文化祭当日 開会式
文化祭当日。俺は朝早くから学校に来ていた。全てはこの文化祭を成功させるために。周囲にいた生徒たちも活気に満ちていて和気あいあいとしている。
俺の役目は一つ。生徒会副会長である蓮のサポートだ。彼女のサポートに徹するのみだ。そんなことを思いながら、下駄箱から上履きに履き替える。そんなことを思っていると、蓮は俺とは別の下駄箱で上履きに履き替える。
「おはよ、海斗」
蓮の声に振り向き俺の固かった表情がつい緩む。クール系ギャルで周りからは近寄り難い存在と言われている蓮だが、実際はただの純粋無垢な可愛げのある女の子だ。
「今日頑張ろうね! 海斗!」
「そうだな、ところで蓮。少し雰囲気変わったか?」
「え? 気づいた? 実はね、メイクのやり方をちょこっと変えたんだ。……その海斗の隣には私だけが立っていたいから」
その言葉に俺は固まった。なんだこの可愛い人は。蓮は頬を赤らめながら、俺に上目遣いをしている。俺はそれを見て視線を泳がせる。ダメだ明らかに俺動揺してる。
「蓮は、そのどんな格好でも可愛いよ」
「えー! それほんとー?」
「本当だ」
「……そ、ありがと」
蓮は赤らめた頬を掻きながら言った。俺はそれを見てまた彼女のことを麗しく思ってしまう。
そんな会話をしていると、蓮は俺の手に手を絡ませる。そして、優しい微笑みで校内に向かう。
「ねぇ、海斗……私、ちゃんと挨拶出来ると思うかな」
「――できる」
「そ、そうかな……でも海斗がそう言ってくれるならできる気がする――だから私だけを見ててね海斗」
「あぁ任せろ。蓮の可愛さは俺が保証する」
「もう何言ってるの、恥ずいじゃん。でもありがと! 元気出た!」
蓮はそういうと、教室の別れ際で俺の頬にキスをした。そのキスの温もりがどうも愛おしくてたまらない。蓮はあの時から俺の彼女だ。絶望に突き落とされた俺に唯一手を差し伸べてくれた人だ。――だからこそ、俺は蓮と一緒にいたい。
「なぁ、蓮」
「なに?」
「この文化祭終わって、テストも終わったら……その久しぶりにデートとか、どうだ?」
恥ずかしさを交わらせながら言うと、蓮はぱあっと顔を明るくした。そして、満面の笑みで俺の顔を見つめた。
「分かった! 海斗とのデート楽しみにしてるね!」
※ ※ ※
文化祭が始まるで刻一刻と迫る中、俺は生徒会に来ていた。中には蓮と桐谷達が文化祭の最終確認をしていた。
「開会式は九時から、今からあと30分だ」
桐谷は時計を見ながら言う。その視線は絶対に文化祭を成功させるという絶対的な自信が宿っている。
「蓮、準備はいいか?」
「……はい」
蓮は原稿を取り出した。その手が少しだけ、ほんの少しだけ震えてるのがわかる。緊張しているのだろう。それも当然だ、この文化祭にいるのは学生だけじゃない、保護者、地域の関係者も来る。蓮にとって相当な精神的な負担があってもおかしくない。
「じゃあ、俺たちは先に体育館に行く。蓮は落ち着いてから来てくれ」
「分かりました」
桐谷たちが出ていくと、生徒会室は俺と蓮だけになった。静かな部屋の中でも蓮が抱いている緊張感が伝わってくる。失敗も油断もしちゃいけない重要な開会式の挨拶。そんな重責を任されてる蓮を俺は抱きしめた。
「か、海斗?」
「安心してくれ、俺が見てる。いや、俺が隣にいるから、お前は存分に蓮の凄さをみんなに見せしめてやってくれ。俺の彼女――鈴波蓮はこんなにも凄い彼女なんだってことを全員に証明するんだ!」
「海斗……うん、分かってる。海斗に言われなくたって、私は私の責務を全うする!」
