表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
親友に彼女をNTRられた俺は、俺にだけ優しいクール系ギャルヒロインとお試しで付き合うことになりました。  作者: 沢田美


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

112/113

恋人からの言葉

 リビングに重い空気が流れていた。


 窓の外の喧騒は微かに届くのに、この部屋だけが別世界みたいに静かだ。時計の秒針だけが規則正しく音を刻む。


 鈴波美咲さんが俺を見つめている。まだ警戒はある。値踏みする視線も感じる。けれど以前みたいな氷の冷たさは薄れていた。蓮と話した直後だからだろう。目の奥には疲れと、何かを確かめたい光が残っている。


 隣の蓮は背筋を伸ばして座っていた。膝の上で指先が小さく震え、スカートの布を掴んでいる。俺はそっとその手を握った。冷たい。温度がそのまま緊張を語っていた。


 蓮が小さく俺を見る。不安と期待が同居した目だ。俺は頷いた。大丈夫だ。


「春川くん」


 美咲さんの声はいつもより柔らかい。それでも試す響きが残っている。


「はい」


 俺は背筋を伸ばし、正面から視線を受け止めた。


「あなた、蓮のことを愛してると言ったわね」


 真剣な声だった。逃がさない意志がある。


「はい。蓮を愛してます」


 言い切ると、言葉が部屋の静けさに吸い込まれていく。


 美咲さんが目を細める。こちらの芯を測っている。


「では聞くわ。あなたは蓮を幸せにできるの?」


 想定していた質問だ。いつか必ず来ると分かっていた。


 俺は深呼吸した。胸の奥まで空気を入れて、ゆっくり吐く。心を整える。


「はい。俺は蓮を幸せにします」


 眉がわずかに動く。


「根拠は?」


 鋭い。弁護士の声だ。相手の足場を崩すための問い方。


「あなた、成績は中の上。大学の目標もまだない。そんなあなたがどうやって蓮を幸せにするの?」


 疑いが視線に残っている。


 蓮が俺の手を強く握った。震えが伝わる。心配させたくない。


 俺はもう一度息を吸った。逃げずに返す。


「美咲さん。俺の成績が中の上なのは事実です。大学の目標も、まだはっきりしてません」


 否定しない。受け止めた上で進む。


「でも、それが何ですか」


 声に力が入る。


「成績や大学が、人の価値を決めるんですか」


 美咲さんの目がわずかに見開かれた。


「人を幸せにする力は、成績や学歴で測れるものじゃない」


 ここからは譲れない。


「美咲さん、あなたは優秀な弁護士です。社会的な地位もある。お金もある」


 事実を並べる。相手が誇りにしてきた土俵をあえて踏む。


「東大を出て、司法試験にも一発合格した。誰もが認める優秀な人です」


 一拍置く。


「でも、それで蓮は幸せでしたか」


 美咲さんが息を呑んだ。空気がさらに重くなる。


「蓮はずっと苦しんでました。あなたに認めてもらえなくて苦しんでました」


 言葉を丁寧に置く。責めるためじゃない。事実を突きつけるためだ。


「選挙の時、蓮は倒れました。プレッシャーに押しつぶされそうになって倒れた」


 あの場面が蘇る。胸の奥が痛む。


「なぜだと思いますか」


 美咲さんは答えられない。


「蓮はあなたに認めてもらいたかったんです。『お母さんに認めてもらえるような人間になりたい』って、ずっと」


 美咲さんの頬に涙が落ちた。


「でも、認めてもらえなかった。どれだけ頑張っても」


 俺は言い方を抑えた。刺すためじゃなく届かせるために。


「蓮が欲しかったのは、お金でも地位でもない。温もりです。愛です」


 俺の声が少し柔らかくなる。


「『よく頑張ったね』『偉いね』『すごいね』。そんな簡単な言葉です」


 簡単なのに、蓮にとっては遠かった言葉。


「でも、美咲さんは一度も言わなかった」


 美咲さんの肩が震える。膝の上で手が固く握られている。


「俺は蓮にそれを渡せます。蓮の努力も頑張りも、全部認めます」


 握った手に力を込める。


 蓮が小さく嗚咽を漏らした。胸が締め付けられる。


「生徒会長になった時、俺は心の底から誇りに思いました」


