夏の訪れ
八月一日。夏休みが始まって一週間が経った。
朝、目が覚めると部屋の中が暑い。窓を開けると蝉の鳴き声が聞こえてくる。ミンミンミン。その声が夏を告げている。
リビングに向かうとお母さんが既に起きていた。
「おはよう、蓮」
お母さんが振り返って微笑んだ。今日は仕事が休みらしい。
「おはよう、お母さん」
私も微笑む。
「今日、お母さん、休みなの?」
「ええ」
お母さんが頷いた。
「今日は蓮と一緒に過ごそうと思って」
お母さんの言葉に私の胸が温かくなる。
「本当に?」
「ええ。どこか行きたいところある?」
お母さんの問いに私は少し考えた。
「えっとね……」
私の心の中で一つの場所が浮かんだ。
「デパートに行きたい」
「デパート?」
お母さんが首を傾げる。
「うん。お母さんと一緒に服を見たり、買い物したり」
私の声が少し照れくさそうだ。
「普通の母娘みたいに」
私の言葉にお母さんの目が潤んだ。
「蓮……」
お母さんが私を抱きしめてくれた。
「ありがとう」
お母さんの声が震える。
「お母さんもそうしたかった」
お母さんの手が私の背中を撫でる。
「じゃあ、行きましょう」
「うん」
二人で朝食を簡単に済ませた。
準備をして家を出る。
※ ※ ※
デパートに着くと既に多くの人で賑わっていた。夏休みの週末。家族連れが多い。
お母さんと手を繋いで店内に入る。
この感覚。お母さんと手を繋いで歩く感覚。
いつぶりだろう。小学生以来かもしれない。
「どこから回る?」
お母さんが聞いてくれた。
「洋服、見たいな」
「じゃあ、婦人服フロアに行きましょう」
エスカレーターに乗って上の階に向かう。
婦人服フロア。色とりどりの服が並んでいる。
お母さんが一つのワンピースを手に取った。
「これ、蓮に似合いそう」
淡いブルーのワンピース。レースが施されている。
「試着してみる?」
「うん」
私は試着室に向かった。
ワンピースを着てみる。鏡を見ると自分の姿が映っている。
淡いブルーが肌に映える。レースが可愛らしい。
試着室から出るとお母さんが待っていた。
「わあ、すごく似合ってる」
お母さんの目が輝いている。
「本当に?」
「ええ。すごく可愛い」
お母さんが私の周りを回る。
「これ、買いましょう」
「でも……」
「いいの。お母さんからのプレゼント」
お母さんの声が優しい。
「今までちゃんとプレゼント、あげてこなかったから」
お母さんの目が少し悲しそうだ。
「お母さん……」
「これからたくさんあげるから」
お母さんが微笑む。
「ありがとう、お母さん」
私はワンピースを買ってもらった。
次にお母さんの服も見る。
「お母さんも何か買おうよ」
私がお母さんに言った。
「そうね……」
お母さんが服を見始める。
私が一つのブラウスを手に取った。
「これ、お母さんに似合いそう」
白いブラウス。シンプルだけどエレガントなデザイン。
「そう?」
お母さんがブラウスを見る。
「うん。試着してみて」
お母さんが試着室に向かった。
しばらくしてお母さんが出てきた。
白いブラウスを着たお母さん。その姿がとても綺麗だ。
「すごく似合ってる」
私の言葉にお母さんが微笑んだ。
「ありがとう、蓮」
お母さんもそのブラウスを買った。
二人で買い物を楽しむ。
アクセサリーを見たり、靴を見たり。
その全てが楽しい。
昼になるとデパートのレストランで食事をした。
窓際の席に座る。外の景色が見える。青い空。
「美味しいね」
私がパスタを食べながら言った。
「ええ」
お母さんも微笑む。
「蓮」
お母さんが真剣な表情で口を開いた。
「何?」
「お母さん、これから変わるわ」
お母さんの目が私を見つめる。
「仕事も少し減らそうと思ってる」
お母さんの言葉に私は驚いた。
「え? でも……」
「蓮ともっと時間を過ごしたいの」
お母さんの声が優しい。
「今まで仕事ばかりで、蓮と過ごす時間がなかった」
お母さんの目が少し潤む。
「でもこれから違う」
お母さんの手が私の手を握る。
「蓮とたくさん思い出を作りたい」
お母さんの言葉に私の目から涙が溢れた。
「お母さん……」
「ありがとう、蓮」
お母さんの声が震える。
「お母さんにチャンスをくれて」
「お母さん……」
私はお母さんの手を握り返した。
「こちらこそ、ありがとう」
二人でしばらく手を握り合っていた。
※ ※ ※
午後、家に帰った。
買い物袋を持ってリビングに入る。
お母さんが買ったワンピースとブラウスを並べた。
「今日、楽しかったわ」
