拠点、ゲット!
職員用の通用口に、内側からガチャンと閂をかける。
「……よし。とりあえず、これで外からは入ってこれないはず」
図書館を囲む分厚い壁と、この閂。どっちも頼もしすぎる。
さっきまでの不安が、ほんの少し和らいだ気がした。
私はカウンター裏にあったキャスター付きの椅子へどさっと腰を下ろす。
深く沈み込んだ瞬間、どっと疲労感が押し寄せた。
でも、それは家で腐っていたときの“無気力な疲れ”とは違う。
「……これが、生き延びるための疲れ、ってやつか」
妙に心地いい。
「さて、と……まずは、この図書館の探索から、だな」
計画なんて言うと大げさに聞こえるけど、やることは単純。
安全確認。生活インフラの確認。寝床の確保。
この三つができれば、とりあえず“拠点”と胸を張って言えるだろう。
「最優先は……やっぱ水、だよな」
駄菓子屋のラムネ一本じゃどう考えても心もとない。
私は懐中電灯を手に取り、カウンター裏を探検開始。
すぐに見つけたのは、小さな給湯室。
シンクと電気ポット、戸棚がある、いかにも職員が休憩に使っていそうな場所。
「お、あったあった。……頼む、出てくれよ」
祈るような気持ちで蛇口をひねる。
――ジャーッ。
透明な水が勢いよく流れ出した。
「っしゃああ!!」
思わずガッツポーズ。
山奥の家でも水道は生きてたけど、まさか町中でも健在とは。
電気は死んでるのに、水はちゃんと届く。不思議だ。でも今は理由なんてどうでもいい。
念のためスキルを発動。
「鑑定!」
【名称:水道水】
【状態:飲用可】
【備考:少し塩素の匂いがする】
「……問題なし!」
私は給湯室の隅にあった寸胴鍋(なんで図書館にあるのかは謎)に水を溜め、これで当面の水分補給はクリア。
次は食料だ。
リュックの駄菓子だけじゃ、すぐ尽きるのは目に見えている。
給湯室の戸棚を開けると、中にはインスタントコーヒーと角砂糖だけ。
「……まあ、ゼロよりマシか」
続いて隣の休憩室へ。ずらりと並ぶロッカー。
「……こういうのって、普通なら犯罪なんだよな。いや、今は非常事態だから、許して」
ロッカーを一つずつ開けていく。
ほとんど空だったが――三つ目で大当たり。
「……うわっ」
そこには非常食の山。
乾パンの缶詰、アルファ米、羊羹、カロリーメイト。
ロッカーの主は、相当な防災意識の持ち主らしい。
「……ありがとうございます、名も知らぬ誰かさん」
私は思わず、手を合わせて拝んでしまった。
これで数日は余裕で生き延びられる。
水と食料。最低限の生命線は確保。
残るは寝床だ。
「さすがにカウンター裏で寝るのは無理だしな……」
図書館の見取り図を思い出し、安全そうな場所を探す。
そこで目に留まったのは、二階の奥にある「郷土資料室」。
窓は小さな明かり取りが一つだけ。
ドアは分厚い鉄製で、内側から施錠可能。
中には古い書物や地図が並び、カビ臭いけれど、それも些細な問題だ。
部屋の隅には長机とパイプ椅子。
完璧ではない。けど、今の私には五つ星ホテルより価値のある寝室だった。
「……ふふっ。今日から、ここが私のお城ってわけだ」
ひとりごちて、私は鉄パイプをぎゅっと握りしめる。
まだ図書館には未知の“害虫”が潜んでいるかもしれない。
「……次は、害虫駆除といこうか」
カッコつけて「害虫駆除」とか言ってみたけど、正直かなり気は重い。
あのスライム一匹で心臓バクバクだったのに、まだ何かいるかもしれないとか、胃に穴が開きそうだ。
「でも、やるしかない。夜に寝てる時に『こんばんは』されたら、マジでショック死する」
私は給湯室で見つけた鉄パイプをぎゅっと握りしめる。長さは一メートルほど、ずしりと重い。
これをあの威力で撃ち出したら……想像するだけでちょっとワクワクする。いや、不謹慎なのは分かってる。
「さて、どこから攻めるか」
図書館の見取り図を思い浮かべる。
一番怪しいのは地下の閉架書庫。窓もなくて、暗くて、湿っぽい。セオリー的に“ボス部屋”感が漂っている。
怖いけど、先に片付けた方が安心できるはずだ。
懐中電灯を片手に、私は地下へ続く階段を一歩一歩下りていく。
ひんやりとした空気が肌を撫で、カビと古い紙の匂いが鼻を刺す。その中に混じって、獣臭のような匂いがした。
分厚い扉を開けると、そこは巨大な本の迷宮。
高い天井まで伸びる本棚が、狭い通路を作って並んでいる。
懐中電灯の光を奥へ向けた、その瞬間。
――キィッ! キィキィッ!
