ざまぁと決着①
翌朝、昇降口で蓮を待っていると、予想外の光景が目に飛び込んできた。
夢と傑が、言い争いをしていた。お互いがお互いを罵りあい、見るに堪えないものだ。
「だから! 私は悪くないって言ってるでしょ!」
「でも、お前が春川にあんなデマ流すから――」
「傑くんが守ってくれないから悪いんじゃん!」
夢の声は甲高く、周囲の生徒たちが興味津々で見ていた。その視線はかつての夢達を心配する視線ではなく、憐れみの視線ばかりだった。
「おい、雪原と岡波、喧嘩してるぞ」
「まあ、当然だよな。あんなデマ流したんだから」
周りの声が聞こえてくる。当然だ、夢が流したデマが今やそれが嘘だということがわかってしまったから。俺はその場に立ち尽くしていると、背後から蓮が現れた。
「おはよう、海斗」
「蓮……」
「ああ、あの二人ね」
蓮は夢と傑を一瞥した。
その視線は冷たく、どこか憐れむような色さえ浮かんでいる。
「自業自得」
「自業自得?」
「うん。デマってさ、一度バレたら信用を全部失うんだよ」
蓮は俺の腕を取った。そして、彼女は夢達の喧嘩から視線を外して言葉を続けた。
「雪原夢は、自分の嘘で自分の首を絞めた。岡波傑も、親友を裏切った報いを受けてる」
その時、夢が俺たちに気づいた。
「あ……海斗!」
夢が助けを求めるように駆け寄ってきた。
その顔には、かつての余裕は微塵もない。焦りと必死さだけが滲んでいた。
「海斗、聞いて! 私、傑くんに騙されてたの!」
「は?」
「本当なの! 傑くんが私を誘惑してきて、それで――」
「嘘つけ!」
傑が叫んだ。
「お前から俺に告白してきたんだろ! 春川と付き合いながら!」
「違う! 傑くんが私のこと好きだって言ってきたから――」
二人の言い争いを見ながら、俺は冷めた気持ちになっていた。
もう、どうでもいい。この二人がどうなろうと、俺には関係ない。俺の心は既に夢という人間を見放していた。かつては大切だと思っていた二人が、今ではこんなにも遠く感じる。不思議なものだ。
「海斗、行こう」
蓮が俺の手を引いた。
「こんな茶番、見る価値もない」
「ああ」
俺たちが歩き出すと、夢が叫んだ。
「待って! 海斗! もう一度やり直せないかな!」
俺は立ち止まり、振り返った。
夢の目には涙が浮かんでいる。でも、その涙は俺の心を動かさなかった。彼女に対して凍ってしまった心を動かすのも面倒だ。
「無理だ」
「え……」
「俺、もうお前のことなんか何とも思ってない」
きっぱりと言い切った。
「お前は俺を利用して、デマまで流した。そんなやつと、もう一度やり直すなんて考えられない」
「で、でも! 私、本当は海斗のことが――」
「嘘だろ」
蓮が冷たく言い放った。
「あんた、海斗のこと財布としか思ってなかった。それがバレて、今度は岡波傑に捨てられそうになってるから、海斗に戻ろうとしてるだけ」
「そ、そんなこと――」
「図星でしょ」
蓮は夢を睨みつけた。その眼差しは、まるで氷のように冷たい。蓮の怒りが、言葉の端々から伝わってくる。蓮はそのまま彼女を突き放すように口を開く。
「あんた、最低。人として終わってる」
夢は何も言い返せず、その場にへたり込んだ。
「傑くん……助けて……」
でも、傑は夢から目を逸らした。
「……俺、もう夢とは無理だ」
「え……」
「お前、嘘ばっかりついて。俺も信用できなくなった」
傑は苦しそうに言った。かつての親友の顔は、疲れ切っていた。自業自得だと思いながらも、少しだけ複雑な気持ちになる。
「春川、悪かった。俺、お前を裏切って。でも――」
「もういい」
俺は首を横に振った。もうコイツに未練も可哀想だとも思わない。ただ俺の目の前に映る傑は赤の他人だ。
「お前のことも、もう友達だとは思ってない」
「……そうか」
傑は俯いた。
