第25話 一日だけの奇跡 ― 騒がしいクラスが静かになったワケ
誕生日プレゼントを通じて、より家族ぐるみのお付き合いになったセレナとアミーカ。
今回は初のセレナ企画のイタズラ話が展開されます。
はたしてどうなることやら...
春の交流パーティーから半年が過ぎ、季節はすっかり秋めいてきた。
長袖を着始める子も増えてきた、そんなある日の朝のことだった。
担任クラスである2年生の教室に入った私、マチルダ・マーティンは、思わず目を疑った。
(…え? 今日は何か特別な日だったかしら?)
クラス全員が、まるで卒業間近の3年生かと見紛うほど、驚くほど礼儀正しく、落ち着き払っているのだ。
椅子に深く腰掛け、背筋を伸ばし、
私が入室すると一斉に立ち上がり、
「おはようございます!」
と完璧な角度でお辞儀をする。
授業が始まってもその様子は変わらなかった。誰も私語をせず、ノートを熱心に取り、質問にはハキハキと答える。
休み時間には下級生に優しく声をかけ、廊下で他の先生とすれ違えば、立ち止まって丁寧な挨拶をする。
もはや、学校一の模範クラスと呼んで間違いないレベルだ。
一体、何が起こったというのだろう? 昨日まで、あんなに騒がしかった子たちが…。
(もしかして…私の指導が、ついに花開いた…!?)
胸に熱いものがこみ上げてきた。
教師という道を選んで数年、苦労も多かった。特に、あの「つむじ風コンビ」には散々振り回されてきた。
それでも、子どもたちの成長を信じて、諦めずに指導を続けてきた。
その努力が、今、実を結んだのだ…!
私は、教師という仕事にこれほどまでの誇らしさを感じたことはなかった。
…しかし、その感動は、残念ながら一日しか持たなかった。
—
翌日。
意気揚々と教室に入った私を出迎えたのは、昨日とは打って変わって、いつも通りの騒がしいクラスだった。
「あれ? 先生、今日は一日授業なしで遊べる日だよね?」
生徒の一人が、当然のように尋ねてくる。
「え? そんなこと、私、言った覚えはないのだけれど…?」
私が困惑していると、別の生徒が
「だって、これ昨日の朝教室に貼ったじゃないですか!」
と言って一枚の紙を差し出した。
そこには、私に似せた筆跡で、こう書かれていた。
—
『一日模範的な態度で過ごし、勉強熱心に取り組むことが出来たら、次の1日をまるまる遊ぶ日とします。ただしこれを他のクラスや教職員に話したら約束は無効とします。 マチルダ』
—
「…………」
書いた記憶が、全くない!
やられた。
これは、おそらく、あの二人の仕業だ…。
「これは私が書いたわけではありません!だから今日はいつも通りに授業を行います。」
そう告げると教室中から大ブーイングが起きる。
やれ約束破り!だ、やれ嘘つき!だ…
いくら私が書いたのではないと言っても誰も信じてくれない。
それもそうだろう。
私だってよく見ないと分からないほどに私の字に似ている。
もう授業開始から10分も過ぎている。
相変わらず収まりのつかない生徒たちから責められ続け、何を言っても信じてもらえず、私の心はもう折れる寸前だ。
そんな時、
「でもさ、先生じゃないとしても、誰がやったか知らないけど、考えてみたらすごいね、これ!」
セレナさんだ。
突然大きな声でそう話た彼女に、私を含めて生徒たちが注目した。
「一日遊びって約束だけで、みんなあんなにマジメになるってことは、みんな、やる気になったらいつでもあれ出来るってことでしょ?」
そう言って少しうつむき首を振る。
「 わたしはついていくのが精一杯だったけ
ど、ほんとみんなすごかったなぁ」
あっけらかんとした、しかし妙に核心を突いたセレナさんの言葉に、クラスの空気が少し変わる。
「そうね! 私も正直きつかったけど、みんなが頑張ってるから頑張ろうって思ってたら、やりきれたし! すごいよ、みんな!」
続くアミーカさんの言葉に、他の生徒たちも
「それほどでも…」
「まあ、頑張ったしな」
「意外とやればできるんだな、俺たち」
と、口々に感想を述べ始めた。
「さっすが2年生! 1年生じゃあこうはいかないね! わたしはもう一回1年生やりなおしてこないとかなー」
そう、うそぶくセレナさんに、
「セレナだってちゃんと出来てたよ!」
「アミーカもすごかった!」
と、今度はクラスメートたちが口々に褒め始める。
いつの間にか、教室の雰囲気はすっかり和やかになり、最後には近くの席の子同士で
「昨日すごかったね!」
「あんたも頑張ってたじゃん!」
と褒め合う輪ができていた。
―
(…すごいわ、あの子たち…)
私は、その光景を見て舌を巻いた。
おそらく今回の騒動の首謀者であろう二人が、いとも簡単にクラスの不満を解消し、むしろポジティブな雰囲気へと転換させてしまったのだ。
(確かに、やり方は無茶苦茶だけど、子供たちのやる気を引き出す、という点では、もしかしたら私より…?)
セレナさんたちの仕業だと確信しつつ、私は手元の告知文をあらためてよく見る。
(あらっ…これは確か?)
いや、それも重要だが、今はこの生徒をあっという間にまとめてしまった手腕を見習おう。
教師としての矜持を捨て、危うくマチルダ先生ではなく、一般人のマチルダとして泣き出すところだった。
私がすることは泣くことではなく、教師らしく生徒を導くこと。
このことを絶対に忘れず、あらためて教職の道を邁進していかねば!
(もう絶対に折れない、折れてなんかやるものですか!!)
私は決意を新たに胸を張り、教壇についた。
教室のざわめきが、ふっと柔らぐ。
子どもたちの小さな期待や顔が、私の胸の奥でひとつの灯りになった。
教壇に立ったまま、私は教科書を取り出し、穏やかに微笑んで言った。
「それでは、今日の授業を始めましょう。」
余裕たっぷりに場をいなすセレナですが、その真相は...次回、第27話をお待ち下さい 。




