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スーパーマーケット攻略戦

翌朝。

私は郷土資料室の長机の上で目を覚ました。


……いや、正直「眠った」というより「気絶していた」と言った方が正しい。

硬い机に腕を枕にして。首も肩もバキバキ。

ベッドの柔らかさを思い出して、ちょっと泣きたくなった。


けど、山を下りてきた初日で、これだけ安全な拠点を確保できたのは奇跡だ。

「やっぱ私の幸運ステータス、仕事しすぎじゃない?」

誰に聞かせるでもなく、苦笑いがこぼれる。


「……さて」


凝り固まった体を伸ばして起き上がる。

窓から差し込む朝日が、部屋の埃をきらきら照らしていた。

静かな朝。鳥の声もしない。車の音もしない。ネットももちろん繋がらない。


以前の私なら、この静けさに絶望してふて寝していただろう。

でも今は違う。

「やること、山ほどあるんだよね」


昨日のロッカー戦利品――乾パンの缶を開け、ひとつ口に放り込む。

ほんのり甘い味が広がり、空っぽの体にカロリーが染み渡っていくのが分かる。

「……世界一ありがたい朝ごはんだ」


一階のカウンターに、昨日手に入れた町の詳細な地図を広げる。

今の私にとって、これは“ゲームマップ”そのもの。


「現在地、市立図書館」

赤ペンでぐりぐりと丸を描き、セーフゾーンをマークする。


そして、最初の目的地。今日のメインターゲットは――北西一キロ、駅前のスーパー。


「問題はルートだよな」


指先で道をなぞる。

一本目は大通り。広くて見通しがいい。敵を早く発見できるメリットはあるが、私の姿も丸見えになる。

もう一つは住宅街を抜ける裏道。建物を盾にできる分、角からの奇襲が怖い。


「……よし。大通りだな」


私のスキルは遠距離型。開けた場所で先手を取る方が向いてる。

裏道で出会い頭に襲われたら、たぶん即終了だ。


次に装備チェック。

鉄パイプを取り出し、『鑑定』を唱える。


【名称:スチールパイプ】

【状態:良好】

【備考:硬くて重い。殴る、投げるに適している。先端を削れば槍になるかもしれない】


「お、備考が増えてる。これが鑑定Lv.2の効果か」


さらに乾パンも調べてみる。


【名称:乾パン(缶詰)】

【状態:良好。食用可】

【カロリー:約400kcal】


「カロリー表示まで!ありがたすぎる」


鑑定スキル、育て甲斐あるな。これからのサバイバル生活で、めちゃくちゃ役立ちそうだ。


最低限の食料と水をリュックに詰め、鉄パイプを片手に通用口へ向かう。

閂を外し、深呼吸。


昨日までは、ただの引きこもり作家。

でも今日からは、この終末世界を生き抜く“サバイバー”だ。

……まあ、言っててちょっと恥ずかしいけど。


「よし、行くか」


図書館を出ると、生暖かい風が髪を揺らした。

皮肉なくらい青く澄んだ空。こんな穏やかな天気なのに、人の気配だけが欠けている。


私は昨日拾ったママチャリにまたがり、ペダルを漕ぎ出した。

目的地は、駅前のスーパー。ルートは大通り。


ギィ……ギィ……。

自転車の軋む音と、自分の呼吸だけがやけに大きく響いていた。


途中、乗り捨てられた黒いセダンが目に入る。

試しに鑑定。


【名称:国産メーカーのセダン】

【状態:不動。ガソリン残量なし】

【備考:タイヤはまだ使えそう】


「なるほど。ガス欠か」


それでも“まだ使える部品”の情報はありがたい。

いつか移動手段を確保するときに役立つかもしれない。


周囲に警戒を向けながら進む。

屋上、路地、車の陰……どこに何が潜んでいるか分からない。

不意打ちを食らったら、いくらスキルが強くても即死エンドだ。


けれど、スーパーまでの道中、動く影は一つもなかった。

巨大ネズミも、インプも、スライムも。姿を見せることなく。


「……静かすぎる」