「当然だよな。俺がしたこと、許されることじゃない」
傑は顔を上げて、俺を見た。その目はどこか儚げだった。
「春川、お前、鈴波副会長と幸せになれよ」
「……ああ」
俺は短く答えた。その時、周囲の野次馬の中から、一人の男子生徒が声を上げた。
「おい、春川も結局同じじゃん。雪原から鈴波副会長に乗り換えただけだろ」
空気が凍りついた。
蓮の表情が強張る。俺は、その男子生徒の方を向いた。
「何か言ったか?」
俺の声は、自分でも驚くほど低かった。あの日から溜まりきっていた不満が募った声。
「い、いや……ただ――」
「ただ、何だ?」
俺は一歩、男子生徒に近づき、鋭い目つきで見つめる。
「俺が蓮に乗り換えた? 違う」
周囲が静まり返る。
「俺は、夢に振られて絶望してた。学校中からデマを信じられて、孤立してた。そんな時、蓮が手を差し伸べてくれた」
俺は続けた。
「蓮は、誰も俺を信じなかった時に、俺を信じてくれた。デマを論破して、俺の味方になってくれた。俺を人間として扱ってくれた」
男子生徒は何も言えずにいる。
「夢は、俺を財布として扱った。でも蓮は、俺を一人の人間として、対等なパートナーとして見てくれた」
俺は蓮の手を握った。しっかりと強く握り、連を守るように。
「だから、これは乗り換えじゃない。俺が、初めて本当の恋愛を見つけたんだ」
蓮が俺を見上げている。その目には、涙が浮かんでいた。
「それに――」
俺は声を張った。
「蓮のことを悪く言うやつは、俺が許さない」
男子生徒は、慌てて頭を下げた。
「す、すみませんでした……」
周囲から、拍手が起こった。
「春川、かっこいい!」
「そうだよ、春川は何も悪くない!」
「鈴波副会長と春川、お似合いだよ!」
傑は小さく頷くと、その場を去っていった。
残された夢は、周囲の視線に耐えられなくなったのか、泣きながら走り去っていった。
ざわめきだけが、昇降口に残る。
「……終わったな」
蓮が呟いた。
「うん」
「これで、海斗も完全に前を向ける」
「ああ」
俺は蓮の手を握った。
温かい。この手が、俺を支えてくれた。これからも、ずっと。
「海斗……」
蓮が俺を見上げた。
「さっき、かっこよかった」
「え?」
「私のこと、守ってくれて……ありがとう」
蓮の目から、涙が一粒こぼれた。
「ずっと強がってたけど、本当は怖かった。海斗と付き合ってること、悪く言われるんじゃないかって」
「蓮……」
「でも、海斗が守ってくれた。私のために、ちゃんと言葉にしてくれた」
蓮は俺の胸に顔を埋めた。
「嬉しかった。すごく、嬉しかった」
「当たり前だろ」
俺は蓮を抱きしめた。
「蓮は俺の大切な彼女だ。誰にも悪く言わせない」
「……ありがとう」
周囲の生徒たちが、温かい目で見守っている。
「ありがとう、蓮」
「礼なんていいよ」
蓮は顔を上げて、微笑んだ。
「海斗は私の彼氏なんだから」
教室に向かう途中、クラスメイトたちが声をかけてきた。
「春川、大変だったな」
「雪原と岡波、自業自得だよ」
「春川は何も悪くなかった。むしろ被害者だったんだな」
「それに、さっきの宣言、かっこよかったぞ!」
同情と称賛の声が次々とかけられる。俺は軽く頷きながら、教室に入った。
席に着くと、隣の男子が話しかけてきた。
「春川、すっきりしたんじゃないか?」
「まあな」
「雪原と岡波、完全に終わったな。あんなデマ流したんだから、もう誰も信用しないよ」
「そうだな」
俺は窓の外を見た。
青空が広がっている。もう、俺を縛るものは何もない。夢も傑も、過去のこと。今は、蓮と未来を見ている。
胸の奥に溜まっていた重い何かが、すっと消えていくのを感じた。
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