第51話 誤解を超えて知った、貴族の真っ直ぐな覚悟
調理法を世に出してはいけない。
オーギュスト様のその言葉の意味とはいったい......?
「その調理法、まだ世に広めてもらっては困るのです。国民のためにも」
突然告げられた低温蒸しを広めるなとのオーギュスト様の言葉。
特に広めるつもりもなかったけどいったいどういうことか、私はその真意を知りたかった。
「なぜ、広めたらいけないんですか?」
「そもそも王城の料理部門の役割はご存知ですか?」
え?王城の料理作る人じゃないのかな?
私とアミーカは不思議そうに顔を見合わせた。
「最大の役割は、食文化を構築し、国民が食によって健やかな毎日を暮らせるよう、管理をする場所です。極端な話をすると、料理が作れなくても良いのですよ」
「えー!!」
あまりの衝撃に思わず叫び声を上げてしまった。王城の料理部門が料理を作れなくてもなれるなんて、あり得ないだろう。
「まあ極論ですよ?さすがに多少の料理の知識は必要になるので、今所属してるものは一定以上の料理の腕を持ち合わせていますが。」
「つまり美味しくても、国民の健康をおびやかす調理は広めたくないのです。低温蒸しの美味しさは今味わった通り。ですが健康面での研究はまだ途中なのですよ」
「特に低温だからな。下手なやつが使って中心が生のままで出して、それに気付かず食べたりしたら客が腹を壊し、悪評が立ってその店を潰しかねん」
なるほど、それでようやく納得いった。
要は危ないかもしれないから、安全が確認できるまでやめてくれというお願いだ。
「だったらアミーカ?」
「うん、断る理由ないよね」
「じゃあ、オーギュスト様の言葉に従います」
その言葉に心底ホッとしてくれたのだろう。
オーギュスト様が私たちの手を取って
「ありがとう、本当にありがとう」
と御礼を重ねる。
あぁ、なるほど。
これほどまでに心から王国の食文化、国民の健康に心を砕ける、だからこの人は料理長なんだ。
こういう人が”最高峰”にいてくれて良かった。
そしてこんな人に料理を食べさせてもらって良かった。
私は今、心からそう思えた。
「セレナちゃん、クナ・ヴァポリスだっけか?あの鍋俺に売る気はないか?」
グレッダさんが唐突に尋ねてきた。
たぶん安全性が確認取れ次第、大々的に売り出したいのだろう。
「え?ヤダ」
ごくごく簡潔に私は答える。
ピクッと眉を吊り上げたグレッダさんに
「クナ・ヴァポリスはアミーカの勝利を願って作った、アミーカ専用の魔導具なの。だから構造を教えてそっちで作るのはいいけど、これはあげられない」
と、説明する。
こう言っておけば諦めてくれるだろう。
「俺は伯爵だ。無理やり取り上げることも出来るんだが......なんとか考え変えてくれねえかな?」
まさかのその物言いに腕が震える。
プツン!
私の頭と胸の奥、二つの場所で同時に何かが切れた音がした。
「バカ言ってんじゃないわよ!人の友情踏みにじって金にモノ言わせて奪い取るのがアンタの言う貴族様ってこと!?」
「国や国民に認めてもらう努力を忘れたら貴族でいちゃいけないって、どの口が言ってたのよ。アンタなんか貴族失格よ。それとも何?私を死刑にでもする?やりたいならさっさとやりなさい。その前にクナ・ヴァポリスは徹底的に砕いてやるからね!!」
ハァ、ハァ。
一息にそこまで言って私はグレッダさんを睨みつける。
ひどい、あんなに気軽に接してくれてたのに、一枚皮剥いたら所詮はくだらない人間だったってこと?
するとオーギュスト様がグレッダさんに歩み寄り、頭に拳を振るった。
「バカモン!お前はいつも言葉が足りんと言っとるだろう。今の言い方ではセレナ嬢が怒るのも当たり前だ。」
頭を押さえるグレッダさんを放置し、オーギュスト様は私の手を取る。
「セレナ嬢、グレッダが申し訳ないことをした。許して欲しい」
そう言って頭を下げる。
えーと、確かあなたは王城料理長で、公爵様でしたよね??
.............
私は手を振り払って後ろに三歩下がり、土下座する。
「オ、オーギュスト様に謝られることなんて何もありません。こ、こ、こちらこそ大変な失礼を......」
そう謝る私の肩に手をやり、オーギュスト様は首を振る。
「さきほどセレナ嬢が言ったとおりだ。認めてもらう努力を忘れた貴族は貴族たり得ない。ここは私のためにも謝らせてはくれないか?」
私が固まっていると、グレッダさんが復活したようで、
「オーギュスト様やめてください。それは私がやるべきことですから」
そう言って私に対して深く頭を下げる。
「すまない、言葉が足りなすぎた。低温蒸しの技法は安全性が確認されたら、おそらく貴族を中心に高く評価され、魔導具もこぞって買い求められるだろう」
とりあえずグレッダさんが頭を下げてくれたことで、何か行き違いがあることを感じ、胸のトゲは少しおさまった。
「その時セレナちゃんの手元にそれが残っていた場合、セレナちゃんが製作者とバレて、その腕を見込まれて勧誘を受けたり、下手をすると有無を言わさずに連れてく馬鹿貴族もいるんだ」
グレッダさんはそう言って、気まずそうに視線をそらす。
え!?
