第10話 心を癒す熟成チーズ。パパの一皿
初めての挫折を味わい、それでもママが喜んだ姿を思い出して再チャレンジするセレナ。今日はその続きとパパからのガス抜き回です。
今度こそっ!!
私は改めてそう決意した。…はずだったんだけど。
人間、そう簡単に変われるものじゃないらしい。
特にサイフォンの原理みたいにイメージ一つで楽に解決出来ることを一度知ってしまった私には、この延々と続く「焼き付け」の基礎練習は、正直言って苦行以外の何物でもなかった。
直線と円はけっこう楽なんだ。
何故なら基本、一定の魔力さえ維持できれば、あとは手を動かしてさえいればいいからだ。
だけどS字とか波線って曲げる時に一回止まる瞬間が出てくる。
するとその止まったところに余分な魔力が流れてしまって焦げ付きが発生する。
じゃあちょっと弱めれば…と思うと今度は回路が途切れる。
止まらなければと素早く書くと回路図から大きく外れてしまい使い物にならない。
かれこれ数週間、この3つの繰り返しから抜け出せないでいた。
(何か一発で上手くいく方法ないかなぁ。)
—
「むぅぅ……きょうもダメかぁ……」
また一つ、焦げ跡のついた木片が失敗作の山に追加される。もう夕食の時間も近い。
今日の練習はここまでかな。
私が伸びをして肩を回していると、足元で丸くなっていたリオが、突然スタッと立ち上がった。
そしてぴくりと耳を立て、窓の外に向かって低い声で「グルルル…」と唸り始めた。
毛も少し逆立っているみたいだ。
「ん? どうしたの、リオ?」
私は窓に近づいて外を見る。
もう陽も落ちかけて薄暗いけど、特に変わった様子はない。
いつもの街の様子な気がするけど。
「なにかいた?」
私が声をかけてもリオは唸るのをやめず、まだ窓の外を気にしている様子だ。
その直後だった。
「ドン!」
鈍い音とともに窓のすぐ近く、工房の外壁あたりで何かがぶつかるような音がした!
「ひゃっ!?」
思わず飛びのくと、リオも警戒するようにサッと私の後ろに隠れた。
な、なんだろう?
大きな鳥でもぶつかった?
恐る恐る窓から身を乗り出して外を見る。
すると、工房の外の壁にもたれかかっていたらしい人影が、ふらふらとした足取りで夜道を歩き去っていくのが見えた。
…あれは、酔っ払いのおじさん?
「もう…びっくりしたぁ。よっぱらいかぁ」
私はホッと胸をなでおろす。
どうやら、壁に寄りかかろうとして、バランスを崩してぶつかっちゃったみたいだ。
「びっくりさせないでよね、リオもしんぱいしてたじゃない」
私はリオの頭を撫でてやる。
(…ん? もしかして、リオはこのおじさんが近づいてくるのに気づいて唸ってたのかな? 壁にぶつかる前から。すごい耳がいいのかな?)
まあ、犬…じゃなくてシルフドッグだし、人間より感覚が鋭いのは当たり前か。
「よしよし、もうだいじょうぶだよ」
私はリオを安心させると、工房の片付けを始めた。
—
そして翌日。私は朝からまた工房にこもって、昨日からの課題―曲線の焼き付け練習に取り組んでいた。
今日こそ達成してやる!
「むぅぅぅ……やっぱりダメ! なんでここでまりょくがブレるのー!」
さっきの誓いもどこへやら。
木の板に描かれたS字カーブ、真ん中あたりの無惨な焦げつきに、私の心は早々に折れる。
これまで何枚、同じような失敗作を作っただろう。もう数えるのも嫌になるくらいだ。
簡単な形ならできるのに、ちょっと複雑になると途端にできなくなる。この壁が、どうしても越えられない。
「あーもう! やってらんない!!」
ついに我慢の限界が来て、私は焼き付け用の木の板を放り出しそうになった。
…けど、足元で心配そうに私を見上げるリオのつぶらな瞳に気づいて、ぐっと手を止める。
はぁ…。
リオの前で癇癪起こしちゃダメだよね。
ごめんごめん。
—
「…セレナ、少し煮詰まっているみたいだな。午前中の練習はそのくらいにして、休憩にしないか?」
工房の入り口から、ひょっこりパパが顔を出した。私のイライラオーラ、外まで漏れてたかな?
「ちょうどママも今日は孤児院のボランティアに出かけてるしな。パパと特別なおやつタイムにするか? とっておきのがあるんだ」
(とっておき? なんだろう?)
普段なら出来ないイライラで「邪魔しないで!」って癇癪でも起こしてたかもしれないが、あまりに続く失敗にベッキベキに折れまくった私の心は、パパの誘いをあっさり受け入れた。
「うん!」
「よしきた!」
パパは嬉しそうに私を手招きすると、リビングの隣にある食料庫へ向かった。
そして、棚の奥の奥から、大事そうに包まれた塊を取り出してきた。
「じゃーん、パパ秘蔵の熟成チーズだ!」
チーズかぁ。キライじゃないけどすごく好きってほどでもないな。
でも、なんだか見たことないくらい大きくて、色も濃い。
それが「秘蔵」のヒミツなのかな?
「これはな、王都の人気チーズ店で1日数量限定て売られてる、とーっても美味しいチーズなんだ。」
見ると包まれた布に3/10と書いてあるタグが付いてる。
たぶん1日10個限定の3個目ってことだろう。
「この間、王都の友達が送ってくれてな。普段はもったいなくて食べられないんだが、今日は特別だ!」
パパはそう言うと、慣れた手つきでチーズを厚めに切り分け、素早く小さなフライパンに乗せて火にかけた。
パパ、その手つき、絶対普段内緒で食べてるよね?
パチパチと薪がはぜる音と、チーズがとろける香ばしい匂いが部屋に広がる。
わざわざ魔導コンロ使わないあたり、変に凝り性だな、パパは。
「ほら、セレナ。熱いから気をつけて食べるんだぞ。」
こんがりと焼き色のついたチーズが、お皿に乗って目の前に置かれた。
外はカリッとしてるのに、中はとろーりと溶けているのが見える。
ふーん。匂いはいいけど、普通のチーズにしか見えないけどなぁ?
私はフォークで一切れ持ち上げて、ふーふー冷ましてから、おそるおそる口に運んだ。
「…………っ!!!」
なにこれ!? 美味しいっっ!!!
カリカリした食感の外側はとても香ばしく、口に入れるとチーズの香りが口いっぱいに広がる。
さらに一口かむと、中のとろっとろに溶けた濃厚なチーズの旨味が、舌の上に広がる。
塩加減も絶妙、今まで食べたどんなチーズとも全然違う!!
こんな美味しいものがこの世にあったなんて。
「パパ、これすっごくおいしい! もっとたべたい!!」
私は目をキラキラさせながら、夢中で次のひと切れにフォークを伸ばした。
パパは、そんな私の姿を見て、とっても満足そうに、にひひと笑っていた。
ひとまず10話まで続けることが出来ました。
引き続き頑張っていきますので、よろしくお願いします。




