本物の関係
翌朝、いつもより軽い足取りで昇降口に向かうと、蓮がすでに待っていた。
「おはよう、海斗」
「おはよう」
蓮は周りを気にせず、俺の腕に自分の腕を絡めてきた。
「昨日は、ありがとう」
「こっちこそ」
俺たちは自然に手を繋いで校舎に入った。もう誰も驚かない。当たり前の光景になっていた。
それが嬉しかった。俺たちの関係が、学校中に認められている。その事実が、胸を温かくする。
「ねえ、海斗」
「ん?」
「今日の放課後、一緒に買い物行かない?」
「買い物?」
「うん。海斗に作るお弁当の材料、買いたくて」
蓮は嬉しそうに笑った。
「海斗の好きなおかず、教えて」
「好きなおかずか……卵焼きと唐揚げは好きだな」
「了解。他には?」
「ブロッコリーも好き」
「野菜も食べるんだ。偉い」
蓮は俺の頭を撫でた。
その仕草が嬉しくて、俺の顔が自然と緩む。まるで子供のように扱われているのに、不思議と嫌な気持ちにならなかった。
「じゃあ、それも入れるね」
教室の前で立ち止まり、蓮が俺を見上げた。
「今日も頑張ってね」
「ああ。蓮も」
蓮は躊躇いがちに、俺の頬にキスをした。
「じゃあ、また昼休みに」
「……ああ」
蓮が去っていくのを見送りながら、俺は頬に手を当てた。
まだ慣れない。でも、嫌じゃない。むしろ、嬉しかった。
頬に残る温もりが、俺の一日を明るくしてくれる。蓮がいるだけで、世界がこんなにも輝いて見えるなんて。教室に入ると、クラスメイトたちが一斉に俺を見た。
「おはよう、春川」
「おはよう」
挨拶を交わしながら席に着くと、隣の男子が話しかけてきた。
「春川、最近すごく幸せそうだな」
「そうか?」
「ああ。表情が全然違う」
男子は笑った。
「雪原と付き合ってた時より、ずっと楽しそう」
「……そうかもしれない」
俺は正直に答えた。
確かに、今の俺は幸せだ。夢といた頃とは比べ物にならないほど。心の底から笑えている自分がいる。
「蓮と一緒だと、自然体でいられる」
「いいなぁ。俺も彼女欲しいわ」
男子は羨ましそうに言った。
「でも、春川は大変だったもんな。デマ流されて」
「ああ……」
あの地獄のような日々を思い出す。でも、もう過去のことだ。今の俺には、蓮がいる。
「でも、鈴波副会長が助けてくれてよかったな」
「本当に」
俺は心から思った。
「蓮がいなかったら、今頃俺は――」
「大丈夫、もう終わったことだよ」
男子は俺の肩を叩いた。
「これから、鈴波副会長と幸せになれよ」
「……ああ」
授業が始まり、いつも通りの学校生活が流れていく。
でも、心は軽かった。蓮が隣にいる。それだけで、何も怖くなかった。
授業中も、蓮のことばかり考えてしまう。昼休みが待ち遠しくて、時計の針が進むのが遅く感じられた。
※ ※ ※
昼休み、屋上で蓮と合流した。
「お疲れ様」
「蓮も」
蓮が二つの弁当箱を取り出した。
「今日も作ってきた」
「ありがとう」
俺は弁当箱を受け取り、蓋を開けた。
今日は、卵焼き、唐揚げ、ブロッコリー、そして新たにミートボールが入っていた。
「昨日、海斗が喜んでくれたから、今日も頑張った」
「嬉しい」
俺は箸を取り、卵焼きを口に運んだ。
「……やっぱり美味い」
蓮の愛情がこもった料理。それは、どんな高級レストランの料理よりも俺の心を満たしてくれる。
「よかった」
蓮も自分の弁当を食べ始めた。
二人で並んで食べる昼食。それは、今までで一番幸せな時間だった。
こんな当たり前のことが、こんなにも幸せだなんて。俺は今まで何を求めていたんだろう。
「ねえ、海斗」
「ん?」
「お試し期間、あと二日だけど……もう答え出してくれたから、実質終わったようなものだよね」
「そうだな」
「じゃあ、これから本格的に恋人として過ごそうよ」
蓮は真剣な表情で続けた。
