閑話 それぞれの文化祭、罪と謝罪
文化祭当日――午後。
体育館裏の駐輪場に、一人の男子生徒が立っていた。
岡波傑だ。
彼は壁に寄りかかり、スマホを見つめていた。画面には、文化祭の様子を撮った写真が映っている。楽しそうに笑う生徒たち。賑やかな出し物。華やかな装飾。
でも、傑はその輪の中にいない。いや、いられない。
「……楽しそうだな」
傑は小さく呟いた。
文化祭の喧騒が、遠くから聞こえてくる。笑い声、歓声、音楽。全てが、傑には遠い世界のもののように感じられた。
自分で撒いた種だ。春川にデマを流し、クラスから孤立した。自業自得だと分かっている。
でも――
「……寂しいな」
その時、誰かが近づいてくる足音が聞こえた。
「傑くん?」
振り返ると、一人の女子生徒が立っていた。
雪原夢だ。
彼女は少し驚いた表情で、傑を見つめていた。
「夢……」
「こんなところで、何してるの?」
「……別に」
傑は視線を逸らした。
「文化祭、見ないの?」
「見たくない」
「どうして?」
夢は傑の隣に立った。
「……クラスにいづらいから」
「……そっか」
夢は静かに頷いた。
「私も」
「夢も?」
「うん」
夢は少し寂しそうに微笑んだ。
「春川くんに振られてから、なんかクラスにいづらくて。一人でいたの」
「……そうか」
二人は並んで、壁に寄りかかった。
遠くから聞こえる文化祭の音。二人には、それがとても遠く感じられた。
しばらく黙っていると、夢が口を開いた。
「ねえ、傑くん」
「ん?」
「せっかくの文化祭なのに、こうしてるのもったいなくない?」
「……まあな」
「じゃあ、二人で見て回らない?」
「は?」
「だって、一人は寂しいでしょ? 私も寂しいし」
夢は傑を見つめた。
「二人なら、楽しめるかもしれない」
「……そうかな」
「うん。行こうよ」
夢は傑の手を掴んだ。
「一緒に」
傑は少し戸惑ったが、夢の強引さに押され、頷いた。
「……分かった」
※ ※ ※
二人は校舎に向かった。
まず、一年C組のカフェに入った。
「いらっしゃいませ!」
元気な声が二人を迎える。
「二名様ですか?」
「はい」
夢が答えた。
席に案内され、二人はメニューを見た。
「パンケーキ、美味しそう」
「じゃあ、それにするか」
「うん」
注文を済ませると、二人は店内を見回した。
「すごいね。カフェとお化け屋敷、両方やってるんだ」
「ああ。春川が解決したらしい」
「春川くん……」
夢は少し複雑な表情を浮かべた。
「すごいよね、春川くん」
「……ああ」
傑も小さく頷いた。
しばらくして、パンケーキが運ばれてきた。
「お待たせしました」
「ありがとうございます」
二人でパンケーキを食べ始めた。
「美味しい!」
夢は嬉しそうに言った。
「本当だ。一年生、頑張ったんだな」
「うん」
パンケーキを食べながら、二人は少しずつ笑顔になっていった。
※ ※ ※
カフェを出た後、二人は校舎を歩き回った。
二年D組の縁日に立ち寄った。
「射的、やってみる?」
「いいな」
傑が射的に挑戦した。
「おお、当たった!」
「すごい、傑くん!」
夢は拍手をした。
「景品、何にする?」
「夢、好きなの選んでいいぞ」
「え? いいの?」
「ああ」
「じゃあ、これ」
夢は小さなぬいぐるみを選んだ。
「ありがとう、傑くん」
「どういたしまして」
次に、三年B組の展示を見に行った。
「わあ、すごい」
夢は展示に見入っている。
「傑くん、これ見て」
「おお、よくできてるな」
二人は展示を楽しみながら、少しずつ文化祭の雰囲気に馴染んでいった。
※ ※ ※
体育館でステージを見た後、二人は外に出た。
夕日が、校舎を照らしている。
「楽しかったね」
夢が微笑んだ。
「ああ」
傑も頷いた。
「一人じゃなくて、よかった」
「私も」
夢はぬいぐるみを抱きしめた。
「傑くんと一緒で、楽しかった」
二人は校門に向かって歩き始めた。
しばらく黙って歩いていると、夢が口を開いた。
「ねえ、傑くん」
「ん?」
「私、やっぱり春川くんに謝りたい」
「夢……」
「ちゃんと向き合って、謝らないと。前に進めない気がする」
夢は真剣な表情で言った。
「……俺も」
傑も頷いた。
「春川に、ちゃんと謝らないとな」
「うん」
夢は微笑んだ。
「お互い、頑張ろうね」
「ああ」
校門の前で、二人は立ち止まった。
「今日は、ありがとう」
傑が夢に言った。
「おかげで、楽しめた」
「こちらこそ」
夢は微笑んだ。
「じゃあ、また明日」
「ああ」
二人は別れた。
傑は家に向かいながら、今日のことを思い返した。夢と一緒に文化祭を回った。パンケーキを食べた。射的をした。展示を見た。
一人じゃなかったから、楽しめた。
そして、春川に謝る決意をした。
まだ、許してもらえるかは分からない。
でも、謝らないと前に進めない。
その確信を胸に、傑は前を向いた。
※ ※ ※
一方、夢も家に向かいながら、今日のことを思い返していた。傑と一緒に文化祭を回った。一人じゃなかったから、楽しめた。
そして、春川くんに謝る決意をした。
許してもらえるかは分からない。
でも、謝らないと前に進めない。
その確信を胸に、夢は前を向いた。
文化祭は終わった。
でも、傑と夢の新しい日々は、まだ始まったばかりだった。
それぞれの道を、それぞれのペースで。
少しずつ、前を向いて。
二人は、歩き続けていく。
春川に謝る日が来るまで――
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