レアドロップが出たみたいです
アイテムボックスの容量を変更しました
どれくらいそうしていただろうか。
十分かあるいは三十分か。
私はスーパーの床に座り込んだまま、ただぼんやりと目の前の光景を眺めていた。
床に突き刺さった私の相棒になった鉄パイプ。
そしてその少し奥に転がっている小さな革袋。
ホブゴブリンの巨体はいつの間にか黒い粒子となって跡形もなく消え去っていた。まるで最初から何もいなかったかのように。
……いや。壁や床に飛び散った緑色の血の跡だけが、さっきまでの死闘が現実だったことを雄弁に物語っている。
「…………よし」
私はゆっくりと壁に手をつきながら立ち上がった。
レベルアップのおかげで体の傷や疲労は全回復している。
我ながら都合のいい体になったもんだ。
私はまず鉄パイプを、次にあの革袋を拾い上げた。
ずしりと見た目以上の重さがある。
何が入っているんだろう。
「鑑定」
【名称:ホブゴブリンの革袋】
【種別:アイテムボックス】
【容量:小】
【備考:中に入れたものの時間を止め、腐敗を防ぐ。容量は買い物カゴ五つ分ほど】
「あれ?」
私は鑑定結果を三度見した。
アイテムボックスか………って、アイテムボックス!?
ゲームやラノベで主人公が最初に手に入れるアレ!?
時間停止機能付き。チートアイテムの代名詞じゃないか!
「……まじか。幸運仕事しすぎ……」
こんなものが手に入ってしまったらもう食料の運搬に悩む必要はない。腐る心配もしなくていい。
私のサバイバル生活の難易度が、一気にベリーハードからノーマルくらいまで下がった音がした。
私はその革袋をぎゅっと胸に抱きしめる。
これは命懸けで戦って手に入れた私の報酬だ。
ふと頭の中にまたアナウンスが響いた。
【マインド・バレットの熟練度が一定に達しました。スキルレベルがLv.2になりました】
「お、スキルレベルまで」
どうやらあの死闘の中で相当スキルを酷使したらしい。
私は試しに近くに転がっていた空き缶に意識を向ける。
すると今までとは明らかに違う感覚があった。
今までは物体を「掴んで」「投げる」という大雑把な操作しかできなかった。
でも今は違う。
空き缶がまるで私のもう一本の手みたいに自由自在に宙を舞う。
右へ左へ。急加速急停止。
なんなら缶を空中で回転させることだってできる。
「……すごい」
操作の精度が格段に上がっている。
これならもっと複雑な戦い方ができるかもしれない。
例えば敵の攻撃を空中で受け止めたり弾き返したり。あるいは銃弾みたいにもっと速く正確に弱点を撃ち抜いたり。
私は自分の両手を見つめる。
ほんの二日前までこの手は物語を紡ぐためだけにあった。
でも今は違う。
この手はこの終末世界で生き抜くための最強の武器になったんだ。
「……さて」
私はニヤリと口の端を吊り上げた。
お姫様を助けるヒーローになるつもりはない。
世界を救う勇者になる気もさらさらない。
「戦利品回収の時間だよね」
このスーパーマーケット・ダンジョンを完全に「攻略」した私だけの特別な時間だ。
私はアイテムボックス(小)となった革袋を肩にかけ、鼻歌でも歌い出しそうな気分で物資の回収を再開した。
「ふふっ、ふふふふふ……」
スーパーマーケットの店内に私のちょっと不気味な笑い声が響く。
いや笑わずにはいられない。
だって目の前には手つかずの食料品が選び放題取り放題なのだから。
しかも私にはその全てを鮮度そのままに持ち帰れる魔法の袋まである。
「最高かよこの世界……!」
いや最高なのはこの世界じゃなくてこの状況か。
私はまず飲料コーナーの段ボール箱を鑑定する。
【名称:ミネラルウォーター(2L x 6本)】
【状態:新品】
【備考:生命の源】
これをアイテムボックスに収納。
【名称:緑茶(2L x 6本)】……収納。
【名称:100%オレンジジュース】……収納。
【名称:コーラ(1.5L)】……うんこれも心の栄養として絶対に必要。収納収納!
