エピローグ 卒業式とその数年後
三月下旬。卒業式の日。
朝、目が覚めると、窓の外から柔らかな光が差し込んでいた。カーテンを開けると、快晴の空が広がっている。卒業式にふさわしい、穏やかな春の日だ。
今日で、この高校を卒業する。
三年間、色々なことがあった。楽しいことも、辛いこともあった。でも、その全てが、今の俺を作っている。
そして何より、蓮と出会えた。
それが、この三年間で一番大切なことだった。
ベッドから起き上がって、準備を始める。制服を着るのも、これが最後だ。
鏡を見ながら、ネクタイを結ぶ。少し感慨深い気持ちになる。
リビングに行くと、母さんが朝食を作ってくれていた。
「おはよう、海斗」
「おはよう、母さん」
テーブルに座ると、母さんが温かいご飯と味噌汁を並べてくれる。
「今日は卒業式ね」
「ああ」
母さんの目が少し潤んでいる。
「あっという間だったわね。ついこの間、入学式だったのに」
「そうだな」
俺も三年前の入学式を思い出す。緊張していた自分。まだ蓮とも出会っていなかった。
「母さん、今まで本当にありがとう」
俺が言うと、母さんの目から涙が溢れた。
「こちらこそ。海斗を育てられて、お母さんは幸せよ」
母さんが俺の手を握ってくれる。
「これから大学生になって、もっと成長していくのね」
「ああ。でも、母さんのことは忘れないよ」
俺の言葉に、母さんが微笑む。
「ありがとう。でも、これからは蓮ちゃんのことを一番に考えてあげてね」
「もちろん」
朝食を食べ終わって、準備を整える。
「じゃあ、行ってきます」
「行ってらっしゃい。後で、お母さんも式に行くからね」
「うん。待ってる」
玄関を出る。春の風が心地よい。
今日は、蓮と駅で待ち合わせをしている。一緒に学校に行く約束だ。
※ ※ ※
駅に着くと、蓮が既に待っていた。制服姿の蓮が、朝日に照らされて美しい。
「海斗」
蓮が俺を見つけて、微笑む。
「おはよう、蓮」
「おはよう」
俺は蓮に近づいて、手を繋ぐ。
「今日は、いい天気だな」
「うん。卒業式日和だね」
蓮が空を見上げる。
「ねえ、海斗」
「ん?」
「なんだか、実感がわかないね」
蓮の声が少し寂しそうだ。
「ああ。もう卒業なんだな」
「三年間、あっという間だった」
蓮が俺の腕に抱きついてくる。
「でも、楽しかった。海斗と出会えて、本当によかった」
「俺も。蓮と出会えたことが、一番の宝物だ」
俺の言葉に、蓮の顔が赤くなる。
「もう、朝からそんなこと言わないでよ」
蓮が少し拗ねたような顔をする。その表情が可愛くて、俺は笑ってしまった。
「じゃあ、行こうか」
「うん」
二人で学校に向かって歩く。手を繋いで。
通学路を歩きながら、色々な思い出が蘇ってくる。
初めて蓮とこの道を歩いた日。一緒に勉強した日々。受験に向けて励まし合った日々。
その全てが、愛おしい。
学校に着くと、既にたくさんの生徒と保護者が集まっていた。みんな、晴れやかな表情をしている。
校門の前で、蓮が立ち止まった。
「海斗、ちょっと写真撮ろう」
「ああ、いいよ」
蓮がスマホを取り出して、セルフィーモードにする。
「はい、チーズ」
二人で笑顔を作る。シャッター音が鳴る。
蓮が写真を確認して、嬉しそうに微笑む。
「いい写真だね」
「ああ」
俺も写真を見る。二人の笑顔が、画面に映っている。
校舎に入ると、懐かしい雰囲気に包まれる。廊下、階段、教室。全てが思い出深い。
下駄箱で上履きに履き替えて、体育館に向かう。
体育館の入り口には、クラスごとの座席表が貼られている。俺と蓮は同じクラスだから、隣同士に座れる。
「じゃあ、席に行こうか」
「うん」
体育館に入ると、既に多くの生徒が席に座っていた。みんな、制服姿で、緊張した表情をしている。
俺たちの席を見つけて座る。蓮が俺の隣に座ってくれる。
「緊張する?」
蓮が聞いた。
「少しだけ。蓮は?」
「私も。でも、海斗が隣にいてくれるから大丈夫」
蓮が俺の手を握ってくれる。