さらわれるってこと?
私はいきなりの言葉に身体に震えが走った。
「そうさせないためにも全ての魔導具をうちに引き上げ、セレナちゃんの存在を隠す。もちろん売上については話し合いの上、正当な金額を渡すつもりだ」
なるほど取り上げたかったんじゃなくて、守ってくれようとしたんだ。
私の怒りはおさまりつつあり、代わりにいつもの私が戻って来て、
「ちょ、言葉足らずすぎぃ!」
と、思わずツッコんでしまった。
つまり私の手元にあるとその危険性があるから譲れってことだったのね。
重要な部分まるまるカットして話したんだな、グレッダさんは。
「あ、いや、ちがう。ごめんなさい。そんなに考えてくれてたのに、考えなしに怒鳴っちゃったりして......」
「いや、こっちが悪いから気にしないでくれ。まるで『台風娘』がそこにいるかのようにさっきは怖かったぞ。さすが、娘だな」
ワッハッハとグレッダさんは大笑い。
ママと似ているというのはこの場合喜んで良いものやら、ちょっと微妙な感じではあったけど。
ようやくいつもの雰囲気に戻ってきたみたい。
私はクナ・ヴァポリスを渡してもいいかアミーカにも聞こうと振り返ると......
「アミーカ、いいかな?って!?ご、ごめん、私が突然怒鳴ったから」
アミーカは号泣していて、突然私に抱きついてきた。
「セレナ、死ぬかと思ったんだからぁ、このバカバカ!心配かけさせないでよね!」
「ご、ごめん。アミーカへの気持ちが否定されたみたいで、つい......」
心から心配してくれたのだろう。
アミーカの体温が、先ほどまでトゲトゲしていた私の胸を、優しく温めてくれた。
「それで、アミーカ、いいかな?」
私の問いにすぐうなずいてくれる。
「私はセレナが良ければいいよ。私がもらったのは魔導具じゃなくて、魔導具を通したセレナの気持ちだから」
アミーカの言葉がじんわりと胸に染み込んでくる。
魔導具で笑顔を作り続ける。
澪に誓ったこと、少しは達成できてるのかもしれないな。
「じゃああげるよ、グレッダさん」
私は満面の笑みで笑いかけた。
「そういうところも『台風娘』そっくりだよ、セレナちゃんは......」
ちょっと苦い、でも懐かしそうな顔を浮かべてグレッダさんが呟く。
もしかしてママのこと好きだったのかな?
こうして私たちは最後のセレスさんの贈りでベーネ工房へと帰宅する。
「アンタ達、本当に凄かったね。グレッダ様とオーギュスト様に味を認めさせるなんて」
「でもその後すごくへこまされましたからね」
アミーカがそう話すとセレスさんがアミーカの肩を捕まえる。
「あのね、オーギュスト様が王城で味を認めることなんて年に一回か二回、王城料理人でさえそれくらい難しいことをアンタ達はやり遂げたんだよ。もっと誇りなさい」
少し真面目な顔でそう話す。
そんなに厳しいんだ。
「ううん、認めてはないですよ。『稚拙』って表現されましたから。でもいいんです。目指す壁の高さを知ることが出来たから」
アミーカはとても晴れやかな顔でそう話す。
「そっか、そう思えたなら良かったね。さて、そろそろ工房だよ。これでアンタ達とはお別れ、次会ったとしてもセレスティン・ブランとしての顔だろうから、セレスとして今のうちに言っとくよ。ありがとう。四日間楽しかった」
そう言って手を差し出してきた。
「セレスさん......」
この四日間の思い出がまざまざとよみがえる。
セレスさんとの分かれに寂しさは感じる......けどね、
私はその手をパーンと叩き落とした。
「いたっ!何すんのよ!」
「なーにがセレスティン・ブランとして、よ。あんたはもう私達の前では友達の『セレス』なんだから逃さないからね!」
私たちに悲しい別れは似合わない。
離れても笑顔で続いていく関係が似合ってる。
するとアミーカも
「ヴェルダに戻っても手紙書くから、セレスさんも書いてくださいよ?もちろん、『セレス』としてね」
と微笑む。
当たり前だ。たった四日間とはいえ、一緒に苦労した仲間をこれでサヨナラなんて出来るわけないじゃない。
「アンタ達......」
セレスさんは呆けたような表情だったが、すぐにイタズラめいた表情に変わり、
「ここで縁切っておかなくて失敗したって思うくらい、つきまとってやるからね。覚悟しなさいよ!」
その顔はメイドでもなんでもない、ごく普通のお姉さんの顔。
私からするとまるで澪の笑顔にも似ているように見えた。
そしてベーネ工房へ着き、別れた私たち。
「やっと終わったね」
「そうだね、明日からは構ってやれなかったリオといっぱい遊んであげないと」
しかしそんな呑気なやり取りとは裏腹に、私に直撃する『台風』はすぐそこまで迫っていることに、この時はまだ気付いていなかっのだ。
結果こそ満足いくものではありませんでしたが、ふたりはしっかり「納得」することが出来ました。
セレスさんともお友達になったので、もしかしたらまた王都編で再登場あるかもしれませんね(笑)