次から次へと段ボール箱が私の目の前から消えていく。
アイテムボックス便利すぎる。なんで今まで買い物カゴを引きずっていたんだろう。
私のサバイバル生活は完全に新しいステージへと突入した。
次に一番のお目当て缶詰とレトルト食品コーナーへ。
さっきはとにかく手当たり次第にカゴに入れたけど、今度はじっくりと吟味できる。
「サバの味噌煮缶は外せないし、カレーは……甘口と辛口両方だな。パスタソースもミートソースとカルボナーラと……うーんペペロンチーノも捨てがたい……」
これはもはやただの物資調達じゃない。
最高の「お買い物」だ。しかも無料。
そして忘れてはいけないのがお菓子コーナーだ。
戦闘と探索と頭脳労働。疲れた時には甘いものが一番。
「ポテチはかさばるから後回しでまずはチョコレート。それからクッキーと……あ、このグミ私の好きなやつじゃん!」
私は目を輝かせながらお菓子をアイテムボックスへと放り込んでいく。
もはや気分はスーパーの福袋に好きなだけ商品を詰めているかのようだった。
ウキウキが止まらない。
引きこもりでインドア派でコミュ障な私だけど。
こういう一人で黙々とやるアイテム収集みたいな作業は大好きだったりする。
一通り食料品を回収し終えた私は最後に日用品コーナーへと足を運んだ。
トイレットペーパー、ティッシュ、歯ブラシ、そして電池。
特に懐中電灯に使う単三電池は重要だ。私は棚にあった在庫を全てアイテムボックスへと収納した。
「……うん、こんなもんかな」
ずっしりと重くなった(気がするだけだが)革袋を肩にかけ私は満足のため息をつく。
スーパーの中はまだ漁れば色々と出てきそうだった。
でも欲張りは禁物だ。今日はもうこのくらいにしておこう。
私は自分の戦利品――大量の食料と水と日用品――が詰まったアイテムボックスをポンと軽く叩く。
これだけあればしばらくは安心して図書館に籠城できる。
レベルも上がった。スキルも強くなった。
「そろそろ図書館に戻ろうかな」
私は自分の城へと凱旋することにした。
スーパーマーケットからの帰り道、自転車のペダルは驚くほど軽かった。
行きにあれだけ感じていた恐怖や緊張が嘘のように消え去っている。
私の隣を影が長く伸びていた。太陽がもう西に傾き始めているらしい。
「……早めに戻らないと」
私はペダルを漕ぐスピードを少し上げた。
図書館の通用口の前に自転車を止め、慎重に周囲を警戒してから中へと滑り込む。
ガチャンと内側から閂をかける音。
その音を聞いた瞬間私はどっと全身の力が抜けるのを感じた。
「……ただいま」
誰に言うでもなくそう呟く。
私はカウンターの裏の広いスペースに肩にかけていた革袋――アイテムボックスをどさりと置いた。
そして中のものを取り出すイメージを頭の中で描く。
次の瞬間。
私の目の前に次々と物資の山が出現した。
ドンドンと音を立てて床に置かれるミネラルウォーターの段ボール箱。
缶詰がザラザラと袋から溢れ出し小さな山を作る。
レトルト食品、チョコレート、スナック菓子、そしてトイレットペーパーのパックまで。
ほんの数分でカウンターの裏はまるで倉庫のような有様になった。
「…………壮観」
思わず感動のため息が漏れる。
これだけの物資があれば数週間は余裕で籠城できるだろう。
私はその物資の山を系統立てて整理し始めた。水は給湯室へ。食料はロッカーの中へ。日用品は……。
こういう地道な整理整頓作業も嫌いじゃない。むしろ好きだ。
自分のテリトリーがどんどん快適な空間になっていく。
その感覚がたまらなく楽しかった。
一通り片付けを終えた私は戦利品の中からレトルトの牛丼とパックご飯を一つずつ取り出した。
給湯室のコンロは……残念ながらガスが止まっていて使えない。
でも幸い誰かの私物だったらしいカセットコンロと新品のボンベが三本、戸棚の奥から見つかった。
「幸運ほんと仕事するな……」
私は小さな鍋でお湯を沸かしパックご飯と牛丼のレトルトを温める。
じゅうという音と食欲をそそる甘辛い匂い。
温かい白いご飯。その上にとろりとした牛肉と玉ねぎ。
私はそれを夢中でかき込んだ。
「おいしい……」
涙が出そうだった。
しょっぱい味噌おじやも甘いあんぱんも美味しかった。
でもこれは違う。
これは私が自分の力で戦って手に入れた「日常」の味だ。
お腹が満たされると不思議と思考もクリアになっていく。
私はカウンターの上に広げっぱなしにしていた町の地図をもう一度眺めた。
スーパーマーケットの欄には大きな花丸を描き込んでおく。
「さてと」
次はどこを攻略しようか。
私の指は自然と地図上の一つの建物を指し示していた。
「ホームセンターか」
食料は手に入れた。
次は武器と道具。
私の『マインド・バレット』は弾丸にするものの性能で威力が大きく変わる。
あそこならもっと硬くてもっと鋭い「弾丸」が手に入るかもしれない。
この世界はたぶん、クソみたいに最悪だ。
でも。
「……案外悪くないかもな」
そんなことを呟きながら私はこの終末世界で二度目の夜を迎えるのだった。
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