周りを見渡すと、クラスメイトたちが座っている。岡波も、少し離れた席に座っていた。目が合うと、岡波が小さく手を振ってくれる。俺も手を振り返す。
やがて、保護者席が埋まり始める。後ろを振り返ると、母さんが座っているのが見えた。母さんが手を振ってくれる。俺も手を振り返す。
蓮のお母さんとお父さんも来ているようだ。蓮が嬉しそうに手を振っている。
「海斗のお母さん、来てくれたね」
「ああ。蓮のお母さんとお父さんも」
「うん」
蓮が微笑む。
やがて、会場が静かになる。卒業式が始まる時間だ。
舞台の上に、校長先生や先生方が並ぶ。
そして、開式の言葉が告げられた。
「ただいまより、令和六年度卒業式を挙行いたします」
司会の先生の声が、体育館に響く。
卒業式が始まった。
国歌斉唱、卒業証書授与。一人一人の名前が呼ばれて、舞台に上がっていく。
やがて、俺の名前が呼ばれた。
「春川海斗」
俺は立ち上がって、舞台に向かう。階段を上がって、校長先生の前に立つ。
「卒業証書」
校長先生が卒業証書を渡してくれる。
「おめでとう」
校長先生が微笑む。
「ありがとうございます」
俺は卒業証書を受け取って、一礼する。
舞台から降りて、席に戻る。蓮が拍手してくれている。
そして、蓮の名前が呼ばれた。
「鈴波蓮」
蓮が立ち上がって、舞台に向かう。その姿が凛々しい。
蓮が卒業証書を受け取る。会場から大きな拍手が起こる。生徒会長として、みんなから愛されていた蓮への、感謝の拍手だ。
蓮が席に戻ってくる。俺も拍手する。
「おめでとう、蓮」
「ありがとう、海斗」
蓮が微笑む。
※ ※ ※
そうして卒業式は順調に進み、校歌斉唱、校長先生の式辞、在校生代表の送辞、そして卒業生代表の答辞と続いた。答辞を読んだのは、蓮だった。
蓮が壇上に立ち、マイクの前に立つ。会場が静まり返る。
「答辞」
蓮の凛とした声が響く。
「春の暖かい日差しの中、私たち卒業生のために、このような素晴らしい卒業式を開催していただき、ありがとうございます」
蓮の声が、体育館全体に響き渡る。
「振り返れば、三年前の入学式。期待と不安で胸がいっぱいだった私たちは、今日、こうして卒業の日を迎えることができました」
蓮が一度、言葉を切る。
「この三年間、多くのことを学びました。勉強だけではなく、友情、努力、そして支え合うことの大切さを」
蓮の目が、俺の方を向く。
「時には、辛いこともありました。苦しいこともありました。でも、仲間がいたから、支えてくれる人がいたから、乗り越えることができました」
蓮の声が少し震える。
「先生方、保護者の皆様、そして共に過ごした仲間たち。本当にありがとうございました」
蓮が深く頭を下げる。会場から大きな拍手が起こる。
蓮が壇上から降りてくる。その目が潤んでいる。席に戻ってくると、俺は蓮の手を握った。
「よく頑張ったな」
俺の言葉に、蓮が涙を拭う。
「ありがとう」
やがて、閉式の言葉が告げられ、卒業式は無事に終了した。
※ ※ ※
俺の高校生活は波乱万丈だった。かつての親友に裏切られ、その時の彼女にも裏切られて、絶望していたあの日から蓮との関係が始まった。最初こそはお試しだったけれど、今はもう正真正銘の俺のパートナーだ。
俺と蓮は人混みができている校門の前まで来た。本当に色々なことがあった。すれ違いや、呪い、何かの呪縛。でも蓮となら、これからも一緒に乗り越えていける気がする。
そんなことを考えていた時だった。卒業証書を持った凛音が駆け寄ってきた。嬉しそうな顔をしている。彼女とも色々あったが、今じゃ大切な友達だ。
「蓮ちゃん!」
凛音が蓮に抱きついた。
「凛音ちゃん」
「卒業、おめでとう! 答辞、すごくよかったよ」
「ありがとう。凛音ちゃんも、卒業おめでとう」
二人が笑い合っている。
「ねえ、蓮ちゃん」
凛音が少し真剣な顔になる。
「私ね、蓮ちゃんに会えて本当によかった」
「凛音ちゃん……」
「最初は、蓮ちゃんがクールで近寄りがたい人で、体育祭とか色々あったけど。でも、話してみたら全然違って」
凛音が蓮の手を握る。
