破滅の先にあるもの
教室に入った瞬間、視線が突き刺さった。
昨日のことが悪夢であってくれと願いながら登校した俺を待っていたのは、クラスメイト全員の冷たい目だった。
「おい、春川……マジかよ」
「最低だな」
「雪原さん、可哀想」
ざわざわと聞こえてくる囁き声。その内容に、俺は耳を疑った。
「は……?」
自分の席に着こうとした俺の前に、女子グループが立ちはだかった。
「ねぇ春川くん。雪原さんに暴力振るってたって本当なの?」
「あと、お金も貢がせてたんでしょ? 最低」
「え、待って、何言って――」
「とぼけないでよ! 雪原さんから全部聞いたんだから!」
頭が真っ白になった。暴力? お金を貢がせた? 何を言っているんだ、この人たちは。
昨日、俺の目の前でキスをしていた夢と傑。一方的に別れを告げられた俺。それなのに、なぜ俺が加害者になっているんだ。
「違う……俺は何も――」
「うわ、否定するんだ。最悪」
女子たちは吐き捨てるように言うと、俺から離れていった。
スマホを取り出すと、SNSには信じられない光景が広がっていた。
『春川海斗に3年間虐げられてました。やっと解放されました』
夢のアカウントからの投稿だった。リプライ欄には同情と、俺への非難のコメントで溢れかえっていた。
「そんな……嘘だろ……」
手が震えた。何もかもがおかしい。昨日振られたばかりなのに、俺はいつの間にか学校中の敵になっていた。
授業中も、休み時間も、視線が痛かった。誰も話しかけてこない。いや、正確には避けられていた。
※ ※ ※
昼休み、一人で屋上に逃げ込んだ。
「クソが……何なんだよ、全部……」
フェンスに寄りかかり、空を見上げた。
3年間大切にしてきたものが、一日で崩れ去った。彼女に裏切られ、親友に裏切られ、その上デマまで流されて。
「俺、何か悪いことしたか……?」
記憶を辿る。夢が欲しがったものは全部買った。デートの誘いは全部受けた。どんなわがままも聞いた。傑とも、ずっと仲良くやってきたはずだった。
それなのに。
「……もう、どうでもいいや」
何もかもが馬鹿らしくなった。真面目に生きてきた結果がこれなら、もう何を信じればいいのか分からない。
スマホの画面には、夢と傑が仲良く写った写真が拡散されていた。二人とも、幸せそうに笑っている。
俺を踏み台にして。
「あーあ。マジでどうでもよくなってきた」
自暴自棄になりながら、俺は屋上のフェンスにもたれかかった。
放課後、生徒会の仕事があることを思い出した。
行きたくなかった。でも、行かなければサボったと言われるだろう。今の俺に、これ以上の評判の悪化は耐えられなかった。
※ ※ ※
放課後、重い足取りで生徒会室に向かうと、扉の前で足が止まった。
中から、蓮の声が聞こえてくる。
「……最低。人として終わってる」
誰かと電話をしているのだろうか。
「そんなデマ流すなんて、マジでありえない。春川が可哀想すぎる」
――え?
「うん。私が見てる限り、春川はむしろ都合よく使われてた側だよ。それを逆に加害者扱いとか、人間のクズじゃん」
扉を開ける勇気が出なくて、俺はその場で立ち尽くした。
「分かった。じゃあまた後で」
電話が切れる音がして、扉が開いた。
「……あ」
蓮と目が合った。
彼女はいつもの無表情で俺を見つめていたが、その瞳には昨日と同じ、何か言いたげな光が宿っていた。
「海斗。入って」
淡々とした口調で促され、俺はふらふらと生徒会室に入った。
「……今の、聞いてた?」
「あ……少しだけ」
「そ」
蓮は俺の顔をじっと見つめた。
「座って。話がある」
促されるまま椅子に座ると、蓮は俺の正面に腰を下ろした。
「昨日、雪原夢と岡波傑が教室でキスしてたの、見たんでしょ」
「……なんで知ってるんですか」
「偶然通りかかった。海斗が資料持って教室に向かうの見えたから、ちょっと気になって」
蓮は髪をかき上げながら、ため息をついた。
「で、今日のデマ。あれ全部嘘でしょ」
「……はい」
「だよね。私、海斗のこと半年くらい見てたから分かる。あんた、むしろ都合よく扱われてた側」
蓮の言葉が、胸に刺さった。
都合よく扱われていた。そうだ、その通りだった。でも、それを認めたくなくて――
「……もう、どうでもいいんです」
「は?」
「信じてたものが全部嘘だったんで。もう何も信じられないし、どうでもよくなりました」
投げやりな言葉が口をついた。
蓮は黙って俺を見つめていた。その視線が、不思議と優しいように感じた。
「……海斗」
「はい」
「これから、私が味方になる」
え、と声が出なかった。
「あんたみたいなお人好しが潰されるの、見てられないから」
蓮は立ち上がると、俺の隣に来て肩を軽く叩いた。
「明日から、私と一緒に行動して。そうすれば、少なくとも変なデマは減る」
「なん、で……」
「理由なんてない。ただ、あんたが可哀想だから」
蓮はそう言うと、いつもの無表情に戻った。
「それに――」
彼女が珍しく、ほんの少しだけ口角を上げた。
「あんたのこと、前から少しだけ気になってたし」
夕日が差し込む生徒会室で、クール系ギャルの副会長が、破滅した俺の前に現れた。
これが、俺の人生が変わる瞬間だった。
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