「春川くんは、我慢してるんでしょ? 鈴波副会長に嫌われたくなくて」
凛音の言葉が、俺の心の奥底にある不安を、えぐり出していく。確かに、俺は我慢している。蓮に嫌われたくない。だから、寂しいとも言えない。会いたいとも言えない。
「春川くんって、本当に優しいよね」
凛音は俺を見つめた。その瞳には、同情と、何か別の感情が混じっている。
「でも、優し過ぎるのも、辛いよ」
「……」
「ねえ、春川くん」
凛音は俺の手に、自分の手を重ねた。その手は温かく、柔らかい。昨日と同じように。
「私とだったら、こんな思いさせないのに」
「橘……」
「私なら、春川くんを一番に考える」
凛音は真剣な表情で俺を見つめた。その瞳には、揺るぎない決意が宿っている。
「体育祭の準備より、生徒会の仕事より、春川くんが大事」
「俺は――」
「分かってる。春川くんの気持ちは、鈴波副会長にしかない」
凛音は微笑んだ。でも、その笑顔は、どこか挑戦的だ。
「でも、春川くん。いつまで我慢するの?」
「……」
「鈴波副会長は、春川くんを大切にしてくれてる?」
凛音の言葉に、俺は答えられなかった。蓮は、俺を大切にしてくれているのか。四日も会えず、メッセージの返信もない。それは、本当に仕方のないことなのか。
「春川くんが辛そうな顔してるの、見たくない」
凛音は俺の頬に手を添えた。その手の温もりが、俺の頬に伝わってくる。
「だから、もし鈴波副会長が春川くんを幸せにしてくれないなら」
「橘、やめろ」
俺は凛音の手を払った。その動作は、少し強引だった。
「俺は、蓮を愛してる」
「……そっか」
凛音は寂しそうに微笑んだ。その表情には、諦めと、それでも諦めきれない想いが混じっている。
「でも、春川くん。いつか分かる日が来るよ」
「何が?」
「鈴波副会長が、春川くんを本当に愛してるかどうか」
凛音は立ち上がった。その表情には、強い決意が滲んでいる。
「私は、ここで待ってる」
「橘……」
「春川くんが、鈴波副会長に疲れたら」
「そんな日は来ない」
俺ははっきりと否定した。でも、その声は、どこか弱々しい。
「そうだといいけどね」
凛音はウインクした。その仕草は、どこか余裕を感じさせる。
「じゃあ、またね。春川くん」
凛音は去っていった。その背中を見送りながら、俺は複雑な気持ちになった。凛音の言葉が、俺の心に重くのしかかっている。
蓮は、本当に俺を愛してくれているのか。その不安が、どんどん膨らんでいく。
※ ※ ※
家に帰り、ベッドに横になった。時計を見ると、夜の九時を過ぎている。スマホを確認するが、蓮からの連絡はない。朝のメッセージ以降、何もない。
「蓮……」
俺は小さく呟いた。蓮は、今何をしているのだろう。体育祭の企画書を作っているのか。それとも、もう終わって、ただ俺への返信を忘れているだけなのか。
どちらにしても、俺のことを優先してはくれていない。その事実が、俺の胸を締め付ける。
俺は、勇気を出してメッセージを送った。
『蓮、大丈夫? 体調崩してない? 返信なくて心配してる』
送信すると、すぐに既読がついた。蓮は、スマホを見ている。でも、返信は来ない。一分経っても、五分経っても、返信は来ない。
既読スルー。
その事実が、俺の心を深く傷つける。蓮は、俺のメッセージを見ている。でも、返信する気はない。それとも、返信する時間もないほど忙しいのか。
分からない。その不確かさが、俺を苦しめる。
凛音の言葉が、また頭をよぎる。
『本当に好きな人なら、どんなに忙しくても連絡するって』
確かに、そうかもしれない。俺なら、どんなに忙しくても、蓮にメッセージを送る。蓮のことが心配で、蓮に会いたくて、たまらなくなる。
でも、蓮は違う。蓮は、体育祭の準備を優先している。俺への返信は、後回し。それが、現実だ。
「蓮……」
俺の目に、涙が浮かんだ。その涙が、頬を伝って落ちていく。寂しい。辛い。会いたい。話したい。でも、蓮は応えてくれない。
その時、スマホが鳴った。慌てて確認すると、蓮からのメッセージだった。
『ごめん、海斗。今、やっと終わった。疲れちゃって。明日も朝から生徒会だから、もう寝るね。おやすみ』
俺は、そのメッセージを見つめた。謝罪の言葉。でも、どこか冷たい。「大好き」も「ありがとう」もない。ただ、事務的な報告だけ。
俺は返信を打った。
『お疲れ様。ゆっくり休んで。おやすみ、蓮。愛してる』
送信すると、既読がついた。でも、返信は来ない。俺の「愛してる」という言葉に、蓮は何も返さない。
その事実が、俺の心を深く傷つけた。
「蓮……」
俺は枕に顔を埋めた。涙が、止まらない。寂しい。辛い。蓮は、俺のことを本当に愛してくれているのか。それとも、もう疲れてしまったのか。
分からない。その不確かさが、俺を苦しめる。
夏休みは、明日で最後。学校が始まれば、また蓮は生徒会副会長として忙しくなる。そうなれば、もっと会えなくなる。もっと連絡も取れなくなる。
二人の関係は、このまま終わってしまうのか。その恐怖が、俺を支配していく。
窓の外から、虫の声が聞こえてくる。夏の終わりを告げる、寂しい音だ。俺と蓮の関係も、夏と共に終わろうとしているのか。
その不安が、俺の心を満たしていった。凛音の言葉が、何度も頭の中で繰り返される。
『鈴波副会長は、春川くんを大切にしてくれてる?』
答えは、分からない。でも、今の俺には、その答えが「いいえ」に思えてならなかった。
涙が、枕を濡らしていく。蓮への想い。寂しさ。不安。全てが混ざり合って、俺の心を満たしていく。
夏の終わりが、二人の関係も終わらせようとしていた。
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