文化祭の幕開け
月曜日の放課後、生徒会室には重苦しい空気が漂っていた。
「というわけで、今年の文化祭まで残り三週間です」
生徒会長の桐谷陽太が、深刻な表情で資料を広げた。
「正直に言います。今年は、かなり厳しい状況です」
生徒会室には、会長の桐谷、副会長の蓮、書記の藤崎美咲、会計の野村健太、そして生徒会として呼ばれた俺がいた。
重い空気に、思わず息が詰まりそうになる。
「どういうことですか?」
蓮が資料を見ながら尋ねた。
「まず、予算の問題。各クラスからの要望を全部受け入れると、予算が三十万円オーバーします」
桐谷は頭を抱えた。
「次に、会場設営の人手不足。例年なら運動部の生徒たちが手伝ってくれるんですが、今年は大会と重なって人が集まらない」
「それに――」
書記の美咲が別の資料を取り出した。
「実行委員会の委員長と副委員長が、先週大喧嘩して、現在コミュニケーション断絶状態です」
「最悪じゃないですか」
蓮がため息をついた。
「このままじゃ、文化祭が成功するとは思えない」
「だから、蓮に相談したかったんだ」
桐谷は真剣な表情で蓮を見た。
「君なら、何とかできると思って」
「私だけじゃ無理ですよ」
蓮は俺を見た。
その瞳には、信頼の色が浮かんでいる。俺への期待が、言葉以上に伝わってきた。
「海斗、手伝ってくれる?」
「もちろん」
俺は即答した。
「蓮と一緒なら、何とかなるだろ」
「……ありがとう」
蓮は嬉しそうに微笑んだ。
「じゃあ、まず何から手をつけるか」
蓮は資料を整理し始めた。
「予算の問題、人手不足、実行委員会の問題。全部同時進行で解決しないと間に合わない」
「そうだね」
桐谷が頷いた。
「蓮と春川くんで、実行委員会の問題を解決してもらえないか? あの二人、君たちの言うことなら聞くかもしれない」
「分かりました」
蓮は俺を見た。
「海斗、一緒に行こう」
「ああ」
※ ※ ※
生徒会室を出て、実行委員会の教室に向かった。
「ねえ、海斗」
「ん?」
「実行委員会の委員長と副委員長、知ってる?」
「いや、よく知らない」
「委員長は三年の榊原大輔。副委員長は同じく三年の森下菜々子」
蓮は歩きながら説明した。
「二人とも真面目で、文化祭にかける情熱はすごいんだけど……それゆえに衝突したらしい」
「情熱が強すぎるのも、考えものだな」
「そうね」
実行委員会の教室に着くと、扉越しに怒鳴り声が聞こえてきた。
「だから! ステージ企画を優先すべきだって言ってるでしょ!」
「いや、展示企画の方が重要だ! 去年の反省点を活かすなら――」
蓮は扉をノックした。
「失礼します」
中に入ると、二人の生徒が睨み合っていた。
一人は黒髪の真面目そうな男子。もう一人は、ショートカットの活発そうな女子。
空気が張り詰めている。まるで戦場のようだ。
「生徒会副会長の鈴波です。こちらは生徒会の春川海斗くん」
蓮が簡潔に自己紹介をした。
「文化祭の件で、話を聞きたくて来ました」
「生徒会……」
榊原が眉をひそめた。
「今更何の用ですか。もう手遅れですよ」
「手遅れって、まだ三週間あるでしょ」
蓮はきっぱりと言った。
その声には、諦めなど微塵もない。蓮の強い意志が、言葉に力を与えている。
「諦めるには早すぎる」
「でも、こいつが――」
「こいつ呼ばわりはやめてください」
森下が睨み返した。
「榊原さんこそ、人の意見を全然聞かないじゃないですか」
「お前こそ!」
また言い合いが始まりそうになったところで、蓮が間に入った。
「二人とも、落ち着いて」
蓮の鋭い視線に、二人は黙り込んだ。
さすがだ。蓮の持つ威厳が、二人を静かにさせる。
「まず、何で喧嘩になったのか、順番に説明してください」
蓮は椅子に座り、二人に向き合った。
「榊原さんから、どうぞ」
榊原は不満そうな表情を浮かべながらも、口を開いた。
「俺は、今年の文化祭はステージ企画を目玉にすべきだと思ってる。バンド演奏、ダンス、演劇。そういうのを充実させれば、来場者も増える」
「なるほど」
蓮は頷いた。
「じゃあ、森下さんは?」
「私は、展示企画を重視すべきだと思います」
森下はきっぱりと言った。
「去年の文化祭、ステージ企画は確かに盛り上がりました。でも、展示企画は閑散としてた。それじゃ、一部のクラスだけが楽しむ文化祭になってしまう」
「確かに」
蓮は二人を見比べた。俺は蓮の横で、ただその姿を見守っていた。蓮の問題解決能力の高さに、改めて感心する。
