奪う女と、譲らない女
海から帰った翌日。
俺は昼過ぎまでぐっすりと眠っていた。昨日の疲れが、身体に残っている。海で泳いだり、ビーチバレーをしたり、砂のお城を作ったり――充実した一日の疲労が、心地よく身体を包んでいた。
スマホを見ると、蓮からメッセージが届いていた。画面に映る蓮の言葉が、朝の目覚めを優しくしてくれる。
『おはよう、海斗。昨日は疲れたから、今日はゆっくり休んでね。また明日、会おうね』
俺は返信を打った。
『おはよう。蓮も休んでくれ。昨日は楽しかったな』
送信すると、すぐに既読がついた。蓮も、俺と同じようにスマホを見ていたのだろうか。
『うん、本当に楽しかった。海斗、大好き』
俺は微笑んで、スマホを置いた。蓮からのメッセージが、俺の心を温かくする。
起き上がってリビングに行くと、母親が笑顔で迎えてくれた。窓から差し込む昼の光が、リビングを明るく照らしている。
「おはよう、海斗。昨日は楽しかった?」
「ああ、最高だった」
「そう。良かったわね」
母親は嬉しそうに言った。その表情には、息子の幸せを喜ぶ温かさが滲んでいる。
「お昼ご飯、作るわね」
「ありがとう」
昼食を食べ終えた後、俺は自分の部屋に戻った。ベッドに腰を下ろし、昨日撮った写真を見返す。砂のお城の前で笑う蓮の姿が、画面に映っている。その笑顔が、昨日の幸せな時間を思い出させてくれる。
「いい写真だな……」
その時、スマホに通知が来た。LINEだ。見ると、知らない番号からのメッセージだった。俺は少し首を傾げながら、メッセージを開く。
『やっほー、春川くん。昨日、海行ったんだって?』
誰だ? プロフィール画像を確認すると――凛音だった。
「……橘か」
俺は少し警戒しながら、メッセージを開いた。凛音がどうやって俺の予定を知ったのか、不思議に思う。
『SNS見たよ。鈴波副会長と一緒に海、楽しそうだったね』
SNS? 俺は何も投稿していないが……蓮が投稿したのか? 俺はインスタグラムを開いた。蓮のアカウントを見ると、昨日の写真が投稿されていた。砂のお城の前で笑う二人の姿。キャプションには『最高の一日でした』と書かれている。
「蓮……」
俺は微笑んだ。蓮も、昨日のことが嬉しかったんだ。その投稿から、蓮の幸せな気持ちが伝わってくる。
その時、また凛音からメッセージが来た。
『ねえ、春川くん。今日、暇?』
俺は少し考えた後、正直に返信した。
『悪い、今日はゆっくりしたいんだ』
『そっか。残念』
凛音からの返信は、それきり来なかった。俺はスマホを置いて、ベッドに横になった。昨日の疲れが、まだ残っている。このまま、少し休もう。窓の外から聞こえる蝉の声が、夏の午後を感じさせる。
※ ※ ※
夕方になり、俺はコンビニに買い物に出かけた。夕日が傾き始め、空がオレンジ色に染まっている。店内を歩いていると、誰かが俺を呼び止めた。
「あ、春川くん!」
振り返ると、凛音が立っていた。派手なメイクに、ショートパンツ。いかにもギャルという格好だ。その姿は、周囲の視線を集めている。
「橘……」
「偶然だね! こんなところで会うなんて」
凛音は嬉しそうに近づいてきた。その足取りは軽く、まるで俺に会えたことを心から喜んでいるようだった。
「春川くん、買い物?」
「ああ」
「私も! じゃあ、一緒に回ろうよ」
「いや、俺はもうすぐ帰るから――」
「いいじゃん、ちょっとだけ」
凛音は俺の腕を掴んだ。その手の感触が、俺の腕に伝わってくる。
「ねえ、昨日の海、どうだった?」
「……楽しかった」
「鈴波副会長と?」
「ああ」
「いいな。私も海、行きたかったな」
凛音は少し寂しそうに微笑んだ。その表情には、羨望と、何か別の感情が混じっている。
