第52話 走り出す才能、立ち止まる私
激闘の四日間を終え、たぶん王都に来てはじめてのゆっくりとした朝を迎えるふたり。
しかしこれが"ズレ"の始まりとはこの時のふたりは全く予想すらしていませんでした。
十二月二十三日の朝。
私とアミーカはそれまでの疲れが出て、すっかり朝寝坊をしてしまった。
「いけない、もう朝ごはんの時間過ぎてる!アミーカ、急いで」
「セレナ、待ってよ。髪のボサボサなおらないのー」
はぁ、なんかようやく戻ってきたなぁ。
何気ないやり取りに、やっと心がほぐれてくるのを感じた。
ようやくリオとも遊べるっ!!
私とアミーカはこの四日間の緊張全てを解放するように、リオは遊んでもらえなかったうっぷんを晴らすかのように、三人で公園を全速力競争。
私は走り疲れて地面に寝転び、ハァハァ息を切らせていると、隣でアミーカが息を整えながら、公園の出店を見てメモをとっていた。
「どしたの、アミーカ?」
「うん、ヴェルダで聞いたことない調理してるから面白そうだなと思って。ちょっと帰ったらやってみたいなって思ったの」
昨日までは一緒に寝転がって休んでたのに。
出店を見るアミーカの目には、料理人としての光が宿っていた。
すごく嬉しいことのはずなのに、私は胸の奥にヒンヤリとする何かを感じた。
昼食の準備が始まる頃、私たちは工房に帰る。
アミーカが準備を手伝いたいと言い出したからだ。
「私も手伝わせてもらっていいですか?」
「もちろん!私よりとっても頼もしいもの」
「お前は料理だけは上達しなかったからねぇ」
ママとベーネさんの軽妙なやり取りの中、
アミーカは自然とその輪の中に入っていく。
私はリオを構ってあげてとアミーカに言われたので、その間リオとボールで遊ぶが、胸の奥にチクリとした痛みを感じた。
昨日までなら一緒にやる!って言ってくれてたのにな......
試練も終わって日常に戻ってきたはずなのに、胸の片隅に冷えた何かを感じる。
日常に戻って気の緩んだ私は、私とアミーカを厳しく見比べる視線に、全く気付くことはなかった。
昼食後、ママが私たちに
「午後からちょっとお出かけしましょ」
と誘いをかけてきた。
「えっ!?ママ、街灯作りで忙しいんでしょ?」
「もぅ、セレナ見てなかったの?師匠と私とクラリスが組んで本気出したら、街灯なんてすぐ終わるわよ。あと三日くらいで終わりそうだから、午後はお休みもらったの」
たった三人の力で危機的状況を乗り越えさせたんだ......
まさかママがこんなに凄いなんて思わなかったな。
「どこに行くんですか?」
「んー、ナイショ。ヒントとしては、二人にとっては初体験だと思うわってことね」
「さ、ここよ」
ママがそう言って指し示したのは、ブティックのようなお店。ディスプレイされたドレスはどれも刺繍が細かく入り、とても高そうだ。
“別世界”......そんな言葉が胸をよぎる。
「ママ?」
「マ、マリエッタさん?」
「はいはい、お店は眺めるものじゃなくて入るものよ。さ、入った入った」
戸惑う私たちは背中を押されて、無理やり店内へ。
「いらっしゃいませ、お客様。本日は何をお求めでいらっしゃいますか?」
スラッとしたパンツスタイルの店員さんに迎えられる。
店内はとてもきらびやかで、外で感じた”別世界”がそこには広がっていた。
それなりな格好をしていたつもりの私だけど、これでもここではみすぼらしく感じてしまう。
だけどなんでだろ?
アミーカはまるでヴェルダの市場を見てるかのように、とても落ち着いて店内を見回してる気がする。
私だけかな?場違いな感じがするのは。
「『蒼玉の輝き』での晩餐にお呼ばれしたから、イブニングドレスの貸服を見繕ってくれるかしら?明日の夕方五時に借りに来て、着付けとその後簡単にヘアセットもしてもらいたいんだけど」
『蒼玉の輝き』
その言葉を聞くと店員さんの表情が一段明るくなる。
「かしこまりました。お嬢様方もご一緒でよろしいですか?」
「ええ、三人分お願いね」
ママすごいな、きっとここもすごい高級店だろうに、まるでいつも使ってるかのように、話を進めてる。
貴族だったこともあるから、それで慣れてるんだろうな。
そう、慣れてるからすごく見えるんだよね?
なんでだろう、今日の私はそんなことに焦りのようなものを感じてもいた。
その後私たちはそれぞれ更衣室に入り、店員さんに色々と着せられ、それぞれのドレスと、小物を決めて店を出た。
あとは明日また来るだけだ。
「ところでママ、お呼ばれしたって言ってたけど、誰のこと?」
「ふふっ、アミーカちゃんなら分かるんじゃない?」
「え?ええ、たぶんグレッダさんじゃないかと思いますけど」
「あったり〜。セレナ、少しは頭使わないとダメよ?」
ママはそう言って私の頭をツンツンと突いてくる。
私はそれを出で振り払い、
「分かってるわよ。ただその条件だとオーギュスト様だってあり得たし、万が一だけどパパが王都の思い出作りに頑張ったって可能性もあるしって思ったの!」
「料理人が自分の料理より劣ってるの分かってるところに招くわけないでしょ」
「それにパパがそんなにお金あったら、家の道具が全部最新式のものに入れ替わってるわよ」
そう言ってママはちょっと悲しそうに笑った。
まあ、そうだね、たしかにそうだ......
「まだ早いわね。そしたら美術館でも行ってみる?ヴェルダにはそんな施設ないからね」
「美術館って何があるの?」
「そうね、例えば貴族の屋敷に飾られるような腕を持った人たちの絵画とか彫刻とかたくさんあるわよ。だから貴族の生活の一端を知ることも出来るかしらね」
それを聞いたアミーカがママに、
「あ、マリエッタさん、途中でノート買いたいんですけど、お店ありますか?」
と確認してきた。
たぶん美術館でメモを取りたいんだろう。
昨日以来、アミーカの学習熱はとどまるところをしらないみたいだ。
「ええ、じゃあ途中で寄りましょうね。さ、行きましょう!」
ママのあとを私とアミーカは手を繋いでついていく。
でもなんでだろう?
昨日まで感じてたアミーカの温かい手は変わらないはずなのに、今日の私はそれをしっかり感じられない。
私とアミーカは二人で一人だってずっと言い聞かせてきた。
でも今は私の歩みだけ、遅れてる気がした。
その気持ちに蓋をして気にしないようにしてみても、心に張り付いた不安は決して拭うことは出来なかった。
試練を終えて、夢への加速度が一気に高まったアミーカと、みんなを『笑顔』にするという夢はあるものの、具体的な『何か』が分からず努力の方向が掴めないセレナ。
ふたりは元の関係に戻れるのでしょうか。