嵐の前の静けさ? それとも、この辺りを支配するもっと強い奴がいるのか。

嫌な想像ばかりが浮かんでくる。


そうしているうちに、見慣れた赤い看板が見えてきた。

『スーパーマーケット セレクト』。今日の目的地だ。


スーパーの手前、建物の陰に自転車をそっと隠す。

ハンドルにぶつかってカランと音を立てそうになり、慌てて押さえ込んだ。

「危ない危ない……ここで騒音出したら即アウトだろ」


身を低くして、スーパーの正面を窺う。

自動ドアだったはずの入口は、見るも無残な状態だった。

ガラスは粉々に砕け、金属フレームはぐにゃりと歪んでいる。


まるで巨大な獣が力ずくでこじ開けたみたいだ。

その奥は真っ暗で、懐中電灯なしでは何も見えない。

そして鼻をつく、甘ったるく腐ったような嫌な匂い。


「……完全にダンジョンの入り口じゃん」


駄菓子屋とはわけが違う。

ここは、敵のテリトリー。安全地帯なんて言葉は通用しない。


深呼吸。意を決して、私は陰から飛び出した。

破壊された自動ドアの残骸をまたぎ、スーパー内部へ侵入する。


途端に腐臭が何倍にも強まり、思わず口元を押さえた。

「うっ……これはキツい……」


懐中電灯を取り出し、スイッチを入れる。

光の輪が暗闇を切り裂き、店内の惨状を浮かび上がらせた。


「……ひどいな、これ」


思わず声が漏れる。

野菜売り場は黒く腐り落ちた何かが床にこびりつき、棚はなぎ倒されて商品が散乱。

床は割れたドレッシングの瓶か何かでぬるぬると光っている。


ためしに鑑定。

【名称:腐敗した野菜くず】

【状態:汚染・有毒】

【備考:近づかない方がいい】


「はいはい、ご丁寧にありがと」

悪態をつきつつ、足元に気をつけながら慎重に進む。


耳を澄ます。

――カリ……カリカリ……。


何かを齧る音が、鮮魚コーナーの奥あたりから聞こえてきた。

バックヤードに続く扉のあたり。


「いるな……」


懐中電灯を向ける。

光に浮かび上がったのは、二匹の巨大な黒い影。


それは――ゴキブリ。

でも、私の知るサイズじゃない。

一匹一匹が子犬ほどの大きさで、艶のある黒い外殻がぬめりと光っていた。


「……うぇ……」

背筋に鳥肌が立つ。見てるだけで胃がひっくり返りそう。


鑑定。

【名称:ジャイアントローチ】

【レベル:4】


「レベル表示きた。これが鑑定Lv.2の力か……」


レベルは私より下。だけど二匹同時。

それにこの見た目のインパクト。正直、スライムより怖い。


でも――やるしかない。

ここを突破しなければ、食料は手に入らない。



私は背負っていた鉄パイプをそっと床に置いた。

「さすがに対ゴキブリに必殺兵器はもったいないでしょ」


代わりに近くの棚から、ずっしり重い缶詰を二つ手に取る。

ラベルにはカレーとかコーンとか書かれていたけど、今は中身なんてどうでもいい。

大事なのは“質量”だ。


「よし、こいつらで十分だな」


指先に意識を集中させると、二つの缶詰がふわりと宙に浮いた。

ぬめる外殻を光らせてカリカリと何かを齧るジャイアントローチたちは、まだこちらに気づいていない。


心臓が早鐘を打つ。背中を汗が伝う。

でも、怖さよりも「今やらなきゃ」という感覚が勝っていた。


「大丈夫。やれる。二度目だってできる……!」


私は深く息を吸い込み、光に照らされた黒い影を射程に収める。

そして――


二つの缶詰を、同時に、射出した。

次回、ホームセンター攻略編です。

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― 新着の感想 ―
女子ならまず生理用品を確保しないと。 安全なトイレも必要。
Gって表面に油膜あって滑るんだが大丈夫かな
鑑定がレベルアップした描写ってどこかにありました?
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