 言葉に温度を乗せる。


「選挙で勝った時、泣きながら喜んでた姿を覚えています。文化祭を成功させた時、全校の前で挨拶した姿にも感動した」


 あの声の震え。最後まで話し切った背中。


「その時、俺は思った。『この人と一緒にいられて幸せだ』って」


 蓮がまた泣いた。俺は視線を美咲さんに戻す。


「蓮が泣く時、俺はそばにいました。選挙の時も、家で傷つけられて帰ってきた時も」


 声が少し震える。


「それが俺にできることです」


 そして、言うべき問いを置く。


「美咲さん。あなたは蓮に、それができましたか」


 美咲さんの顔が歪む。返せない。


 俺は立ち上がった。視線の高さが変わって、蓮が小さく息を呑む。


「美咲さん、あなたは間違ってました」


 断言する。ここは曖昧にしない。


「幸せは成績や地位で決まらない。幸せは、愛する人がそばにいることです」


 言葉が静かな部屋に響く。


「支え合うこと、認め合うこと、励まし合うこと。手を繋ぐこと、抱きしめること、『愛してる』と言えること」


 美咲さんの目が揺れる。


「蓮はそれを求めてた。なのに、与えられなかった」


 俺は息を整えて続けた。


「否定し続けた。『期待外れ』『恥ずかしい』『失格だ』って」


 美咲さんが顔を覆う。嗚咽が漏れた。


「蓮は毎晩泣いていました。『お母さんに認めてもらえない』って」


 俺の目からも涙が落ちる。


「『私、何をすればいいの』って聞いてきた。俺はその度に抱きしめて、『大丈夫だ』って言った」


 でも、蓮は信じ切れなかった。


「『認められない私は価値がない』って思い込んでた。そこまで追い詰められてた」


 美咲さんが声を上げて泣いた。


「ごめんなさい……」


 その声が震える。


 俺は立ったまま、言葉を落とすように続けた。


「だから誓います。俺は蓮を否定しない。失敗しても支える。泣いたら抱きしめる。笑ったら一緒に笑う」


 胸に手を当てる。


「それが俺の愛です。俺は蓮を幸せにします。学歴じゃない。愛で幸せにします」


 美咲さんが泣き崩れそうになる。


 それでも最後に、もう一つだけ。


「美咲さん。あなたも変わってください」


 真正面から言う。


「蓮を認めてあげてください。抱きしめてあげてください」


 声が懇願に近づく。でも弱くはしない。


「『よく頑張ったね』『お母さんは誇りに思う』って。蓮は待ってるんです。十七年間ずっと」


 美咲さんは泣き続けた。肩が大きく震えている。


「私が間違ってた……全部、間違ってた……」


 そして蓮を見る。


「蓮、本当にごめんなさい」


「お母さん……」


 蓮が立ち上がって駆け寄った。美咲さんが強く抱きしめる。何度も背中を撫でる。そこには確かに温度があった。


「愛し方を間違えてた。……本当は誇りに思ってたの」


 蓮が泣きながら頷く。


 俺はその光景を見つめた。胸が熱い。涙が止まらない。


 美咲さんが蓮を抱きしめたまま、俺を見る。目に感謝が宿っている。


「春川くん」


「はい」


 俺は袖で涙を拭いた。


「ありがとう。あなたの言葉で目が覚めた」


 美咲さんが息を整えながら言う。


「私は母親として何もできてなかった。娘を傷つけるだけだった」


 そして深く頷いた。


「でも、これからちゃんと母親になる。蓮を愛する母親になる」


 蓮が嬉しそうに泣いた。


 美咲さんが俺をまっすぐ見る。今度は弁護士の目じゃない。母親の目だ。


「春川くん。あなたに蓮を託します。幸せにしてあげてください」


「はい。必ず幸せにします。約束します」


 美咲さんが微笑んだ。ようやく見た、本物の笑顔だった。


「それじゃ、三人で夕飯を食べましょう。私が作るわ」


 蓮の目が輝く。


「本当に?」


「ええ。母親として、娘に料理を作ってあげたいの」


 蓮が泣きながら抱きつく。


「ありがとう、お母さん」


 俺はその隣で、まだ涙の残る顔のまま笑った。


 やっと家族が、家族になろうとしている。


 俺は深く息を吸った。ここから先は、守るだけじゃない。育てていく時間だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