「海斗が嫌なことがあったら言って。我慢しないで」
「分かった」
「それと――」
蓮は少し恥ずかしそうに俯いた。
「海斗も、私に色々要求していいから」
「要求?」
「うん。デートしたい場所とか、一緒にやりたいこととか」
蓮は俺を見つめた。
「私、海斗の彼女だから。海斗の望みを叶えたい」
「蓮……」
その言葉が、胸に深く響く。夢は一度も、俺の望みを聞いてくれなかった。でも蓮は違う。
「だから、遠慮しないで。何でも言って」
俺は少し考えた後、口を開いた。
「じゃあ、一つだけ」
「何?」
「蓮と、もっとデートがしたい」
俺の言葉に、蓮の頬が赤く染まった。
「……当たり前でしょ。彼氏彼女なんだから」
「それと、蓮の手料理、もっと食べたい」
「それも当たり前」
蓮はむくれた表情を見せた。
「海斗、もっと無茶な要求してくれてもいいのに」
「無茶な要求?」
「例えば……」
蓮は視線を逸らした。
「キスしてほしいとか……」
「え……」
その言葉に、俺の心臓が跳ねる。蓮から、そんなことを言われるなんて。
「い、言ってみただけ! 別に今すぐしろって言ってるわけじゃないから!」
蓮は慌てて弁解した。
その姿が可愛くて、俺は思わず笑ってしまった。
「笑わないでよ!」
「ごめん、ごめん」
俺は笑いを収めた。
「でも、蓮が可愛かったから」
「……っ」
蓮は顔を真っ赤にして俯いた。
「海斗、ずるい」
「そうか?」
「そうだよ。そんなこと言われたら、ドキドキしちゃう」
蓮は顔を上げて、俺を睨んだ。
「海斗、責任取ってよ」
「責任?」
「私の心臓、バクバクしてるんだけど」
蓮は俺の手を取り、自分の胸に当てた。
「ほら、分かる?」
確かに、蓮の心臓が激しく鳴っていた。
その鼓動が、俺の手のひらから伝わってくる。蓮も、俺と同じように緊張している。その事実が、愛おしくてたまらなかった。
「……本当だ」
「でしょ? これ、全部海斗のせいだから」
「ごめん」
「謝らなくていい」
蓮は俺の手を握り締めた。
「むしろ嬉しい。海斗も、私のことドキドキさせてくれるから」
「蓮……」
「だから、これからもっとドキドキさせて」
蓮は真剣な表情で続けた。
「私、海斗にもっと恋をしたい」
その言葉に、今度は俺の心臓が跳ねた。蓮の真っ直ぐな想いが、俺の胸を熱くする。こんなにも求められたことが、今まであっただろうか。
「……分かった」
「じゃあ、今すぐ」
「今?」
「うん」
蓮は立ち上がり、俺の前に立った。
「キスして」
「え……」
「昨日、私の家でしたでしょ? もう一回、して」
蓮は顔を赤らめながらも、真剣な眼差しで俺を見つめていた。
「ここで?」
「誰もいないし、大丈夫」
確かに、屋上には俺たち二人しかいなかった。
俺は立ち上がり、蓮に近づいた。
心臓が激しく打っている。蓮の顔が近づくにつれて、緊張と期待が高まっていく。
「……いくぞ」
「うん」
蓮は目を閉じた。
俺は蓮の肩に手を置き、ゆっくりと顔を近づけた。
そして――
唇が触れ合った。昨日より少しだけ長く、少しだけ深く。蓮の唇は柔らかくて、温かかった。頭の中が真っ白になる。ただ蓮の温もりだけが、世界の全てになった。離れると、蓮は目を開けて俺を見つめた。
「……ありがとう」
「こっちこそ」
「海斗、キス上手」
「そうか?」
「うん。すごく気持ちよかった」
蓮は恥ずかしそうに笑った。
「もっとしたいけど……我慢する」
「我慢?」
「うん。あんまりやりすぎると、授業に集中できなくなっちゃうから」
蓮は俺の手を握った。
「だから、続きは放課後ね」
「……ああ」
その言葉に、俺の期待が膨らむ。放課後が待ち遠しくて、午後の授業が長く感じられそうだった。
午後の授業を終え、俺は蓮と一緒にスーパーに向かった。
「何買う?」
「明日のお弁当の材料」
蓮は買い物かごを手に取った。