「あぁ、その調子だ、蓮!」
俺は蓮を鼓舞するように声を上げて、そのまま少しだけの間、席に座り彼女と会話をする。蓮の抱いている想い、この文化祭を作り上げる上での意志。俺はその全てを聞いた。
そんな時、蓮が俺の肩に頭を預けた。
「海斗がそばに居てくれるだけで、安心する」
「俺もだよ。俺も蓮と一緒だからここまで頑張れてこれた」
「本当?」
「ああ」
俺は優しく蓮の頭を撫でた。サラサラとした髪質、丁寧に手入れされている。可愛げのある蓮の顔に思わず顔が変に歪みそうになる。
「蓮は、俺の勇気の源だからな」
「――海斗、ずるい」
蓮は照れた表情で、俺の胸を軽く叩いた。
「本当のことだ。蓮だけがあの時の俺を味方をしてくれて、蓮だけが俺の言葉を信じてくれてた。それが俺にとってどれだけ心の支えになったか」
「そういうこと言うの、反則だよ」
蓮は嬉しそうに微笑んだ。その笑顔に、少しだけ余裕が戻ってきていた。俺もその彼女の様子を見てホッとする。
八時五十分。
俺と蓮は体育館に向かった。
廊下には文化祭の装飾が施されていた。色とりどりの飾り付け、クラスごとの看板。廊下を歩くだけで、文化祭への期待感が高まっていく。
「凄いな、みんな頑張ったんだな」
「うん」
蓮は周りを見回しながら言う。
「みんなの努力があってこそ、今の文化祭が形になってる」
俺は蓮の手を握りしめた。
「蓮もすごく頑張ったよ」
「……ありがとう」
蓮は嬉しそうに微笑んだ。
※ ※ ※
体育館に着くと、既に全校生徒が集まっていた。その数に圧倒される。こんなに多くの人の前で、蓮は話すのか。
ステージの袖で蓮が深呼吸をしている。
「大丈夫か?」
「……うん」
蓮は原稿を握りしめていた。その手に力がこもっているようにも見える。俺はそんな彼女の肩に手を置いた。少しでも蓮の緊張をほぐしたい、蓮の役に立ちたい、俺はそう思っていた。
「蓮、落ち着いて」
「海斗……」
「深呼吸して。俺がずっとそばに居るから」
蓮は俺を見つめて、ゆっくりと深呼吸をした。その時、放送部の生徒の声をかけてきた。
「鈴波副会長、マイクのテストお願いします」
「はい」
蓮がマイクの前に立った瞬間――
蓮の手から原稿が滑り落ちた。
「あ……」
紙が舞い散り、床に散らばる。時間がスローモーションのように流れる。
「大変! 順番がバラバラに……」
放送部の生徒が慌てて拾い始めた。
「すみません、私が……」
蓮も慌てて拾おうとするが、手が震えて上手く拾えない。それを見ていた俺の胸が締め付けられる。当たり前だ、大勢しかも全校生徒じゃない、地域の人達に向けて挨拶するんだ。蓮が動揺するのも無理はない。蓮の不安が俺にも伝わってくる。
「蓮」
俺は震える蓮の肩を掴んだ。
「落ち着いて」
「でも……原稿が……」
「原稿なんてなくても、大丈夫」
俺は蓮の目を見つめた。蓮の瞳には不安と緊張、焦りが混じっている。
「蓮は何を伝えたいか分かってるんだろ?」
「……うん」
「じゃあ、それを蓮の言葉で話せばいい」
「でも……」
「言っただろ、俺がずっと蓮を見てる。蓮を信じてるから」
俺は蓮の手を握った。
蓮の手は冷たい、震えている。――でも俺の温もりが伝われば、きっと大丈夫。できることなら、俺の温もりで蓮の不安を溶かしたい。
「海斗……」
蓮は俺を見つめた。
「怖い……」
「大丈夫」
俺は蓮を抱きしめた。深くただ深く抱きしめた。この行為が蓮の不安がどれだけ溶けるのかは分からないけれど、少しでも蓮の不安を消してあげたい。