「どちらの意見も正しい。でも、どちらか一方だけを優先するのは違う」
「でも、予算も人手も限られてるんです」
榊原が反論した。
「全部に力を入れるなんて、無理ですよ」
「無理じゃない」
蓮は資料を取り出した。
「工夫すれば、両立できる」
「工夫って……」
「例えば、ステージと展示を連動させる」
蓮は具体的に説明し始めた。
「ステージで演劇をやるクラスは、展示スペースで小道具や衣装の展示もする。バンド演奏をするクラスは、音楽の歴史や楽器の紹介展示をする」
「なるほど……」
森下が目を輝かせた。
「それなら、ステージと展示、両方充実させられる」
「でも、それだと準備が大変になるんじゃ……」
榊原が心配そうに言った。
「大丈夫」
俺が口を開いた。
蓮を支えたい。その想いが、俺を動かす。
「準備を効率化すれば、間に合う」
「春川くん……」
「例えば、クラス同士で協力し合う。道具や材料を共有する。そうすれば、コストも時間も削減できる」
俺は蓮から学んだことを思い出しながら話した。
「文化祭は、一つのクラスだけで作るものじゃない。学校全体で作るものだろ」
「……その通りだ」
榊原は深く頷いた。
「俺、視野が狭くなってた」
「私も」
森下も頷いた。
「自分のクラスのことばかり考えて、全体を見てなかった」
二人は顔を見合わせた。
「榊原さん、ごめんなさい」
「いや、俺こそ。森下の意見、ちゃんと聞くべきだった」
二人は握手を交わした。張り詰めていた空気が、一気に和らぐ。俺は小さく安堵のため息をついた。
「ありがとうございます、鈴波副会長、春川くん」
榊原が頭を下げた。
「おかげで、目が覚めました」
「よかった」
蓮は微笑んだ。
「じゃあ、これから協力して、最高の文化祭にしましょう」
「はい!」
※ ※ ※
実行委員会の教室を出ると、蓮が俺の手を握ってきた。
「海斗、ありがとう」
「俺、何もしてないよ」
「そんなことない。海斗の言葉が、二人の心に届いた」
蓮は嬉しそうに笑った。
「海斗がいてくれて、本当によかった」
「蓮こそ」
俺は蓮の手を握り返した。
蓮の手は温かい。この温もりが、俺に力を与えてくれる。
「蓮の問題解決能力、すごいな」
「まあね」
蓮は得意げに胸を張った。
「でも、これで終わりじゃない。まだ予算と人手不足の問題が残ってる」
「ああ」
生徒会室に戻ると、桐谷が待っていた。
「どうだった?」
「解決しました」
蓮が報告すると、桐谷は驚いた表情を浮かべた。
「マジか! さすが蓮だ!」
「海斗も手伝ってくれました」
「春川くんも、ありがとう」
桐谷は感謝の言葉を述べた。
「じゃあ、次は予算の問題だ」
「予算は、無駄を削減すれば何とかなります」
蓮は資料を見ながら言った。
「各クラスの要望を精査して、本当に必要なものだけに絞る。それで、十万円は削減できるはず」
「残り二十万は?」
「スポンサーを探します」
蓮はきっぱりと言った。
「地域の企業に協賛をお願いして、資金を集める」
「でも、そんなの前例がないぞ」
「だから、今年からやるんです」
蓮は真剣な表情で続けた。
その眼差しには、強い決意が宿っている。蓮は本気だ。文化祭を成功させるために、全力を尽くすつもりなんだ。
「文化祭を成功させるためなら、何でもします」
「……分かった」
桐谷は頷いた。
「じゃあ、それは蓮に任せる」
「ありがとうございます」
蓮は俺を見た。
「海斗、また手伝ってくれる?」
「もちろん」
「じゃあ、明日から企業回りを始めよう」
「ああ」
※ ※ ※
生徒会室を出て、二人で廊下を歩く。
「海斗」
「ん?」
「文化祭、成功させたい」
蓮は真剣な表情で言った。
「みんなが笑顔になれる文化祭にしたい」
「俺も」
俺は蓮の肩を抱き寄せた。
蓮の温もりが、俺を包み込む。二人で力を合わせれば、きっと何でもできる。
「蓮と一緒なら、絶対成功させられる」
「……ありがとう」
蓮は嬉しそうに微笑んだ。
「じゃあ、頑張ろうね」
「ああ」
夕日が二人を照らす。
文化祭まで、残り三週間。
これから、俺と蓮の戦いが始まる。でも、二人で力を合わせれば、どんな困難も乗り越えられる。そう信じて、俺たちは前に進んだ。
蓮の手を握る力に、自然と力が込もる。この手を離さない。どんなに大変でも、蓮と一緒なら乗り越えられる。
そんな確信が、俺の胸に満ちていた。
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