第6話 森の恵みと父の教え
いよいよ森の中へ。
初めての森にセレナは少し緊張気味のようです。
ほどなくして、私たちは森の入り口近くにある開けた場所に到着した。馬車を降りると何かの獣だろうか?ひづめの跡を見つけた。
やっぱり森だから色んな生き物がいるんだろうな。もちろん、危険な生き物だって......。
ゴクッ...
いつもなら気にならない唾を飲み込む音が、やけに大きく聞こえた。
パパが馬を木につなぎ、
「よし、セレナ。タテガミを触る約束だ」
と、パパに抱っこしてもらい、私そーっと手を伸ばして、首筋のタテガミに触れてみる。
…わ、思った通り、ふっさふさ!
しかも、ちょっと硬い毛も混じってて、不思議な感触。
こうして無心でふさふさを楽しんでいるうちに、さっき感じた緊張もほどけ、ようやく身体が軽く感じるようになった。
「さあ、じゃあまずはお勉強の時間だ。パパが薬草を採取するから、横でしっかり見ておくんだぞ。後でセレナにも採取してもらうからな」
「うん!」
私はコクッと力強く頷く。
初めての森への第一歩。
期待と不安の入り混じった胸の鼓動に負けないよう、私は意識せず力強く足を踏み出していった。
パパは少し開けた場所に来ると、急に立ち止まった。
「よし、ここで採取をするが、まずはお約束だ」
「約束?」
「そう!森の中は危険な生き物もいる。だからパパから離れて絶対に一人でどこか行かないこと。さっきはママの言葉をちゃんと聞いてなかったようだしな」
ゲゲッ!
まさか気づかれてたとは。パパめ、やるな!
「次に、森の薬草はみんなのもの、それに森の命でもある。必要な量だけを取って、小さすぎるものは取らないこと。でないと来年には森に薬草が生えなくなっちゃうからな」
「それが守れるなら始めよう。ちゃんと守れるな?」
「うん、もちろん!!」
「よし、それじゃこっちからだ」
パパは手慣れた様子で草をかき分けると、まるい葉っぱの形をした草を指差す。
「これは解熱効果のある『ヒンヤリ草』、そっちは見た目が似てるが、素手で触ると手が痒くなる『カユカユ草』だ。見極めるポイントはな......」
と、一つ一つ丁寧に説明しながら採取していく。
薬草ごとの採取方法から、保存方法、どういった薬や薬剤に使われるかなど......。
私が飽きないように、時々冗談を交えながら、色々なことを教えてくれる。
へぇ、パパって意外と話上手なんだ。
語りがうまいので聞いていられるし、覚えやすくもある。たぶん澪としての理解力みたいなものを差し引いても、普通にうまいと思う。
普段家では見えないパパの意外な一面が見られて、今日森に来られて良かったなって思えた。
考えてみたら、この一年、私は常にママの隣で魔導具製作のことばかり考えてたから、パパの仕事ぶりなんて、ほとんど見たことがなかった。
唯一見たのが、夜お出かけする時にパパを工房に呼びに行くと、私の声に気付かないほど集中していた。
その顔は汗にまみれ、薬草の欠片がところどころ服に付いていて、お世辞にも格好いいなんて言えなかった。
でも、そんな一生懸命に仕事をするパパが、その時はとってもカッコよく見えたんだ。
パパはナイフをちょこっと動かすと、シュッ!という短い音とともに、薬草が切れる。見せてもらうとその切り口はとてもキレイだ。
よく見るとパパの採取用ナイフはとても刃が薄い。まるでカッターナイフみたいだ。
「パパのナイフってなんでそんなにうすいの?」
「お?それに気付くとは、やるな?」
パパは私の頭を撫でた。
「薄い刃で切った方が切り口がキレイになりやすいんだ。で、何故かは知らんがキレイな切り口の薬草は効果も高くなりやすい。残った方も成長が早いみたいでな。」
そう言って今採取した薬草の茎を優しい目で見る。
「せっかく薬草の命をいただくんだ。少しでも大切に、少しでも効果を薄めずにいただかないと申し訳ないだろ?」
初めて真面目に仕事について語ったから照れくさくなったんだろう。
パパはハハッと笑って誤魔化すと、ほら、次行くぞと他の薬草へと歩いていった。
申し訳ない......ねぇ。
なんかパパのカッコよさが少し分かった気がする。たぶんパパは薬を作ってると思ったことはないんじゃないかな。
こういう森の恵みとかから協力を得て、『作らせてもらってる』って思ってるんだと思う。
だから「申し訳ない」なんてセリフが出てくるのか。
私は魔導回路焼き付けの練習に使った紙や素材のことをそこまで考えられてるかな?