「春川くんと一緒に」
「橘……」
「冗談だよ」
凛音は笑った。でも、その笑顔の奥には、本気の気持ちが隠れているように見えた。
「でも、本当はちょっと羨ましい」
「……そうか」
俺は何と答えていいか分からなかった。凛音の想いを、どう受け止めればいいのか。その答えが見つからない。
凛音は俺の顔を覗き込んできた。その距離が近すぎて、俺は少し後ずさりしそうになる。
「ねえ、春川くん。鈴波副会長のこと、本当に好き?」
「当たり前だろ」
俺ははっきりと答えた。その言葉に、一切の迷いはない。
「蓮は、俺の大切な人だ」
「……そっか」
凛音は少し寂しそうに微笑んだ。その表情には、諦めと、それでも諦めきれない想いが混じっている。
「じゃあ、私はもう諦めた方がいいのかな」
「橘……」
「でもね、春川くん」
凛音の瞳に、強い光が宿った。その目には、確固たる決意が込められている。
「もし鈴波副会長が春川くんを泣かせたら、その時は私が慰めてあげる」
「そんなことにはならない」
俺は即座に否定した。蓮が俺を泣かせるなんて、想像もできない。
「そうだといいけど」
凛音はウインクした。その仕草は軽く見えるが、言葉の重みは消えない。
「じゃあ、私はこれで。またね、春川くん」
凛音は去っていった。その背中を見送りながら、俺は複雑な気持ちになった。凛音は、本当に俺のことが好きなのか。それとも、ただの興味本位なのか。分からない。でも、一つだけ確かなことがある。俺の気持ちは、蓮にしかない。その確信を胸に、俺は家に帰った。
※ ※ ※
夜、俺はベッドに横になりながら、スマホを見ていた。天井を見つめながら、今日のことを思い返す。凛音との遭遇。あの言葉。全てが、俺の心に引っかかっている。
蓮からメッセージが来た。
『ねえ、海斗。明日、また会える?』
『ああ、どこ行く?』
『まだ決めてないけど、海斗と一緒ならどこでもいい』
俺は微笑んだ。蓮のこの言葉が、俺の心を満たしてくれる。
『じゃあ、明日考えよう』
『うん! 楽しみにしてる。おやすみ、海斗』
『おやすみ、蓮』
メッセージを送信した後、俺は考えた。凛音のことを、蓮に話すべきだろうか。でも、蓮を不安にさせたくない。俺は、ただ蓮と幸せに過ごしたいだけだ。その想いを胸に、俺は目を閉じた。
※ ※ ※
翌日、俺は蓮と駅前のカフェで待ち合わせた。朝の爽やかな空気が、心地よく肌に触れる。
「おはよう、海斗!」
蓮は笑顔で手を振った。その笑顔を見るだけで、俺の心が明るくなる。
「おはよう」
「今日、どこ行く?」
「まだ決めてないけど、ゆっくりしたいな」
「じゃあ、このカフェでお茶でもしようか」
「いいな」
二人でカフェに入り、席に着いた。店内は静かで、落ち着いた雰囲気が漂っている。窓際の席に座ると、外の景色が見渡せた。
「アイスコーヒーにする」
「私はアイスティー」
注文を済ませると、蓮が俺を見つめた。その瞳には、愛情が満ちている。
「海斗、昨日はゆっくり休めた?」
「ああ。蓮は?」
「うん。でも、海斗に会いたくて仕方なかった」
蓮は照れた表情を浮かべた。その頬が、ほんのり赤く染まっている。
「一日会わないだけで、こんなに寂しいなんて」
「俺も」
俺は蓮の手を握った。蓮の手は温かく、その温もりが俺の心を満たしていく。
「蓮に会えなくて、寂しかった」
「……海斗」
蓮は嬉しそうに微笑んだ。
その時、カフェの入口が開いた。ドアベルの音が響き、誰かが入ってくる。俺は何気なく視線を向けると――凛音だった。
「あ……」
凛音も俺たちに気づいた。その表情には、驚きと、何か別の感情が混じっている。
