支え合う仲間
六月二十日。文化祭まで、あと二週間。
俺は朝から生徒会室に来ていた。
神崎、藤崎、野村も、いつもより早い時間に揃っている。机の上には、文化祭関連の資料が山になっていた。
「集まってくれて、ありがとう」
俺が言うと、三人が静かに頷く。
「昨日話した通り、蓮の負担を減らしたい。このままじゃ、また倒れる」
言葉にした瞬間、空気が引き締まった。
「鈴波会長、本当に疲れてますよね」
藤崎が眉を寄せる。
「ああ。疲れてるのに、止められない。責任感が強いから」
野村が唇を噛むようにして言った。
「なら、こちらが“止める仕組み”を作るしかないですね」
「その通り」
神崎が、はっきりと言った。
「気合で支えるんじゃなくて、業務を分解して、受け口を分散します」
神崎らしい言い方だった。合理的で、正しい。
「じゃあ、具体的に役割を見直そう」
俺は資料を広げた。
“蓮が抱えているもの”を、感覚じゃなく、タスクとして並べる。
来賓対応。安全管理。各クラスの相談窓口。スケジュール調整。最終承認。緊急対応。
全部を一人で回す設計自体が、無茶だ。
「各クラスとの連絡調整は、僕が受けます。相談が来たら、まず僕で一次受けして、会長には“判断だけ”上げる形にします」
神崎が言い切る。
「広報は、私が完全に握ります。掲示、校内放送用の文面、プログラム配布も含めて。会長に細部の確認を回さないで済むようにします」
藤崎が、手帳にメモを走らせた。
「予算管理と物品調達は私。発注締切、納品チェック、配布管理まで。会長は“最終承認”だけでいい形にします」
野村も、数字の強さを武器にする顔になっていた。
「俺は全体の進行管理と、蓮のコンディション管理に寄せる。判断が必要なところは俺が整理してから蓮に渡す」
――決めた。
守るってのは、ただ優しくすることじゃない。運用で潰れない形を作ることだ。
「よし。この体制で行こう。今日から切り替える」
四人で、短く頷き合った。
※ ※ ※
放課後。生徒会室。
蓮が入ってきた。顔色はまだ薄い。目の下の影も消えていない。
「みんな……こんにちは」
声が少し掠れていて、胸が痛んだ。
「鈴波会長、お疲れ様です」
神崎が、いつもより明るいトーンで声をかける。
「今日のミーティング、僕が進行してもいいですか?」
「え……でも」
蓮が反射で言いかける。
“会長がやらなきゃ”が、もう癖になっている。
「大丈夫です。会長は“最終確認”だけお願いします。判断が必要なところだけ、最後にまとめてお渡しします」
神崎の言い方は、押しつけじゃない。業務設計として自然だった。
蓮は一瞬迷った後、小さく息を吐いて頷いた。
「……分かった。お願いします」
蓮が椅子に座る。
それだけで、空気が少し軽くなった。
神崎が資料を揃えて、淡々と進める。
「各クラス進捗です。遅れはありません。昨日までの懸案も、すべて解消しています」
「……そう。よかった」
蓮の表情が、ほんの少し柔らぐ。
「広報です。ポスター掲示完了。プログラムは印刷と丁合まで終わりました。配布は明日、各クラス代表に渡します」
藤崎が報告すると、蓮がすぐに返した。
「ありがとう、藤崎さん。助かる」
「予算です。追加申請のあったクラスは、上限内で調整済み。物品も予算通り配布完了。未受け取りは二クラスだけで、明日回収します」
野村の報告に、蓮の肩が少し落ちた。
“背負っていたもの”が、確かに降りていく。
「では、会長。最終確認、お願いします」
神崎が、判断が必要な項目だけを抜き出して差し出す。
ここが重要だ。会長の思考を、疲労の海で溺れさせない。
蓮が資料に目を通す。
目は真剣で、判断も速い。――本来の蓮だ。
「うん。問題ないと思います」
承認の印が、きれいに押された。
「では、今日はここまで。解散です」
神崎が締める。
いつもより短い。けど、内容は薄くない。むしろ要点が締まっている。
「みんな……ありがとう」
蓮が立ち上がって頭を下げた。
その言葉に、無理がない。ちゃんと“助かった”の響きがあった。
新メンバーたちが帰り、残ったのは俺と蓮、神崎、藤崎、野村。
神崎が一歩前に出る。
「鈴波会長。僕たち、もっと仕事を引き受けたいです」
「え……?」
蓮が目を丸くする。
「最近、会長が無理してるの、見て分かります」
藤崎が続ける。
「任せてください。生徒会は、会長一人のチームじゃないです」
野村が、落ち着いた声で言った。
