表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
親友に彼女をNTRられた俺は、俺にだけ優しいクール系ギャルヒロインとお試しで付き合うことになりました。  作者: 沢田美


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

100/111

忙しさの中で

 六月十五日。文化祭まで、あと三週間を切った。


 校舎の空気が、もう普段じゃない。

 廊下には各クラスのポスターが並び、昼休みにはどこかで段ボールを切る音、ガムテープを引きちぎる音がしている。

 学校全体が、じわじわと“当日”に向かって熱を上げていた。


 三年B組の教室も例外じゃない。

 段ボールの看板にペンキで絵を描く生徒。テーブルクロスを縫う生徒。メニュー表をPCで整える生徒。

 カフェの準備が、役割ごとに回り始めている。


 俺は生徒会の資料を確認しつつ、空いた手で看板の端を押さえたり、備品リストをクラス委員に渡したりしていた。


 ふと、教室の隅が気になった。

 蓮がスマホを握ったまま、画面を睨むように見ている。通知が、止まらない。

 顔色が、薄い。


「蓮、大丈夫か」


 声をかけると、蓮は少し遅れて顔を上げた。


「うん……大丈夫」


 その返事が、“大丈夫”じゃないと分かる声音だった。


「昨日、寝たか」


「……五時間くらい」


 少なすぎる。

 しかも、五時間“寝た”じゃなく、“横になった”の可能性が高い。


「今日は、放課後を短く切ろう。終わらせ方を先に決める」


「でも……」


「無理して長引かせると、明日も潰れる」


 蓮は唇を噛んで、それから小さく頷いた。


「……うん」


 ※ ※ ※


 昼休み。生徒会室。

 扉を開けた瞬間に空気が重いと分かった。

 緊急ミーティング――そういう空気だ。


 神崎が、資料を握ったまま立っていた。顔が硬い。


「問題が起きました」


 神崎の声に、室内が静まる。


「一年D組と二年C組が、同じ時間に体育館を使いたいと言ってます。両方、演劇です」


 神崎がスケジュール表を開いて見せる。

 赤丸が二つ、同じ枠に重なっていた。


 蓮の顔から血の気が引く。


「……そんな……」


 神崎が深く頭を下げた。


「スケジュール管理のミスです。すみません」


 蓮が反射で首を振る。


「違う。神崎くんのせいじゃない。最終確認は私が――」


「蓮」


 俺は言葉を切った。責任の押し付け合いを始めると、解決が遅れる。


「今は原因じゃなくて、リカバリだ。選択肢、出そう」


 蓮は一拍置いて、頷いた。

 スケジュール表に視線を落とし、指で枠を追う。


「一年D組を午前、二年C組を午後に――」


 藤崎が助け舟を出す。


 神崎がすぐに返す。


「午後は三年A組が体育館使用です。枠が埋まってます」


 蓮が顔を上げた。迷いが消える。


「じゃあ、三年A組と交渉。優先順位は“当日の混乱を最小化”。A組は準備量が多いから、代替枠を提示して納得してもらう」


「僕が連絡します」


 神崎がスマホを取り出した。

 こういう時、神崎は速い。余計な言い訳を挟まない。


 数分後、神崎が画面を見たまま言う。


「三年A組、調整してくれるそうです。午前の別枠に移動できます」


 蓮の肩が、目に見えて落ちた。


「……よかった」


「決定ね」


 蓮はスケジュール表に修正を入れ、最後に赤ペンで太く書いた。


『体育館:演劇枠 確定版(本日中に全クラス配布)』


「同じ事故を二度起こさない。今日中に“確定版”として配る。口頭じゃなく、文書で」


「はい」


 藤崎が頷く。

 野村も、いつの間にか印刷手配のメモを取っていた。


 問題は一つ片付いた。

 けど、蓮の表情は明るくならない。――むしろ、抜けた分だけ疲れが露出した。


 ※ ※ ※


 放課後。生徒会室は、また戦場だった。


 各クラスからの質問が、途切れない。

 予算調整。来賓案内状。掲示物の文言チェック。安全運用ルール(改訂)の読み合わせ。

 タスクが同時並行で増えると、人は“頑張り”で誤魔化しがちになる。蓮は今、まさにそこに踏み込みかけていた。


「鈴波会長」


 野村が資料を差し出す。


「予算の最終確認、お願いします」


「うん……」


 蓮の目が数字を追う。追えている。でも、速度が落ちてる。

 承認印を押した指先が、少し震えた。


「ありがとう。野村さん、発注締切は前倒しで。納期遅れが一番怖いから」


「承知しました」


 今度は藤崎が来る。


「会長、ポスター最終版です」


 印刷された紙を見た瞬間だけ、蓮の目が微かに輝いた。


「……綺麗。これ、すごくいい」


 その一言に、藤崎の表情が救われる。