甲高い鳴き声とともに、闇の中から複数の赤い光が浮かび上がる。
「……げ、ネズミか」
でも普通のネズミじゃない。
猫並みに巨大化して、目は赤く爛々と輝いている。数は五匹。
狭い通路を一斉に突進してくる。速い!
だけど、一直線に来てくれるなら好都合だ。
「よし、まとめて相手してやる!」
私は鉄パイプを構え、意識を集中させる。
『マインド・バレット』!
ふわりと鉄パイプが宙に浮かび、そのまま勢いよく撃ち出された。
ゴォッ!!
空気が唸りを上げる。
凶悪な質量兵器と化した鉄パイプは、突進してくる巨大ネズミの群れへ一直線。
先頭の一匹は頭を砕かれ、後ろの二匹は胴体を貫通されて即死。
四匹目は壁に串刺しになり、最後の一匹だけが残った。
怯んで動きを止めたそいつへ、私は足元のコンクリ片を弾丸代わりに撃ち込む。
ガンッ!
鈍い音を立てて、最後の一匹も沈黙した。
「……ふぅ。終わった」
ほんの数秒。あっけないほどの圧勝。
私のスキル、やっぱり洒落にならないくらい強い。
【経験値を獲得しました】
【レベルが上がりました! Lv.3 → Lv.4】
汐見 凪
Lv.4 (+1)
HP: 35/35 (+5)
MP: 1300/1300 (+50)
筋力: 8 (+1)
体力: 10 (+1)
敏捷: 13 (+1)
器用: 17 (+1)
幸運: 180
「よし、レベルアップ!」
私は壁に突き刺さった鉄パイプを回収し、大きく息をついた。
これで地下は安全になったはず。
でも、図書館の探索はまだ終わらない。
次の舞台は――一階奥にある視聴覚室だ。
私は鉄パイプを担ぎ直し、次の目的地――一階の奥にある視聴覚室へ向かった。
廊下はシンと静まり返っていて、足音だけがやけに響く。嫌な緊張感が背中を撫でる。
ドアを開けた瞬間、空気が変わった。
天井の換気ダクトから入り込んだのか、部屋には三匹の怪物がうろついていた。
背中にコウモリみたいな羽を生やし、手には錆びたナイフ。
「……インプ? ゲームとかでよく見る、あの小悪魔?」
声が震えた。
ネズミやスライムは、まだ“現実の延長”って気がした。
でも、こいつらは違う。完全に空想の存在が、目の前でナイフを振り回している。
私に気づいた三匹は、甲高い奇声を上げて散開した。
一匹は天井へ、残り二匹は左右の机の陰へ。
「なるほど、連携してくるタイプか……」
冷や汗が額を伝う。だが同時に、不思議と心が落ち着いていた。
「遅いよ、そんな動きじゃ」
私は床に散らばっていたCDケースを三枚、ふわりと浮かせる。
「ファンネル、いっけええ!」
心の中で某ロボットアニメの台詞を叫んだ瞬間、三枚のケースは別々の軌道を描き、インプたちへ突き刺さった。
一体は眉間を、残り二体は心臓を。
小さな悪魔たちは悲鳴をあげる間もなく、床に崩れ落ちた。
【レベルが上がりました! Lv.4 → Lv.5】
汐見 凪
Lv.5 (+1)
HP: 40/40 (+5)
MP: 1350/1350 (+50)
筋力: 9 (+1)
体力: 11 (+1)
敏捷: 14 (+1)
器用: 18 (+1)
幸運: 180
「よしっ、また上がった!」
私は息を吐きながら笑った。
このスキル、本当に強い。狙いをつければ必中。威力は弾丸にした物体の硬さと質量に比例。
CDケースですらこれなら……鉄パイプや金属片を使えば、もっととんでもないことになるだろう。
視聴覚室の床を片付けながら、私は確信していた。
「……これなら、生きていける」
ただ生き延びるだけじゃない。
もしかしたら、この世界を攻略して、元の生活に戻ることだって……。
いや、さすがに気が早いか。でも、そのくらいの余裕が出てきたのも事実だった。
私はカウンター裏に戻り、館長室から拝借してきた町の詳細な地図を広げた。
赤ペンで大きくバツをつける。
――市立図書館。ここは、私の拠点だ。
さらに丸をつけていく。
駅前スーパー、総合病院、ホームセンター。
食料、薬、資材。必要なものは山ほどある。
「まずは、この町を攻略してやる」
その言葉は、図書館の薄暗い空気の中で小さく響いた。
私は書架から『サバイバル入門』や『応急手当ハンドブック』を引っ張り出し、机に積み上げる。
チョコレートを一つかじりながら、ペンを握る。
小説を書くためじゃない。
この世界で生き抜くための――「計画書」を作るために。