「春川くん? 鈴波副会長も」
凛音は驚いた表情を浮かべた。
「偶然だね」
「……橘さん」
蓮は警戒した表情を浮かべた。その目には、凛音への警戒心が滲んでいる。
「こんにちは」
「こんにちは」
凛音は少し気まずそうに微笑んだ。その笑顔は、どこか無理をしているように見える。
「二人で、デート?」
「ああ」
俺は正直に答えた。
「そっか。邪魔しちゃ悪いね」
凛音は去ろうとした。その背中には、寂しさが滲んでいる。
でも、その時――
「橘さん、よかったら一緒にどうですか?」
蓮が声をかけた。俺は驚いて蓮を見た。蓮が凛音を誘うなんて、予想外だった。
「え?」
凛音は驚いた表情を浮かべた。その目には、戸惑いが浮かんでいる。
「いいの?」
「ええ。橘さんも一人でしょ?」
蓮は微笑んだ。でも、その笑顔の奥には、何か複雑な感情が隠れているように見えた。その笑顔は、優しさだけではない。何か、別の意図が込められている。
「……ありがとう」
凛音は少し戸惑いながらも、席に着いた。三人で向かい合う形になり、空気が少し張り詰める。
「鈴波副会長、優しいんだね」
「そんなことないです」
蓮は静かに言った。その声は、落ち着いているが、どこか緊張感を孕んでいる。
「ただ、橘さんとちゃんと話したかっただけ」
「……話?」
「ええ」
蓮は凛音を見つめた。その視線は、真剣そのものだった。
「橘さん、海斗のこと好きなんですよね?」
その言葉に、カフェの空気が凍りついた。凛音は驚いた表情を浮かべ、俺も息を呑んだ。蓮がここまで直接的に聞くとは、思ってもみなかった。
「蓮……」
「いいの、海斗。ちゃんと話さないと」
蓮は真剣な表情で凛音を見つめた。その目には、逃げない強さが宿っている。
「橘さん、答えてください」
凛音は少し考えた後、ゆっくりと口を開いた。その表情には、覚悟が滲んでいる。
「……そうだよ」
凛音ははっきりと答えた。その声には、一切の迷いがない。
「春川くんのこと、好き」
「そうですか」
蓮は静かに頷いた。その表情は、驚きではなく、確認の色を帯びている。
「でもね、橘さん」
蓮は俺の手を握った。その手に、力が込められている。
「海斗は、私のものです」
蓮の言葉に、強い意志が込められていた。その声は、揺るぎない決意に満ちている。
「私は、海斗を誰にも渡しません」
「……分かってる」
凛音は少し寂しそうに微笑んだ。その表情には、諦めと、それでも諦めきれない想いが混じっている。
「鈴波副会長が、春川くんを大切にしてるのは知ってる」
「だったら――」
「でも」
凛音は蓮を見つめた。その目には、負けない強さが宿っている。
「もし鈴波副会長が春川くんを泣かせたら、その時は私が奪う」
凛音の瞳に、強い決意の光が宿った。その言葉は、冗談ではない。本気の宣言だった。
「それだけは、約束する」
「……そんなことにはなりません」
蓮ははっきりと言った。その声には、自信が満ちている。
「私は、海斗を絶対に泣かせません」
「じゃあ、問題ないね」
凛音は立ち上がった。その動作は、どこか寂しげだった。
「私、やっぱり帰るね」
「橘さん……」
「大丈夫」
凛音は微笑んだ。その笑顔は、強がりのように見える。
「鈴波副会長、春川くんを大切にしてあげてね」
そう言って、凛音はカフェを出て行った。その背中には、諦めきれない想いと、それでも身を引こうとする決意が混じっていた。凛音の後ろ姿が、ドアの向こうに消えていく。
俺と蓮は、しばらく黙っていた。重い沈黙が、二人の間に流れる。
「蓮……」
「ごめん、海斗」
蓮は俯いた。その表情には、後悔が滲んでいる。
「私、大人げなかったね」
「いや……」