『パパ』としてはもちろん大好きではあったけど、私は今日初めて「ルキウス・シルヴァーノ」という錬金術師のことを知り、心から尊敬した。
ーー
「薬草の中にはな、加工して魔導具製作に使う『薬剤』になるものもあるんだぞ。」
パパは歩きながらそう説明してくれる。
「お店で買ってもいいんだが、割高になるからな。簡単なものなら自分でも作れるようになっておくと便利だぞ」
パパは採取した葉っぱの匂いを嗅ぎながら言った。
「ママはパパが教えて、簡単な薬剤なら自分でも作ることができるんだ。まあ普段はパパがやっちゃうけどな」
へぇー! あのママの工房でたまに見る、緑色とか茶色とかのドロドロした液体って、そういうことだったんだ。
てっきりママの料理の失敗作かと…。
「セレナも、そういう薬剤を使うような魔導具を作り始めたら、パパが教えてやろう」
「うん、お願いね!」
いつもならママに教えてもらうからいいよ、と言ってたところだけど、さっきのこともあってか、今日は不思議と素直に返事ができた。
「任せておけ!ママにも負けない腕に仕込んでやるからな!」
そう言ってニカッと笑ったパパの顔は、まるで今日の晴れ空のように爽やかだった。
パパお手製のお弁当(ちょっと味濃かったけど)を食べ終えた私は、いよいよ採取の実践に入る。
まずは付与の時に使う『定着液』で使用する『吸魔の葉』を採取する。
魔力を吸収する性質を持っているんだって。
意外と太い葉っぱの茎をしっかり持つと、私はさっきのパパがやってたみたいなナイフの動かし方でカッコよく切ろうとした。
すると、刃が茎で上滑りを起こし、茎を掴んでいた私の指を切りつけてしまう。
「うっ!」
「大丈夫か、セレナ!」
パパは腰につけたバッグから液体の入った瓶を取り出し、すぐさま私の手にかける。
ギュウッ!
「ッ!!」
切った部分をまるで強く掴まれたかのような感触、その痛みに思わず声を上げそうになった。
しかし痛みは一瞬でおさまり、気が付くと手の傷はキレイに消え去っていた。
私は信じられないと、手をフリフリしてみるが、やっぱりもう痛くない。
「パパ、今何したの?」
「ハハッ、これがパパ特製のポーションさ。森は何があるか分からんからな。もう痛くないか?」
「うん、ありがと!」
「良かった......あまり心配をさせないでくれよ」
そう言って軽く私の身体を抱きしめる。
「ごめんね......」
私の少し落ち込んだ声に気づいたんだろう。
パパは私の肩に手をかけ、優しい目で
「パパもきちんと説明すべきだったな。あの切り方はコツがいるから、すぐ出来るもんじゃないんだ。パパだって何度も手を切って覚えたんだぞ」
そう説明してくれた。
やっぱり見様見真似でやったらダメだね。
「分かった、もうやらない。心配かけてごめんね......でもポーション、すっごく痛かったよ」
パパは申し訳なさそうに顔を曇らせながら、
「まだ痛みを感じさせずに傷を治すポーションってのが開発されてなくてな。どうしても最初の一瞬は痛むんだよ。すまんな」
私の頭を撫でながら、パパは本当に申し訳なさそうな顔をする。
別にパパだけのせいじゃないのに......
その時、森の入口の方に繋いでいた馬車の馬だろう。
「ヒヒーンッ!」
と強く鳴く声に急に空気が張り詰める。
振り返ったパパの顔には明らかに緊張が走っていた。
「......何か獣に襲われたのかもしれん。セレナ、急いで戻るぞ」
そう言ってパパは荷物を全て手早く片付けながら、
「『火の魔石』をしっかり握っけおけ。いざという時は遠慮なく力を込めて撃つんだ」
そう私に伝え、パパは腰の剣を抜き、左手には『氷の魔石』を握って、ゆっくりと入口に向かって進んでいく。
前を向きながら、ジェスチャーで私を手招きするので、私はなるべく音を立てないよう、急いでついて行く。
入口で見たあの獣の蹄のような跡、まさかあれに襲われちゃったのかな?
お馬さん大丈夫かな?
そんな心配に心臓をギュッと掴まれたような痛みを覚え、私は必死にパパの後をついていった。
突然の馬のいななき。
森の入口で何が起きたのか。
パパとセレナは無事に戻ることが出来るのか。
次回をお楽しみにっ!