「蓮ちゃんは、優しくて、強くて、でも時々弱くて。そんな蓮ちゃんが、私は大好き」
凛音の目が潤んでいる。
「これから、大学は別々になるけど、ずっと友達でいてね」
「もちろん」
蓮が凛音を抱きしめる。
「凛音ちゃん、ありがとう。私も、凛音ちゃんに会えて本当によかった」
二人が抱き合っている。俺は少し離れて、その様子を見守っている。
やがて二人が離れると、凛音が俺の方を見た。
「春川くんも、ありがとうね」
「俺?」
「うん。蓮ちゃんを幸せにしてくれて」
凛音が微笑む。
「これからも、蓮ちゃんのこと、よろしくね」
「ああ。任せてくれ」
俺の言葉に、凛音が満足そうに頷く。
「じゃあ、私はこれで。また連絡するね、蓮ちゃん」
「うん」
凛音が手を振って去っていく。その後ろ姿を見送る。
そんな時、俺はとある人物と目が合った。
「卒業、おめでとう。春川」
桐谷会長だった。去年の生徒会長であり、何度もお世話になった人だ。スーツ姿で、大人びて見える。
「桐谷さん。わざわざ来てくださったんですか」
「ああ。後輩たちの晴れ姿を見届けないとな」
桐谷さんが優しく微笑む。
「俺、ちゃんと蓮を支えられましたよ。つまづきそうなことはあったけど、なんとか乗り越えられました。今年のバレンタインイベントも上手くいきましたし」
「見てたよ。お前ら、いいコンビだった」
桐谷さんが俺の肩を叩く。
「春川、お前は本当に成長したな。去年、生徒会にいた時とは別人だ」
「それは、桐谷さんや蓮のおかげです」
「いや、お前自身の努力だ」
桐谷さんが真剣な顔で言う。
「人は、支えてくれる人がいても、最後は自分で立ち上がらなきゃいけない。お前はそれができた」
桐谷さんの言葉に、俺の胸が熱くなる。
「これから、大学に行くんだろ? 鈴波と一緒に」
「はい」
「いいな。羨ましいよ」
桐谷さんが少し寂しそうに微笑む。
「俺も、もっと生徒会を楽しんでおけばよかったな」
「桐谷さん……」
「でも、お前らがいたから、最後まで楽しめた。ありがとうな」
桐谷さんが俺に手を差し出す。俺もその手を握る。
「こちらこそ、ありがとうございました」
桐谷さんが蓮の方に向かっていった。
「俺の後を、ちゃんと継げたか? 鈴波」
「はい。ちゃんと。海斗が支えてくれたおかげで」
「そうか」
桐谷さんが満足そうに頷く。
「お前は、本当にいい生徒会長だった。俺よりもずっと」
「そんなことありません」
蓮が首を横に振る。
「桐谷先輩がいなければ、私はここまで来れませんでした」
「いや、お前の力だ」
桐谷さんが蓮の頭を撫でる。
「それに、いいパートナーを見つけたしな」
桐谷さんが俺の方を見て微笑む。
「二人とも、幸せになれよ」
「はい」
俺と蓮が同時に答える。
桐谷さんは最後にそう言い残して、手を振って去っていった。
そんな時、俺のスマホが鳴った。篠原迅からだ。迅には去年の文化祭やらで世話になったな。
「もしもし」
「お! 今日、卒業式だったよな! 卒業おめでとう!」
迅の明るい声が聞こえる。
「ああ、ありがとうな」
「どうだった? いい卒業式になったか?」
「ああ。彼女と一緒に卒業できた」
「いいねえ!え?!お前彼女いたの!?」
迅が笑う。
「まだ去年の文化祭の礼ができてなかったな。暇な時間があったら言ってくれ、恩返しをしたい」
「え? そんなことあったっけ?」
迅が少し考えているようだ。
「ああ、あの音響整備の時か。あれは別に気にしなくていいって」
「でも、俺は迅に助けられた」
俺の言葉に、迅が少し照れくさそうに笑う。
「まあ、それなら今度飯でも奢ってくれよ」
「ああ、いいよ」
「お前、なんか幸せそうだな!」
「まあな」
俺も笑う。
「いいことだ。お前には幸せになってほしいと思ってたからな」
迅の声が優しい。
「ありがとう、迅」
「それじゃあ、そろそろ切るわ。大学生活、楽しめよ」
「ああ」
「暇な時に遊ぼうな!」
「ああ、また連絡する」
ピッ。迅との電話を切って、俺は蓮に歩み寄った。
鈴波蓮の隣に立つ。