「蓮は一人じゃない。俺がずっと見てる」
「……うん」
蓮は俺の胸の中で、深呼吸を繰り返した。
「頑張れ」
「ありがとう」
蓮は深呼吸をした。
そして、いつもの凛とした表情を取り戻した。蓮の瞳に決意の光が宿っている。
「大丈夫、原稿なしでやる」
「そうか」
「うん」
俺は蓮の頬に手を添えた。そして、軽く誰にも見えないくらいの小さなキスをした。
「蓮なら絶対にできる」
「……海斗」
蓮は俺の手に自分の手を重ねた。その手は揺るぎない覚悟と決意があった。
「海斗がいてくれて!本当に良かった」
「俺もだよ」
九時ちょうど。
開会式が始まった。
桐谷の合図で、蓮がステージの中央に立った。
全校生徒の視線が蓮に集中する。その視線の重さが俺にも伝わってくる。
一瞬、一瞬だけ蓮が俺を見た。それに俺は頷いた。
大丈夫だ、蓮なら絶対にできる。俺はそれをずっと見てきた。
蓮はマイクを手に取った。
「おはようございます。生徒会副会長の鈴波蓮です」
蓮の声が体育館に響き渡った。その声に震えはない。ただそこにあったのは絶対的な自信だけだった。
「今日は待ちに待った文化祭です。みなさん、準備は順調でしたか?」
会場から歓声と拍手が上がる。
「正直に言うと……準備は大変でしたよね」
蓮は少し笑った。その笑顔に会場の空気が和らぐ
「予算が足りない、人手が足りない、クラスで意見が合わない。色んな問題がありました」
会場が引き締まる。みんな蓮の言葉に耳を傾けている。
「でもみんな諦めなかった。クラスで話し合って、他のクラスと協力して、一つ一つ問題を解決して行った」
蓮の声に力がこもっていく。それの声に俺の頭にはこれまでの苦悩と苦労の数々がよぎる。こんなに堂々とこんなに力強く。蓮が輝いている。
「この文化祭は、一人で作ったものじゃない。みんなで作り上げたものです」
蓮は会場を見渡した。
「だから今日は自分のクラスだけじゃなくて、他のクラスの出し物も見てください。そして、みんなの頑張りを感じてください」
蓮の自信に満ちた言葉が響き渡る。全校生徒――いやその場の誰もが蓮の一つ一つの言葉を聞き入れている。
「私は生徒会副会長として、みんなの準備を見てきました」
蓮の目に涙が浮かんでいる。その涙が蓮の想いを物語っている。
「みんなの頑張りを、誰よりも知っています。だから、自信を持って言えます」
蓮は力強く宣言した。
「今年の文化祭は絶対に成功します!」
会場が静まり返った。
そして――
割れんばかりの拍手と歓声が轟いた。
「鈴波副会長!かっこいい!」
「頑張ろう!」
「最高の文化祭にしよう!」
生徒たちが口々に叫ぶ。
俺の胸が熱くなる。蓮がやり遂げた。あんなに不安がっていたのに、原稿なしであんなに素晴らしい挨拶をした。
蓮はステージから降りると、俺の元に駆け寄ってきた。
「海斗……」
「凄かったよ、蓮」
俺は蓮を抱きしめた。蓮の華奢な体が、俺の腕の中に飛び込んでくる。
「原稿よりずっと良かった――かっこよかった!」
「……ありがとう」
蓮は俺の胸に顔を埋めた。
蓮の体が小さく震えている。緊張が溶けたんだ。よく頑張った。本当によく頑張った。
「海斗が居てくれたから、頑張れた」
「蓮、本当によく頑張ったよ」
俺は蓮の背中を優しく撫でた。その背中はもう震えてない、ただ安堵の温もりが募っていた。
「蓮の挨拶、最高だった」
「……本当」
「ああ。みんな、感動してた」
蓮は顔を上げて、俺を見つめた。
