第53話 歩き出す私、もう一度あなたの隣へ
アミーカとの顕著なズレを意識してしまったセレナ。美術館でもこのズレは埋まることがなく......
「はいはーい、ここが王都名物、国立美術館でーす」
ママはとても明るくそう案内し、道中ノートを購入したアミーカは、何一つもらすまいと、とても目を輝かせてあたりを観察している。
私は......こんなところで何をしてるんだろう。
今朝から積極的に学びの姿勢を見せるアミーカの姿を見ると、私はきちんと立ってるはずなのに、妙に足元がぐらぐらしてる気がした。
そんな私をアミーカがちらり、見た気がした。
美術館に入ると学芸員さんみたいな人が作品のそばにつき、一つ一つ丁寧に説明してくれる。
私は絵をボーっと眺めながら説明を聞くが、正直絵のどこに価値があるのかさっぱり分からない。
対してアミーカは
「ここの濃淡の切り返しがポイントなんですね?」
「はい、そうです、そうです!素晴らしい!!お嬢様は見る目がありますね」
えらくテンションの高い学芸員にそんな褒められ方をしていた。
それがアミーカにもうつったらしく、
「ね、ね、セレナ。ここすごいよね。空とお花畑の間のこのちょっとした隙間とかさ」
と、テンション高く話しかけてくるが、私にはアミーカの言葉が妙に遠くに聞こえた。
私は「そうだね」と、弱々しい笑みを返すのが精一杯だった。
館内の休憩所。
私たちは一休み。
「すいません、ちょっとお手洗いに行ってきますね」
「あら、アミーカちゃん。貴族なら『お花をを摘みに』とか、うまく隠して言わないとダメよ?」
ママのそんな冗談にもアミーカのペンは止まらない。
私とママだけになると、ママがいつになく厳しい目を向けてくる。
「で、セレナ。あんたは何をやってるの?」
「えっ!?」
突然の非難に驚く。
「どうせ『私なんて......』とか『アミーカはすごいな......』とか考えてるんでしょ?そろそろそうやって自分を安く見積もるのやめたら?」
ズキンッ!!
鋭い痛みが胸を突き刺す。
今日一日感じてきたアミーカとの距離をこうも直接的に指摘されるとは思わなかった。
「たしかに試験が料理だったから、アミーカちゃんの方が得るものは多かったでしょうけど、あなただって何かしら受け取ってきたはず。今日のあなたはそれを何も活かそうとせず、いつも通りに逆戻りしてるわ。それでいいの?」
「......」
私は沈黙を貫く。
もちろんいいとは思ってない。
けど、だけど......
「アミーカちゃんは昨日の経験を糧に、自分の夢に今まで以上に真っ直ぐ進んでるわよ?今のあなたはどうなのかしら?」
「出遅れたのは十分分かってるわよね?なら後は簡単。あなたが追うのか、追わないのか。追うつもりがあるのなら、そろそろ覚悟を決めて進みなさい」
ママはそう言って『花を摘みに』席を立つ。
......アミーカに水を開けられ、ママにまで怒られて、私はいったい何なんだろう。
悔しくて、それでも見られないよう、私は俯いて涙を零した。
そこにアミーカが戻って来る。
最初は普通に歩いてたようだが、途中で私の異変に気付いたらしい。
足音がタッタッタッと駆ける音に切り替わった。
「セレナ!どうしたの、どこか痛いの?」
「ううん、大丈夫。私のことは放っておいて、アミーカはたくさん勉強してて。夢のために必要でしょ?」
私が涙を拭ってそう言うと、アミーカの息を呑む音が聞こえた。
そして片手に持つノートをテーブルに置き、
バチンッ!
とても乾いた音が耳に響く。
私の頬を思い切り叩......いた?
そしてすぐ私を抱きしめる。
「バカセレナ!何ぐじぐじしてるか知らないけど、そんなのセレナじゃないよ」
「アミーカが私の何を知ってるのよ!!」
いきなり全否定されて、さすがの私もこれには怒った。しかし、
「知ってるよ!この二年間、どれほど私のために色々してくれたのよ!今回だってそう。あなたは『誰かのために』精一杯動いちゃう、すごく優しい子なの。そんなの私が一番知ってる!」
そう言ってさらに力を入れて抱きしめてきた。
さっきは感じられなかったアミーカの温かな体温が、ゆっくりと感じられ、私の中に、心に染み渡っていく。
「私もごめん、早く成長しなきゃって焦りすぎてセレナを一人ぼっちにしてたの、さっき気付いたの。セレナが今までたくさんしてくれたのに、私は自分勝手に進むばかりで。本当にごめんなさい......」
アミーカが泣いてる......