これから、また色々なことがあるだろう。すれ違いが起きるかもしれない。困難にぶつかるかもしれない。
でも、俺も蓮も、きっと折れない。
もう俺と蓮は、固い絆で結ばれているから。
「蓮」
「ん?」
「これから、ずっと一緒だよ」
俺の言葉に、蓮が微笑む。
「うん。ずっと一緒」
俺は蓮の手を握った。蓮も俺の手を握り返してくれる。
校門を出て、二人で歩き始める。
桜の木が、満開に咲いている。風が吹くと、花びらが舞い落ちる。
「綺麗だね」
蓮が空を見上げて言った。
「ああ」
俺も空を見上げる。青い空に、ピンク色の桜が映えている。
「新しい季節が始まるね」
蓮が言った。
「ああ。俺たちの、新しい物語が」
俺の言葉に、蓮が頷く。
「楽しみだね」
「ああ」
二人で桜並木を歩く。花びらが舞い落ちて、二人を包んでいく。
高校生活が終わり、新しい生活が始まる。
でも、変わらないものがある。
それは、蓮への愛情。
そして、蓮と一緒に歩んでいくという決意。
俺は蓮の手を握る手に、力を込めた。
「愛してる、蓮」
「私も、愛してる。海斗」
蓮が俺を見上げて微笑む。
俺は立ち止まって、蓮を抱き寄せた。そして、唇を重ねる。
優しく、温かいキス。
これから始まる新しい未来への、誓いのキス。
やがて唇を離すと、蓮の顔が赤くなっている。
「もう、人がいるのに」
「いいじゃないか。卒業式だし」
俺の言葉に、蓮が笑う。
「そうだね」
二人でまた歩き始める。
桜の花びらが舞い続けている。
この桜の下で、俺たちは新しい季節へと歩き出す。
手を繋いで。
これから、どんな未来が待っているのか分からない。
でも、蓮と一緒なら、どんな困難も乗り越えられる。
そう信じている。
俺たちの物語は、まだ始まったばかりだ。
これから、二人で新しいページを紡いでいく。
大学生活。教員免許の取得。そして、二人で教師になる夢。
全てを、蓮と一緒に。
桜の花びらが、春の風に乗って舞い上がる。
その先に、明るい未来が見える。
俺と蓮の、新しい物語が始まる。
――終わり。
いや、終わりじゃない。
始まりだ。
俺たちの、新しい人生の、始まりだ。
※ ※ ※
それから数年後――
春の日差しが教室に差し込んでいる。新学期が始まって、一週間が経った。
俺は教壇に立って、生徒たちを見渡す。
「それでは、今日の授業を始めます」
俺の声が教室に響く。
教師になって三年目。まだまだ未熟だけど、毎日が充実している。
授業が終わると、職員室に戻る。
隣の席に、蓮が座っている。
「お疲れ様、海斗」
「お疲れ様」
蓮も教師になって、同じ学校で働いている。
夢が叶った。
二人で、教師になるという夢が。
「今日の授業、どうだった?」
蓮が聞いた。
「まあまあかな。生徒たち、少しずつ理解してくれてる気がする」
「そう。よかったね」
蓮が微笑む。
「海斗の授業、生徒たちに人気あるよ」
「蓮だってそうだろ」
俺の言葉に、蓮の顔が少し赤くなる。
「そんなことないよ」
「いや、本当だって。この前、生徒が言ってたぞ。『鈴波先生の授業、分かりやすい』って」
俺の言葉に、蓮が嬉しそうに微笑む。
放課後、二人で一緒に帰る。
もう、何年も一緒にいるけど、この時間は変わらず幸せだ。
「ねえ、海斗」
「ん?」
「今日の夕飯、何がいい?」
「蓮の作る料理なら、何でもいいよ」
俺の言葉に、蓮が笑う。
「じゃあ、カレーにしようかな」
「いいね」
二人で手を繋いで歩く。
夕日が、二人を照らしている。
結婚して一年。
毎日が幸せだ。
蓮と一緒にいられることが、何よりも幸せだ。
「海斗」
「ん?」
「愛してる」
蓮が俺を見上げて言った。
「俺も、愛してる」
俺は蓮を抱き寄せて、キスをした。
これから、どんな未来が待っているのか分からない。
でも、蓮と一緒なら、どんなことも乗り越えられる。
そう信じている。
俺たちの物語は、これからも続いていく。
ずっと、ずっと。
二人で、一緒に。
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