「でも、橘さんに言わなきゃいけなかった」
蓮は俺を見つめた。その目には、強い決意が宿っている。
「海斗は、私のものだって」
「蓮……」
俺は蓮を抱き寄せた。蓮の身体が、小さく震えている。
「ありがとう」
「え?」
「俺のことを、そんなに想ってくれて」
俺は蓮の頭を撫でた。蓮の髪が、指の間をすり抜けていく。
「でも、安心していいぞ」
「……何が?」
「俺の気持ちは、蓮にしかない」
俺ははっきりと言った。その言葉に、一切の嘘はない。
「誰が何を言っても、揺るがない」
「……海斗」
蓮の目に、涙が浮かんだ。その涙は、嬉しさからくるものだった。
「本当?」
「本当だ」
俺は蓮の頬に手を添えた。その頬は柔らかく、温かい。
「蓮のこと、本当に愛してる」
「……っ」
蓮は俺の胸に顔を埋めた。その身体が、小さく震えている。
「海斗、大好き」
「俺も」
しばらくそうしていると、蓮が顔を上げた。その目は、少し赤くなっている。
「ねえ、海斗」
「ん?」
「今日は、このまま帰ろうか」
「そうだな」
「家で、ゆっくりしたい」
蓮は少し疲れた表情を浮かべた。今日の出来事が、蓮の心を疲れさせたのだろう。
「海斗と、二人きりで」
「ああ」
二人でカフェを出た。外の空気が、少し冷たく感じられる。駅までの道を、手を繋いで歩く。蓮の手を握る力に、自然と力が込もる。
「ねえ、海斗」
「ん?」
「橘さんのこと、嫌いになった?」
「いや……」
俺は正直に答えた。
「嫌いじゃない。ただ、俺の気持ちは蓮にしかないってことだ」
「……そっか」
蓮は少し安心したように微笑んだ。その表情には、安堵が滲んでいる。
「私も、橘さんのこと嫌いじゃない」
「そうか」
「でも、海斗は渡さない」
蓮ははっきりと言った。その声には、強い意志が込められている。
「海斗は、私のものだから」
「ああ」
俺は蓮の手を握り締めた。その温もりが、俺の心を満たしていく。
「蓮のものだ」
駅の改札前で、蓮が立ち止まった。いつもの別れの場所。でも、今日は少し違う空気が流れている。
「じゃあ、また明日」
「ああ」
別れ際、蓮が俺の頬にキスをした。その柔らかい感触が、俺の頬に残る。
「おやすみ、海斗。今日は、色々あったけど……ありがとう」
「こっちこそ」
「おやすみ」
「おやすみ、蓮」
蓮が改札を通っていくのを見送りながら、俺は思った。今日は、色々あった。凛音との遭遇。蓮の宣言。でも、一つだけ確かなことがある。俺の気持ちは、蓮にしかない。その確信を胸に、俺は家路についた。
※ ※ ※
家に帰り、ベッドに横になる。天井を見つめながら、今日の出来事を思い返す。
スマホを見ると、凛音からメッセージが届いていた。
『今日は、ごめんね。邪魔しちゃって』
俺は返信を打った。
『気にするな。でも、俺の気持ちは変わらない』
送信すると、すぐに既読がついた。
『分かってる。でも、諦められない。ごめんね、春川くん』
その後、凛音からの返信はなかった。俺はスマホを置いて、天井を見つめた。凛音の想い。蓮の想い。二人とも、俺のことを想ってくれている。でも、俺が選ぶのは、蓮だけだ。その決意を胸に、俺は目を閉じた。
夏休みは、まだ続いている。蓮と一緒に過ごす、幸せな日々が。でも、凛音の想いは、まだ消えていない。これから、どうなるのか――俺には、まだ分からなかった。ただ一つだけ確かなのは、俺の気持ちは蓮にしかないということだ。その確信を胸に、俺は深い眠りについた。窓の外から、虫の声が聞こえてくる。夏の夜が、静かに更けていく。
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