お母さんの声が幸せそうだ。
「私も」
私も微笑む。
その時、インターホンが鳴った。
「誰かしら」
お母さんがモニターを見る。
「あら、海斗くんね」
お母さんが微笑む。
私は玄関に向かった。
ドアを開けると海斗が立っていた。
「海斗」
「やあ、蓮」
海斗が微笑む。
「約束通り、来たよ」
そうだった。今日、海斗が来る約束をしていた。
「うん。入って」
海斗が家に入る。
リビングに向かうとお母さんが立ち上がった。
「いらっしゃい、海斗くん」
お母さんの声が優しい。
「お邪魔します」
海斗が丁寧に頭を下げる。
「今日、蓮と出かけてたの」
お母さんが微笑む。
「デパートで買い物して」
「そうなんですか」
海斗が興味深そうに聞く。
「ええ。母娘で買い物なんて久しぶりで」
お母さんの声が幸せそうだ。
「すごく楽しかった」
「よかったですね」
海斗が微笑む。
「海斗くん、夕飯食べていって」
お母さんが海斗に言った。
「今日、カレー作るから」
「ありがとうございます」
海斗がお礼を言う。
※ ※ ※
【海斗視点】
夕方。蓮の家のリビング。
美咲さんがキッチンでカレーを作っている。その姿が家庭的だ。
俺と蓮はソファに座っていた。
「今日、お母さんと買い物行ったの」
蓮が嬉しそうに話してくれる。
「すごく楽しかった」
蓮の目が輝いている。
「よかったな」
俺も嬉しくなる。
「お母さんが服を買ってくれた」
蓮が買い物袋からワンピースを取り出した。
「これ」
淡いブルーのワンピース。レースが施されている。
「似合いそうだな」
俺の言葉に蓮の頬が赤く染まった。
「今度、着てみせるね」
「楽しみだ」
しばらくして美咲さんが声をかけてくれた。
「できたわよ」
テーブルにカレーが並べられた。
三人でテーブルを囲む。
「いただきます」
三人で声を揃える。
カレーを一口食べる。スパイスの香り。野菜の甘み。その味が美味しい。
「美味しいです」
俺が言うと美咲さんが微笑んだ。
「よかったわ」
「お母さんのカレー、すごく美味しい」
蓮も嬉しそうに言う。
三人で食事を楽しむ。
美咲さんが俺に話しかけてきた。
「海斗くん、夏休み、どう過ごしてるの?」
「生徒会の仕事が少しと、あとは勉強してます」
俺の答えに美咲さんは頷いた。
「そう。大学は決めた?」
「まだはっきりとは」
俺は正直に答えた。
「でも教育学部に行きたいと思ってます」
「教育学部?」
美咲さんが興味深そうに聞く。
「はい。教師になりたいんです」
俺の言葉に美咲さんの目が優しくなった。
「そう。いい目標ね」
「ありがとうございます」
「蓮をよろしくね」
美咲さんが微笑む。
「はい」
俺ははっきりと答えた。
夕飯を終えて俺と蓮は蓮の部屋に向かった。
※ ※ ※
【蓮視点】
私の部屋。
海斗と二人でベッドに座った。
「海斗」
「ん?」
「幸せだな」
私の声が温かい。
「お母さんとこんなに仲良くなれて」
私の目が海斗を見つめる。
「海斗がいてくれて」
私の手が海斗の手を握る。
「すごく幸せ」
「俺も」
海斗が私を抱き寄せた。
「蓮がいてくれて幸せだ」
海斗の温もりが心地よい。
「ねえ、海斗」
「ん?」
「来週、お父さんが帰ってくるの」
私の声が少し緊張している。
「そうか」
海斗が私の頭を撫でてくれる。
「お父さんに海斗を紹介したい」
「ああ」
海斗が頷いた。
「お父さん、海斗に会いたいって」
私の声が続く。
「大丈夫かな……」
「大丈夫だ」
海斗の声が力強い。
「お母さんも認めてくれたんだ。お父さんもきっと認めてくれる」
海斗の言葉に私は安心した。
「うん」
私は海斗の胸に顔を埋めた。
「海斗がいれば大丈夫」
「ああ」
海斗が私を抱きしめてくれる。
しばらく二人で抱き合っていた。
「ねえ、海斗」
「ん?」
「夏休み、どこか行きたいね」
私の声が明るい。
「海に行きたい」
「いいな」
海斗が微笑む。
「じゃあ、みんなで行くか」
「うん」
私は嬉しそうに頷いた。
「凛音ちゃんとか神崎くんとかも誘おうよ」
「いいな」
海斗が私の頭を撫でてくれる。
「楽しみだな」
「うん」
私の胸が期待で膨らむ。
新しい思い出。
お母さんともお父さんとも和解して。
これからどんな思い出ができるのだろう。
その期待を胸に私は海斗と共に夏休みを過ごしていく。
窓の外では蝉が鳴き続けている。
夏。その季節が私たちを包み込んでいた。
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