すれ違いの果てにある魔の手
それから数日後。
夏休みも残り三日となった。
俺はスマホを見つめながら、ため息をついた。蓮からの返信が、来ない。既読はついているのに、返事がない。その事実が、俺の心を不安にさせる。
『今日、会えないか?』
俺が送ったメッセージは、三時間前のものだ。いつもなら、すぐに返信が来る。でも、今日は違う。既読だけがついて、返信がない。
ここ数日、蓮は忙しそうだった。生徒会の仕事が立て込んでいるらしい。夏休み明けの準備や、体育祭の企画書作成。副会長として、やることが山積みなのだろう。
それは分かっている。でも、寂しい。
一週間前まで、毎日のように会っていた。一緒に映画を見て、ご飯を食べて、手を繋いで歩いた。蓮の笑顔を見るたびに、俺の心は満たされていた。
でも、ここ三日間、蓮とは会えていない。
メッセージのやり取りも、以前より少なくなった。蓮からの返信は短く、どこか素っ気ない。忙しいから仕方ないと分かっていても、俺の心は揺れていた。
スマホを置いて、窓の外を見た。夏の終わりを告げるように、空は少し高く見える。蝉の声も、どこか寂しげだ。
「蓮……」
俺は小さく呟いた。蓮は、今何をしているのだろう。一人で、あの広い部屋で生徒会の仕事をしているのか。それとも、俺のことを考えてくれているのか。分からない。その不確かさが、俺を不安にさせる。
※ ※ ※
夕方になり、俺はコンビニに買い物に出かけた。部屋にいても、蓮のことばかり考えてしまう。少し外の空気を吸いたかった。
コンビニの中を歩きながら、適当に商品を手に取る。飲み物。お菓子。どれも、特に欲しいわけではない。ただ、何かをしていないと、落ち着かなかった。
「あ、春川くん!」
突然、誰かが俺を呼んだ。振り返ると、凛音が立っていた。派手なメイクに、ショートパンツ。いつものギャルの格好だ。
「橘……」
「偶然だね! こんなところで会うなんて」
凛音は嬉しそうに近づいてきた。その表情には、純粋な喜びが滲んでいる。
「春川くん、買い物?」
「ああ」
「私も! じゃあ、一緒に回ろうよ」
「いや、俺はもう――」
「いいじゃん、ちょっとだけ」
凛音は俺の腕を掴んだ。その手の感触が、俺の腕に伝わってくる。
「ねえ、最近どう? 鈴波副会長とは会ってる?」
「……いや」
俺は正直に答えた。嘘をついても、意味がない。
「ここ数日、会えてない」
「え? どうして?」
「蓮が、生徒会の仕事で忙しいらしい」
「そっか……」
凛音は少し考え込むような表情を浮かべた。その目には、何か別の感情が宿っている。
「じゃあ、春川くん、寂しいんだ」
「……まあ」
「そっか」
凛音は微笑んだ。その笑顔は、どこか計算されているように見える。
「じゃあさ、今日、私と遊ばない?」
「え?」
「鈴波副会長、忙しいんでしょ? だったら、私が相手してあげる」
凛音の提案に、俺は戸惑った。凛音と二人で遊ぶ。それは、蓮に対する裏切りではないのか。
「いや、悪いけど――」
「友達として、だよ」
凛音は笑った。その笑顔は、無邪気に見える。
「別に変な意味じゃないって。ただ、春川くんが寂しそうだから」
「……」
「ねえ、いいじゃん。ちょっとだけ」
凛音の言葉に、俺は迷った。確かに、今は寂しい。蓮に会えない寂しさが、俺の胸を満たしている。でも、だからといって、凛音と遊ぶのは――
「考えすぎだよ、春川くん」
凛音は俺の顔を覗き込んできた。その距離が近く、凛音の香水の匂いが鼻をくすぐる。
「友達として、ちょっと話すだけ。それぐらい、いいでしょ?」
「……分かった」
俺は頷いた。友達として、少し話すだけ。それなら、問題ないだろう。そう自分に言い聞かせながら、俺は凛音と一緒にコンビニを出た。
※ ※ ※
近くの公園のベンチに座り、二人でコンビニで買った飲み物を飲んだ。夕日が傾き始め、空がオレンジ色に染まっている。
「ねえ、春川くん」
「ん?」
「鈴波副会長と、最後に会ったのいつ?」
「三日前」
「そっか。寂しい?」
「……まあ」
俺は正直に答えた。嘘をついても、意味がない。
「寂しい。でも、蓮が忙しいのは分かってるから」
「優しいんだね、春川くん」
凛音は微笑んだ。その笑顔が、どこか寂しげに見える。
「でもさ、彼女なのに会えないって、辛くない?」
「……辛いけど」
「我慢してるんだ」
「ああ」
「春川くんって、本当に優しいよね」
凛音は俺を見つめた。その瞳には、何か複雑な感情が宿っている。
「鈴波副会長のこと、本当に大切にしてる」
「当たり前だろ」
俺ははっきりと答えた。その言葉に、迷いはない。
「蓮は、俺の大切な人だ」
「……そっか」
凛音は少し寂しそうに微笑んだ。その表情には、諦めと、それでも諦めきれない想いが混じっている。
「でもね、春川くん」
「ん?」
「鈴波副会長は、春川くんのこと、ちゃんと大切にしてる?」
凛音の言葉に、俺は息を呑んだ。その言葉が、俺の心に突き刺さる。
「三日も会えなくて、メッセージの返信も遅くて」