「海斗、一緒に選んで」
「ああ」
二人で食材コーナーを回る。
蓮が野菜を選び、俺が肉を選ぶ。まるで夫婦のような光景だった。
こんな日常が、こんなにも幸せだなんて。俺は心の底から、蓮と出会えたことに感謝していた。
「ねえ、海斗。鶏肉と豚肉、どっちがいい?」
「鶏肉で」
「了解」
蓮は鶏肉をかごに入れた。
「明日は、照り焼きチキンにしようかな」
「美味そうだな」
「でしょ? 海斗が喜んでくれるように、頑張る」
買い物を終え、スーパーを出た。
「重いだろ。俺が持つよ」
「ありがとう」
蓮は買い物袋を俺に渡した。
「海斗、優しい」
「当たり前だろ」
「……嬉しい」
蓮は俺の腕に抱きついてきた。
柔らかい感触が腕に伝わってくる。蓮の温もりが、俺を満たしていく。
「海斗と一緒に買い物できて、幸せ」
「俺も」
二人で並んで歩きながら、俺は思った。
これが、本当の恋愛なんだ。
お互いを思いやり、お互いに尽くし合う。夢との関係は、一方的だった。でも、蓮との関係は違う。対等で、温かい。こんなにも満たされた気持ちになれるなんて、思ってもみなかった。
「ねえ、海斗」
「ん?」
「今日も、私の家に来る?」
「いいのか?」
「当たり前でしょ。彼氏なんだから」
蓮は笑った。
「それに、買った食材で夕飯作るから」
「じゃあ、お願いしようかな」
「やった!」
蓮は嬉しそうに飛び跳ねた。
その無邪気な姿に、俺の胸が温かくなる。蓮といると、こんなにも自然に笑えるなんて。
蓮の家に着き、二人で料理を始めた。
「海斗、野菜切って」
「ああ」
俺は言われた通りに野菜を切った。
蓮は手際よく肉を焼き、調味料で味付けをしていく。
二人で協力して料理を作る。それは、まるで新婚夫婦のような光景だった。いつか、こんな日常が当たり前になる日が来るのだろうか。そう思うと、胸が温かくなった。
「できた!」
蓮が皿を持ってきた。
照り焼きチキン、サラダ、味噌汁。
「いただきます」
二人で食卓を囲む。
「美味い」
「よかった」
蓮は嬉しそうに微笑んだ。
「海斗が喜んでくれると、私も嬉しい」
「毎日食べたいくらいだ」
「じゃあ、毎日作る」
蓮は真剣な表情で言った。
「海斗のためなら、何でもする」
「蓮……」
その言葉が、胸に深く突き刺さる。夢は一度も、俺のために何かをしてくれなかった。でも蓮は違う。蓮は、俺のために全てを捧げてくれる。
「だって、海斗は私の大切な彼氏だから」
蓮は俺の手を握った。
「これから、ずっと一緒だからね」
「……ああ」
食事を終え、二人でソファに座った。
満たされた気持ちと、隣にいる蓮の温もり。それが俺の心を穏やかにしてくれる。
「ねえ、海斗」
「ん?」
「明日、学校で雪原夢に会ったら、どうする?」
「どうするって?」
「また何か言ってくるかもしれないでしょ」
蓮は心配そうに俺を見た。
「大丈夫。もう何を言われても平気だ」
「本当?」
「ああ。蓮が隣にいるから」
俺は蓮の肩を抱き寄せた。
蓮の温もりが、俺に勇気を与えてくれる。もう何も怖くない。
「蓮がいれば、何も怖くない」
「……海斗」
蓮は俺の胸に顔を埋めた。
「私も、海斗がいれば何も怖くない」
二人で抱き合ったまま、しばらく黙っていた。
蓮の髪からは、優しいシャンプーの香りがした。
この温もりを、この幸せを、俺は絶対に手放したくない。そう心に誓いながら、俺は蓮を抱きしめる腕に力を込めた。
「ねえ、海斗」
「ん?」
「お試し期間、明日で終わりだけど……もう本物の恋人だよね」
「ああ」
もう疑いようのない事実だった。俺たちは、本物の恋人同士だ。
お試し期間なんて、もう意味がない。俺の心は、とっくに蓮のものになっていた。
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