「一緒に、文化祭を成功させましょう」
蓮の目が潤んだ。
堪えようとして、でも堪えきれなかったみたいに、涙が一筋落ちる。
「……ありがとう……」
声が震える。
「みんな、本当に……ありがとう」
蓮が顔を覆って泣いた。
俺は黙って肩を抱く。言葉は、今は邪魔だ。
「蓮。一人で抱え込むな」
「……うん……」
蓮が涙を拭く。
「ごめんね、みんな……」
「謝らないでください」
神崎が笑う。柔らかい笑い方だった。
「僕たち、仲間ですから」
蓮はまた泣いた。
でもそれは、怖さの涙じゃない。肩の力が抜けた涙だった。
※ ※ ※
神崎たちが帰り、生徒会室に俺と蓮だけが残った。
「海斗……」
「ん?」
「昨日、海斗が神崎くんたちに相談してくれたんでしょ」
蓮の声が、優しい。責める色が一切ない。
「ああ。心配だった」
「……ありがとう」
蓮が俺の胸に顔を埋める。
「海斗がいてくれて、本当によかった」
「俺も。蓮がいてくれてよかった」
抱きしめ返す。
蓮の背中が、少しだけ軽くなった気がした。
「これから、もっとみんなに頼ろうね」
蓮が顔を上げる。目は赤いけど、芯が戻ってきている。
「うん」
「私、一人で頑張ろうとしすぎてた」
「ああ」
「でも、みんながいるから……みんなと一緒なら、できる」
「できるよ」
俺は蓮にキスをした。軽く、優しく。
「もう……生徒会室なのに」
「誰もいない」
俺が言うと、蓮が小さく笑った。
※ ※ ※
六月二十五日。文化祭まで、あと一週間ちょっと。
生徒会の仕事は、目に見えて安定していた。
神崎が一次受けの窓口を作り、藤崎が広報の線を太くし、野村が予算と物品を締める。
蓮は“全部を抱える”んじゃなく、“最後に判断する”会長になっていった。
表情も以前より明るい。疲れが消えたわけじゃない。けど、笑顔が増えた。
教室では、三年B組のカフェ準備が最終段階に入っていた。
看板は完成。メニュー表も完成。テーブルクロスも揃った。
「あとは当日の流れを確認するだけだね」
クラス委員が言うと、教室がぱっと前向きな空気になる。
「じゃあ、リハーサルしよう」
接客、調理、会計。
動線を確認して、声量を合わせて、注文票の受け渡しを練習する。
俺も接客担当。蓮も接客担当だ。
「いらっしゃいませ」
蓮の笑顔は、自然だった。
最近の無理を押した笑顔じゃなくて、ちゃんと“楽しい”笑顔。
「お席へご案内します」
動作もスムーズで、声もよく通る。
「メニューです」
リハが進むほど、みんなの動きが揃っていく。
「いい感じ。これなら本番いける」
クラス委員が言って、拍手が起きた。
蓮も拍手している。その顔が、嬉しそうで――俺は少し安心した。
片付けの途中、俺が声をかける。
「蓮、楽しそうだな」
「うん。すごく楽しい」
目が輝いていた。
「文化祭、楽しみだね」
「ああ」
俺も同じだった。
※ ※ ※
放課後。生徒会室。最終ミーティング。
「文化祭まで、あと九日です」
蓮が全員を見渡す。声は落ち着いていて、背筋が伸びている。
「準備は、ほぼ完了しました。みんな、本当によく頑張ってくれました」
蓮は深く頭を下げた。
「ありがとう」
そこにいる全員が、自然に笑った。
「あとは当日を待つだけですね」
神崎が言う。
「うん。でも油断は禁物」
蓮の目が引き締まる。
「当日、何が起こるか分からない。だからこそ“起きた時に動ける形”で待つ」
いい言い方だった。会長の言葉だ。
「それでは、今日はここまで。お疲れ様」
「お疲れ様でした」
メンバーが帰り、最後に残ったのは俺と蓮。
「お疲れ様」
「ありがとう」
蓮は窓の外を見た。夕日が校舎をオレンジに染めている。
「もうすぐ、文化祭だね」
「ああ」
「私、生徒会長として初めての大きなイベント……ちゃんとできるかな」
「できる」
俺は蓮の手を握った。
「蓮ならできる。もう、“一人じゃない”んだから」
蓮が俺の肩に頭を預ける。
「……うん。海斗がいてくれるから、頑張れる」
「俺も、蓮がいるから頑張れる」
二人で、しばらく夕日を見つめた。
文化祭まで、あと九日。
その日が、確実に近づいていた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
このお話が少しでも面白いと感じていただけたら、ぜひ「♡いいね」や「ブックマーク」をしていただけると嬉しいです。
応援が次回更新の励みになります!