凛音は俺を見つめた。その瞳には、真剣な光が宿っている。
「それって、春川くんを大切にしてるって言えるのかな」
「蓮は、忙しいんだ」
俺は蓮を庇った。でも、その声は、どこか弱々しい。
「生徒会の仕事で、時間がないんだ」
「そっか。じゃあ、仕方ないね」
凛音は微笑んだ。でも、その笑顔の奥には、何か別の感情が隠れている。
「でも、私だったら」
「え?」
「私が春川くんの彼女だったら、どんなに忙しくても時間作るよ」
凛音ははっきりと言った。その声には、強い意志が込められている。
「だって、好きな人と会えないなんて、寂しいもん」
「橘……」
「春川くんは、我慢してるんでしょ? 鈴波副会長に気を遣って」
凛音の言葉が、俺の心に響く。確かに、俺は我慢している。蓮が忙しいから、仕方ない。そう自分に言い聞かせて、寂しさを押し殺している。
「でも、それって本当に幸せなのかな」
「……」
「我慢ばかりの恋愛って、辛くない?」
凛音の言葉に、俺は答えられなかった。その言葉が、俺の心の奥底にある不安を、えぐり出していく。
「春川くん」
凛音は俺の手に、自分の手を重ねた。その手は温かく、柔らかい。
「もし、鈴波副会長が春川くんを大切にしてくれないなら」
「橘……」
「私が、春川くんを大切にする」
凛音は真剣な表情で俺を見つめた。その瞳には、揺るぎない決意が宿っている。
「私なら、どんなに忙しくても、春川くんとの時間を作る」
「俺は――」
「分かってる。春川くんの気持ちは、鈴波副会長にしかない」
凛音は微笑んだ。その笑顔は、寂しげだ。
「でも、いつか春川くんが鈴波副会長に疲れたら」
「そんなことはない」
俺ははっきりと否定した。その言葉に、一切の迷いはない。
「俺は、蓮を愛してる」
「……そっか」
凛音は手を離した。その動作は、どこか寂しげだ。
「じゃあ、私はもう諦めた方がいいのかな」
「橘……」
「でもね、春川くん」
凛音は立ち上がった。その表情には、強い決意が滲んでいる。
「私、諦められない」
「橘……」
「春川くんのこと、好きだから」
凛音ははっきりと言った。その声には、真っ直ぐな想いが込められている。
「だから、もし鈴波副会長が春川くんを泣かせたら」
「そんなことにはならない」
「そうだといいけど」
凛音は微笑んだ。その笑顔は、どこか挑戦的だ。
「じゃあ、私はこれで。またね、春川くん」
凛音は去っていった。その背中を見送りながら、俺は複雑な気持ちになった。凛音の言葉が、俺の心に重くのしかかっている。
蓮は、本当に俺を大切にしてくれているのか。三日も会えなくて、メッセージの返信も遅い。それは、仕方ないことなのか。それとも――
「いや」
俺は首を振った。蓮は、生徒会の仕事で忙しいだけだ。俺のことを、ちゃんと大切にしてくれている。その確信を持たなければ。
でも、心のどこかで、不安が膨らんでいく。凛音の言葉が、その不安を大きくしていた。
※ ※ ※
家に帰り、ベッドに横になった。天井を見つめながら、今日のことを思い返す。凛音との会話。あの言葉。全てが、俺の心を揺さぶっている。
スマホを見ると、蓮からメッセージが届いていた。
『ごめん、海斗。返信遅くなって。生徒会の仕事、まだ終わらなくて。明日も、多分会えないかも。ごめんね』
俺は、そのメッセージを見つめた。蓮からの謝罪。でも、その言葉は、どこか素っ気ない。絵文字もなく、ハートマークもない。ただ、事務的な報告だけ。
「蓮……」
俺の胸が、締め付けられる。これが、蓮の本当の気持ちなのか。俺のことを、本当に大切にしてくれているのか。分からない。
俺は返信を打った。
『分かった。無理しないでくれ。体調には気をつけて』
送信すると、すぐに既読がついた。でも、返信は来ない。既読だけがついて、返信がない。その事実が、俺の心を不安にさせる。
「蓮……」
俺は小さく呟いた。蓮は、今何をしているのだろう。生徒会の仕事をしているのか。それとも、俺のことなど忘れて、他のことを考えているのか。分からない。
凛音の言葉が、頭をよぎる。
『我慢ばかりの恋愛って、辛くない?』
確かに、辛い。蓮に会えない寂しさ。メッセージの返信が来ない不安。全てが、俺の心を苦しめている。
でも、俺は蓮を愛している。その事実は、変わらない。
窓の外から、虫の声が聞こえてくる。夏の終わりを告げる、寂しい音だ。夏休みも、あと二日。学校が始まれば、また日常に戻る。蓮との時間も、もっと少なくなるのだろう。
その不安が、俺の心を満たしていく。蓮と俺の関係は、これからどうなるのか。このまま、すれ違い続けるのか。それとも――
答えは、まだ見えない。ただ一つだけ確かなのは、俺は蓮を愛しているということだ。その想いを胸に、俺は目を閉じた。でも、眠れない。蓮のことが、頭から離れない。
不安と寂しさが、俺の心を満たしていく。夏の終わりが、二人の関係も終わらせてしまうのではないか。その恐怖が、俺を苦しめていた。
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