第50話 遠すぎた…“王国最高峰”の壁
試練に打ち勝ったつむじ風コンビ、いよいよ王城料理長の料理とご対面です。
果たしてどのような料理がやってくるのか。
王城の料理長が供する料理。
果たしてどれほどのものがくるのかと、私のみならずアミーカもワクワク半分、ドキドキ半分だ。
何せちょうど今、自分たちが出せる最高傑作を出したばかり。
これをあっさりと打ちのめされるレベルのものを出されたら、ちょっとダメージが大きすぎる。
セレスさん達がそれぞれ料理をサーブする。
オーギュスト様が持ってきた皿はどうやら一人一皿。
料理長のスペシャリテを持ってきたのか、はたして......
クロッシュが上がった瞬間、湯気ではなく“香りの幕”が立ち上る。
蜂蜜、焦がし脂、香草の香りが複雑に絡み合い、私たちに襲いかかる。
「う......」
私もアミーカも香り一つで完全に黙らされた。
この料理は私たちのものよりも段違いに美味しい。
それを悟ってしまったのだ。
そして何より驚いたのは、皿に乗っているのはおそらくロックボアの肉。
しかも同じ低温蒸し調理をしているように思える。
この三日間ずっとにらめっこしていたのだ。
見間違えはないと思う。
そこに赤いソースが前世のフランス料理のようにきれいに描かれ、お肉の周りにはホワイトアスパラ、温サラダ、柑橘系の果物のピクルスのようなものが添えられている。
まさに一品料理。
私たちの肉だけをポンとだしたものとは代物が違いすぎる。
「さあ、どうぞ召し上がれ」
フフッとにこやかに笑いながら両手を差し出し食べるよう促すオーギュスト様。
そのつもりもないのだろうが、それは地獄への誘いにしか思えず、私たちは手を出すのを躊躇する。
その様子を見てグレッダさんが
「ほら食っておけ。おそらく技量の違いに気づかされて手が出ないといったとこだろうが、自分の負けを認めることも成長には欠かせないことだぞ」
と料理を進める。
そうだ、私たちは王城料理長に勝つための料理を作ったんじゃない。
それならばレベルの違いをしっかり噛みしめることは、アミーカには絶対に必要なことだ。
「アミーカ、怖いけど食べよう。それに放っておいたら冷めて美味しさが減っちゃう。それは料理人にとってはすごく残念なことってバルドさん言ってたよね?」
アミーカもパパの名前を出されると、ようやく心を決めたようだ。
私たちは震える手でナイフとフォークを操り、お肉を切る。
柔らかさは私たちと同じくらい。だけど立ち昇る芳香が格段に違う。
そして、意を決してお肉を一切れ口に入れた。
「あぁっ!......」
私たちが必死に積み上げてきた三日間が、まるで木の枝のようにパキッと簡単に折れる。
隣のアミーカは極寒の地にいるかのように身を抱き、ガクガクと震えてしまっている。
美味しいという幸福感、なのにそれがまるで刀のように私たちの身を切り刻む。
幸せの絶頂と奈落の不幸を同時に味わう感覚は、そうないだろう。
ハラハラと、涙が自然とあふれてきた。
「どうでしょうか?私の料理のお味は?」
「すごく......美味しいです。いえ、美味しいという言葉じゃ足りなすぎる。王国最高峰の料理、それを見せつけられました。感動です!」
アミーカが心のままにそう答える。
「ハッハッハ、かわいいお嬢さんにそこまで言ってもらえては嬉しいですな。どうぞ、お肉だけでなく付け合わせも召し上がってください。こちらもちゃんと気合を入れて作ってありますよ」
その言葉通り、付け合わせなんていう言葉が失礼に思えるほどに、どれも美味しく、力の入った料理だった。
「ホワイトアスパラは茹でた後にトリュフ塩をふり、軽めのヴィネグレットで和えた葉野菜の温サラダ、柑橘とハーブのピクルスを添えさせていただいてます。そして......」
オーギュスト様はワゴンから一回り小さいお皿を持ってくる。
焼きリンゴ......かな?
「こちらは焼きリンゴとシナモンの付け合わせです。お肉を食べ終わったら召し上がってください」
「もう降参です。私たちは二皿でロックボアの旨味を表現するので精一杯でしたけど、オーギュスト様の料理は二皿でロックボアというメインディッシュを軸にしたコース料理を表現してるじゃないですか」
私のその言葉にオーギュスト様はピクリと眉を上げる。
「ほぅ、それを分かっていただけただけでも、お二人に料理を供した甲斐があったというものです」
こうして私とアミーカはオーギュスト様にさんざん煮え湯を飲まされ、何も言う気力がなくなっていた。
「本日はいかがでしたか?」
帰り支度をしているとオーギュスト様がそう尋ねてきた。
「はい、私なんかが王城料理人なんてまだまだ言っちゃいけないんだなと思いました。自分たちの最高と思ったものが、オーギュスト様の料理の足元にも及ばないことは、本当にショックでした......」
表情も声も沈むアミーカに、オーギュスト様は少し困った顔をして、このように伝えてくれた。
「ひとつ、いいことをお教えしましょう。あなた方の行った『蒸し』料理ですが、つい半年前から王城で新しく研究を始めたばかりの料理です。おそらく民間レベルではまだ思いついてもいないでしょう。」
「たしかにあなた方の味の積み重ねはまだまだ稚拙です。しかし独自の力で、しかもたった三日間という短い期間で『蒸し』料理を思いつき、しかもきちんと一つの形として仕上げたことは、誇るべきことですよ」
「え......?」
少しだけ驚いた表情をしてアミーカはオーギュスト様を見上げる。
「認めることは認め、反省すべきは反省する。一つが駄目だからといって、その全てを否定するのでは自分が可哀想です」
オーギュスト様はそう言ってアミーカに手を差し出した。
「あなたほどの情熱を持つ者ならば、いつか王城料理人も夢ではないかもしれない。今はただひたすらに研鑽を積み、いつか試験においでなさい。私はその日を心待ちにしていますよ」
ふふっと笑うオーギュスト様に、アミーカも感極まったのか、
「あ、ありがとうございます!」
と涙を流しながら握手をする。
その顔はどこか晴れやかで、まるでお天気雨みたいな表情だ。
アミーカに絶望だけが残る勝負にならなくて良かった。私もホッと胸を撫で下ろす。
「ところでセレナちゃん、ちょっと話があるんだが......」
グレッダさんが少し言いにくそうな表情で私に話しかけてきた。
オーギュスト様もアミーカとの握手が終わり、こちらへ近寄ってくる。
「その調理法、まだ世に広めてもらっては困るのです。国民のためにも」
と、アミーカへ向けていた温かさが、私へ向いた瞬間、冷たい言葉の刃となって襲い来る。
低温蒸しがなんで”国民”なんて言葉につながるのか。軽々しく広めるべきでないことだけは感じ取れた。
けど!
アミーカと一緒に、私だって精一杯やった三日間なんだ。どんな結果になろうとも、受け止める覚悟はある!!
私は二人の前、背筋を伸ばして次の言葉を待った。
あまりに高すぎた"最高峰"の壁。しかしそれは絶望だけをもたらしたわけではなく、アミーカに希望も残してくれました。
そして気になる「広めてもらっては困る」発言。その真意とはいったい......