 蓮は周りをちゃんと見ている。見ているから、疲れる。


「印刷、進めていい?」


「うん。お願い」


 次、また次。

 蓮は受けて、判断して、返していく。

 ――でも、受ける速度と返す速度が、少しずつずれていく。


 午後七時。ようやく区切りがついた。


「みんな、お疲れ様。明日もよろしくね」


 声は出てる。けど、芯が薄い。


 メンバーが帰り、生徒会室に静けさが戻る。

 蓮は椅子に沈むように座って、机に突っ伏した。


「……蓮」


 返事がない。


「蓮?」


 肩に触れると、蓮がゆっくり顔を上げた。

 目が、焦点を合わせるのに時間がかかっている。


「ごめん……ちょっと、眠くて」


「眠いんじゃない。限界だ」


 蓮が反論しかけて、言葉を飲み込む。


「でも……やることが……」


「ある。だからこそ、今日は切る。今の蓮に“追加作業”を渡したら、明日が死ぬ」


 俺は蓮の手を引いた。


「帰る」


「……うん」


 蓮は、観念したみたいに頷いた。


 ※ ※ ※


 駅までの道。

 蓮は俺の腕にしがみついて歩いた。重い。体重じゃなく、疲労が。


「海斗……」


「ん?」


「私……ちゃんとできてるかな」


 声が、幼く聞こえた。

 会長の声じゃない。鈴波蓮の、素の声だ。


「できてる」


 俺は即答した。


「今日の体育館の件、蓮の判断がなかったら揉めてた。ちゃんと止血できた」


「でも……怖いの」


 蓮の目が揺れる。


「失敗したら、みんなに迷惑かける。文化祭って……取り返しがつかない気がして」


 それは正しい恐怖だ。

 イベント運営の失敗は、“当日”に爆発する。後から取り戻せない。


「失敗してもいい、とは言わない」


 俺は正面から言った。


「でも、失敗しないための方法はある。“一人で抱えない”ことだ」


 蓮が黙る。


「蓮が全部抱えたら、判断が遅れて事故る。判断が遅れるのが、一番危ない」


 蓮の唇が震えた。


「でも、生徒会長は私だから……私がちゃんとしないと……」


「ちゃんとするってのは、“全部やる”じゃない。“仕組みにする”だ」


 俺は立ち止まって、蓮の目を見た。


「神崎も藤崎も野村もいる。頼っていい。頼らない方が、リスクだ」


 蓮の目から涙が落ちた。


「……ごめん。弱音、吐いちゃった」


「吐け。今吐かないと、当日崩れる」


 俺は蓮を抱きしめた。

 蓮の涙が、シャツを湿らせる。


「ありがとう……海斗……」


 しばらくして、蓮の呼吸が落ち着く。


「落ち着いた?」


「……うん」


「今日は早く寝る。最低でも七時間。スマホは、寝る前に俺が預かるでもいい」


 蓮が小さく笑った。


「……それ、ちょっと恥ずかしい」


「恥ずかしがってる場合じゃない」


 駅に着き、改札の前で立ち止まる。


「また明日」


「ああ。約束。今日は寝ろ」


「うん……」


 蓮が電車に乗る。

 その背中が小さく見えて、胸が締まった。


 ――選挙の時みたいに、また倒れる。

 そんな予感が、嫌にリアルだった。


 ※ ※ ※


 その夜。俺は神崎に電話をかけた。


「もしもし、春川さん?」


「神崎。蓮のことなんだが」


「……やっぱり、しんどそうですか」


 神崎の声が沈む。


「ああ。限界が近い」


 俺は今日の状況を簡潔に共有した。

 体育館の調整、放課後の処理量、帰り道の涙。――事実だけを並べる。


 少し沈黙の後、神崎が言った。


「僕も、薄々感じてました。会長、最近ずっと“背負い方”が危ない」


「どうする」


 神崎の返事は速かった。


「分担を、形式にします」


「形式?」


「はい。口頭の“手伝います”じゃなくて、タスクを一覧化して、担当を固定します。会長が全部受けるのを止める」


 いい。正しい。

 運営は気合じゃなく、配分だ。


「明日、藤崎さんと野村さんにも話します。僕が段取り切ります」


「頼む」


「それと……」


 神崎が少し言い淀んでから、続けた。


「会長に“休め”って言う役目、春川さんがやってください。僕が言っても、会長は気を遣って無理します」


「……分かった」


 電話を切った後、俺は天井を見つめた。


 蓮を守る。

 支える。

 “頑張らせる”じゃなく、“壊れない運営”にする。


 その決意が、胸の奥で固まった。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!

このお話が少しでも面白いと感じていただけたら、ぜひ「♡いいね」や「ブックマーク」をしていただけると嬉しいです。

応援が次回更新の励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