緑色したアイツ
私の意思に応じ、二つの缶詰が弾丸のように射出された。
狙いは、二匹のジャイアントローチの頭。
――ガンッ!
ほぼ同時に鈍い音が響く。
一匹は頭を砕かれ、緑色の体液をまき散らしながら絶命。
けれど、もう一匹は外殻で弾いたのか、致命傷を免れていた。
「マジか、硬すぎ……!」
次の瞬間。
――キシャアアアアアアッ!!
耳をつんざく絶叫と共に、そいつが一直線に突進してくる。
六本の脚をばたつかせ、床を滑るような速度。
「うそっ、速っ!」
反射的に棚から一升瓶を掴み取った。中身は……醤油?
「ごめん、使わせてもらう!」
右手を突き出し、渾身の力で撃ち放つ。
『マインド・バレット』!
――ドガァンッ!
醤油瓶はゴキブリの頭に直撃し、派手に砕け散った。
芳ばしい匂いが広がり、同時に黒い巨体が後方へ吹っ飛ぶ。
数度痙攣し、そのまま動かなくなった。
「……ふぅ~~……」
へたり込みそうになるのを、必死で堪える。
勝った。
けど、心臓が口から飛び出そうなほどバクバクしてる。
あと醤油、ちょっともったいなかったな……。
【経験値を獲得しました】
【経験値を獲得しました】
頭の中に響くウィンドウを確認し、ようやく息を整える。
「さて、お待ちかねの戦利品タイム!」
私は、まず缶詰コーナーへ。
サバ缶、ツナ缶、焼き鳥缶……保存が利いて高カロリー、最高の食料だ。
リュックと落ちていた買い物カゴに手当たり次第突っ込んでいく。
「鑑定」
【名称:サバの味噌煮(缶詰)】
【状態:良好。食用可】
【カロリー:約350kcal】
【備考:白いご飯が欲しくなる】
「うるさいわ。分かってるよ、ご飯ほしいのは私もだ」
でも食べられることが確定するのはありがたい。
次はレトルト食品。カレー、牛丼、パスタソース……夢のような棚だ。
パンやおにぎりコーナーは予想通り地獄絵図。腐敗臭がすごい。鑑定するまでもない。
「ふっふっふ、大収穫!」
買い物カゴ二つがずっしり重くなり、頬が自然と緩む。
運搬は後で考えればいい。まずは拾えるだけ拾っとくのが鉄則だ。
その時――。
――ギシッ。
二階の方から、床板の軋む音。
「……っ」
背筋に冷たいものが走った。
一階は片付いたはず。となると、まだこの建物の中に“何か”がいる。
二階からの物音に意識を奪われながらも、私は深呼吸して頭を切り替えた。
「……まずは、一階を完全に制圧だ」
逃げたら大量の食料を諦めることになる。それはあまりにも惜しい。
それに、レベルもあと少しで上がりそうだ。
飲料コーナーに足を踏み入れると、鼻を突く匂いがさらに強まった。
棚の前には割れたペットボトルが散乱していたが、奥には未開封の段ボール箱が積まれている。
「水は何本あっても困らない」
未開封のミネラルウォーターを一箱、引きずってカゴのそばに移動させる。
喉が鳴る。これで数週間は飲み水に困らないはずだ。
次にお菓子コーナーへ。
袋菓子はネズミか何かに齧られて穴だらけ。
「鑑定」
【名称:ポテトチップス(のり塩)】
【状態:開封済み。湿気っている】
【備考:食べられなくはないが、おすすめしない】
「そりゃそうだよね」
でも缶入りチョコやドロップは無事。甘い物は貴重だ、ありがたく頂戴しておく。
一息ついて再び二階の階段を見やる。
さっきの軋む音はもう聞こえない。
気のせいか……? いや、匂いが濃くなってきている。あれは二階からだ。
そう思った矢先。
「――ッ!」
レジカウンターの陰から黒い影が飛び出してきた。
生き残りのジャイアントローチ! 一匹だけ潜んでいたのか。
至近距離。鉄パイプを構える余裕はない。弾丸を探す暇もない。
でも――。
「遅い!」
意識が反応し、近くの金属製レジ袋スタンドがふわりと浮き上がる。
次の瞬間、それがゴキブリの頭上へ振り下ろされた。
――ゴシャッ!
鈍い音。黒い巨体が床に沈黙する。
【経験値を獲得しました】
【レベルが上がりました! Lv.5 → Lv.6】
汐見 凪
Lv.6 (+1)
HP: 45/45 (+5)
MP: 1400/1400 (+50)
筋力: 10 (+1)
体力: 12 (+1)
敏捷: 15 (+1)
器用: 19 (+1)
幸運: 180
「よっしゃ、レベルアップ……! しかも近距離でもいけるのか」
物を飛ばすだけじゃなく、振り回すことも可能。
スキルの応用範囲は、まだまだ広がる。
私は荒い息を吐きながら、改めて二階の階段を睨みつけた。
一階は制圧完了。となれば――次は、二階だ。
階段の前に立ち、鉄パイプを握り直す。
「……次は二階だな」
一歩踏み出すたびに、鼻を突く腐臭が濃くなる。
ただの食品が腐った匂いじゃない。もっと生臭く、獣臭い。背筋が寒くなる。
二階にたどり着き、壁際からそっと覗き込む。
そこに広がっていたのは、かつての衣料品売り場――の、成れの果て。
棚やマネキンや服が無造作に積み上げられ、バリケードのような巣ができている。
床には動物の骨が散乱し、空気は重く淀んでいた。
「……最悪」
吐き気を堪えつつ視線を奥へ向ける。
積み上げられたレジ台。その上に――ソレはいた。
人間より一回り大きい体格。緑色の肌。潰れた鼻。突き出た牙。
そして手には、場違いな錆びついた手斧。
「……嘘だろ」
震える声が漏れそうになる。慌てて口を押さえた。
鑑定。
【名称:ホブゴブリン】
【レベル:8】
「……は?」
目を疑う。
ゴブリンですらまだ見てないのに、いきなり上位種?
中ボスクラスが、最初のダンジョンから出張ってくるなんて聞いてない。
「この世界、チュートリアルって概念ないの……?」
レベル8。今の私より二つ上。
さっきまでの「意外とイージーモードかも?」という考えが一瞬で吹き飛ぶ。
背中に冷たい汗が流れ、じりじりと後退しようとした、その時。
――グルルッ。
玉座の怪物が低く唸った。
豚のような鼻をひくつかせ、醜悪な顔をこちらへ向ける。
そして。
目が合った。