いつでも笑って周りを振り回し、私に怒られてテヘッって反省してるのかしてないのか分からない顔で私もつい許しちゃう。
そのアミーカの泣き顔。
私が置いていかれると、こうなるのか。
......その時胸の奥から強い怒りが湧いてきた。
私は何をしてた?
自分で勝手に足を止め、先を進むアミーカに勝手に劣等感を抱き、あげく自分のせいだなんて大切な親友に言わせて......
違うでしょ、セレナ・シルヴァーノ!
親友なら、大切なら、その隣に並ぶ努力は私自身がしなくちゃダメなんだ!!
なに手を引っ張ってもらえると勘違いしてた!
私はグイッとアミーカを引き剥がす。
そしてアミーカの目を真っ直ぐに見ながら、
「もう本当に大丈夫。だからアミーカも泣かないで。今日は追いつけないかもしれないけど、明日には追いついてみせるから」
そう誓う。
たったその一言を口にしただけで、今日一日私の胸から離れなかった不安は全て吹き飛ぶ。
そして昨日の試練に挑んでいたような熱っぽさが胸から広がり、私の身体をつき動かそうとする。
「『みんな』のために私もいつでも勉強するよう頑張るよ!」
「やーっと少しは分かった?このバカ娘」
気が付けばママが後ろに立っていた。
それどころか周りのお客さんも固唾を呑んでこちらを見守っていた。
「必要になった時に学ぶなんて遅すぎるの。その時後悔のないよういつでも準備を怠らない。先に気付いたアミーカちゃんに、気付かなかったセレナ。もう、ママ見ててモヤモヤしっぱなしだったわ〜」
「ご、ごめん......」
気付いた今となっては恥ずかしくて仕方ない。
穴があったら入りたい気持ちだ。
「工房で納得いかない顔でリオと遊んでる時は、よっぽど頭をはたいてやろうかと思ったわよ」
「そ、そんなところから?」
「当たり前でしょ?あんたのママよ、私は」
はぁ、もうこのバケモノに驚くこと自体が無駄な気がしてきた。
そう思い、首をひょいと動かすと、ブンッ!という音が通り過ぎた。
「あんた......少しはやるようになったわね」
「だいぶくらい続けたからたまにはね」
美術館のパンフレットを振り下ろしたママにニヤリとしながらそう答える。
「で、そういうおふざけはいいんだけど、ママ、私明日ベーネ工房の見学したい。よくよく考えたら王都の工房に来てるのに、まだ一回も見たことないし」
そう、せっかくグレッダさんの件が片付いたんだ。そろそろ私の専門領域の勉強をしてもバチはあたらないだろう。
「あ、でもアミーカも行きたいところあるよね?」
「大丈夫!私も魔導具作るところちゃんと見たことないから見てみたいし。喜んで付き合うよ」
「よし、決まりね。じゃあせっかくだから明日はベーネ師匠の製作と、私たち三人が組んだ時の本気見せてあげる。たぶん組んだ時のスピードだけなら王都で一番かもしれないわよ」
とてもワクワクした顔で言うママに、思わず私たちもつられて笑顔になる。
ママのお師匠様と、王都最速かもしれない魔導具製作。どちらもとても楽しみだ。
そうだ、私は夢のために魔導具だって、人のことだって、まだまだ学ばなきゃいけない。
落ち込んでるヒマなんてなかった。
「ほらっ、まだ美術品見るんでしょ?早く色々見て回ろう。時間足りなくなっちゃうよ!」
そう二人に呼びかけ、私は一足先に歩き出す。
明日の学びのためにも、今日の残った時間も大切にしないと!
私の心はまだ見ぬ新たな世界へと駆け出していった。
「アミーカのために同じ努力をする」という結論で自分を納得させたセレナですが、結局夢への具体的な道筋はまだハッキリとしないままです。
明日の魔導具製作見学でその一端でも掴めるといいのですが。