「海斗がそばに居てくれたから」
その瞳には涙が浮かんでいた。
「海斗がいなかったら、私あんなに話せなかった」
「蓮の力だよ」
「ううん」
蓮は首を横に振った。
「海斗の言葉が――温もりが勇気が私を支えてくれた」
「蓮……」
俺は蓮の頬に手を添えた。
「これから文化祭が始まる」
「うん」
蓮は顔を上げて、俺を見つめた。その瞳には達成感と喜びが満ちている。
「一緒に最高の文化祭にしよう!」
「ああ」
俺は蓮の頬にキスをした。
「蓮となら何でもできる」
「……うん」
蓮は幸せそうに微笑んだ。
※ ※ ※
開会式が終わり、各クラスの出し物が始まった。廊下は来場者で溢れていて、歓声と笑い声が響いている。校舎全体が活気に満ちている。
「すごい盛り上がりだね」
蓮が嬉しそうに言った。、
「ああ。みんな楽しそうだ」
俺は蓮の手を握った。蓮の手は冷たくない。温かい。その手には震えもない。
一年C組の前を通ると、カフェとお化け屋敷が大盛況していた。
「海斗!蓮さん!」
クラス委員長が手を振った。
「おかげで、めちゃくちゃお客さん来てます!」
「良かったね」
蓮が笑った。
「頑張って」
二年D組の縁日も子供たちで賑わっていた。
「鈴波副会長!春川くん!」
委員長の女子が声をかけてきた。
「ダンボールで作った的、大好評です!コストも抑えられたし、最高です!」
「それは良かった」
俺が答えると、女子が嬉しそうに笑った。
三年B組の展示も、多くの来場者で賑わっていた。
「みんな、本当に頑張ったんだな」
「うん」
蓮は満足そうに頷いた。
「これなら、絶対成功する」
その時、蓮のスマホが鳴った。
「もしもし……え? 分かりました、すぐ行きます」
電話を切ると、蓮は俺を見た。その表情に、また緊張が戻る。
「海斗、トラブルだって」
「どこで?」
「一年C組。また問題が起きたみたい」
「行こう」
「うん」
文化祭は始まったばかり。
これから、どんなトラブルが待っているか分からない。
でも、蓮と一緒なら、何でも乗り越えられる。
そう信じて、俺たちは駆け出した。
体育館を出る時、蓮が俺の手を握った。蓮の手は、もう冷たくない。温かい。
「海斗、ありがとう」
「ん?」
「開会式、成功したのは海斗のおかげ」
「蓮が頑張ったからだよ」
「でも、海斗がいなかったら、私、あんなに話せなかった」
蓮は嬉しそうに微笑んだ。
「海斗が、私の勇気をくれた」
「……そうか」
俺も蓮の手を握り返した。
蓮の手は、もう冷たくない。温かい。俺の温もりが、ちゃんと伝わっている。蓮の不安を、俺が溶かせた。
「じゃあ、これからも一緒に頑張ろう」
「うん!」
俺は蓮を抱き寄せた。
「何があっても、俺が蓮のそばにいる」
「……ありがとう」
蓮は俺の胸に顔を埋めた。
「海斗、大好き」
「俺も」
文化祭は、まだ始まったばかり。
でも、蓮の開会式の挨拶で、みんなの士気は最高潮に達していた。
これから、どんなトラブルが起きても、乗り越えられる。
蓮と一緒なら。
俺たちは、手を繋いだまま、文化祭の喧騒の中へと飛び込んでいった。
蓮の手を握る力に、自然と力が込もる。この手を、絶対に離さない。どんなトラブルが待っていても、蓮と一緒なら大丈夫。
その確信が、俺の胸に満ちていた。文化祭は、まだ始まったばかり。でも、俺たちなら、絶対に成功させられる。その確信を胸に、俺たちは前に進んでいった
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