強くなるために必要なこと
時間空いてすみませんでした…
9月、仕事が忙しすぎてあまり更新できず申し訳ありませんでした。
感想も沢山書いていただいているみたいで、まだ目を通せていないので空き時間で読ませていただきます。
畑を作ってから、何日かが経った。
季節の進みより、畑のほうがずっとせっかちだ。理由は簡単――生活魔法〈植物〉。このスキルをちょっと使うだけで、作物たちの成長がグンと早まる。
今朝も土の様子を見にいくと、ジャガイモの葉がわさわさと茂っていた。
トマトのほうは、もう小さな青い実がぷっくりと膨らんできている。あと数日もすれば、赤く染まりそうな気配。
「やっぱ、魔法ってすげーな……」
思わず独り言が出る。
でも、ほんとにそう思う。肥料も道具もろくにないくせに、ここまで育ってるなんて、ちょっと感動的ですらある。
朝のルーティンは、大体こんな感じで始まる。
拠点周囲の巡回をして、畑の手入れをして、食事の準備。流れはシンプルだけど、それが逆に心地いい。
拠点の中は、今日も静かで落ち着いている。
ツタで編んだ外壁には苔と布を貼ってあって、断熱も吸音もなかなかのものだ。木材の床もすっかりなじんで、歩くたびにちょっとだけ軋む音も、今では生活音の一部になっている。
朝ごはんは、小麦粉を焼いたナンもどきと、昨日作った残りの野菜スープ。
材料はジャガイモとトマトだけなのに、料理スキルを使えば味に深みが出て美味しいのだ。
こういう小さな工夫が、今の私にとってはちょっとした贅沢だ。
焼き上げたナンもどきをスープにひたして食べてみる。
「うまぁ…!」
(この生活、意外と悪くないかもしれないなぁ)
ふと、そんなことを思っていたその時だった。
視界の端に、ふわりと浮かぶファンネルが四本――そう、四本だけ。映り込んできた。
「……やっぱり、気になるな」
本来は五本。たった一本足りないだけなのに、それがずっと、どこか不完全に感じる。
見た目のバランスが崩れるのもそうだけど、それ以上に、“壊された”という事実が、地味にじわじわくる。
(あのとき拠点を襲ってきた連中……)
ファンネルの一本は、あの時の戦闘で壊された。
即席の自作武装で、どこまでやれるかなんて、最初から分かってたことだ。
「どうせ作り直すなら、今度はちゃんとした素材で作りたいよね」
ちゃんとした武装を、ちゃんと自分の手で作りたい。
(でも、いい素材ってだいたい……強いモンスターが持ってるんだよね)
つまりは、狩りに出るしかないってことだ。
それに――ここ最近、ずっと拠点の整備ばかりで、戦闘は避けてきた。レベルも25で止まったまま。そろそろ、自分のために時間を使うべきだ。
「よし、今日からは拠点の強化じゃなく、自分の強化をモットーでいこう」
パンをかじりながら装備を整え、外へ出る。
朝の空気はひんやりとしていて、ちょっと気が引き締まる。
隣の工房から、カン、カン、と金属を叩く音が聞こえてきた。
リクが、いつものように作業を始めている。
彼がひょいと顔を出して声をかけてきた。
「よう。早いな。今日はどうすんだ?」
「ちょっと、素材探しに行ってこようかと」
「お、何か作るのか?」
ちょっとだけ迷ってから、素直に話すことにした。
「うん。前にね、ちょっと厄介な連中とやり合って。ファンネルの一本、壊れちゃったんだ。だから、もっと頑丈な素材で作り直したくて」
「なるほどな……そりゃ災難だったな」
リクはそれ以上聞いてこなかった。ただ、軽く頷いただけ。
そういう距離感が、ちょうどいい。気を遣われすぎると疲れるし、無関心すぎても困る。その中間を保ってくれるリクは、案外貴重な存在かもしれない。
「だったら、西区画の外れにある旧植物園に行ってみたらどうだ?」
「旧植物園?」
「ああ。今じゃヤバいモンスターの巣になってるって噂だけど、そのぶん素材はいいのが拾えるかもな」
情報としてはありがたいけど、同時に警戒レベルも跳ね上がるワード。
でも……今の自分に必要なのは、少しぐらい危ない場所かもしれない。
「参考にさせてもらうね。ありがとう」
「くれぐれも気をつけろよ」
軽く手を振りあって彼と別れる。
リクの助言で、目的地は決まった。
西ゲートへ向かう足取りは、思ったより軽い。
(……まあ、出発するにしても、地図くらいは持っとかないと、さすがにマズいよね)
復興地区のセンターは、朝から相変わらずの賑わいだ。
どこを見ても人、人、人。立ち止まったらすぐ後ろから詰まって、前に出れば誰かにぶつかる。そのくらいの混雑。
その中で、やたら目立つ集団がいた。
背中にごつい武器、袋にはモンスター素材らしき物。トゲとか爪とか、素材っていうより凶器のかけらに見えるようなのを抱えて、無言で歩いていく。
(……あれが、“開拓者”って呼ばれてる人達か)
この街に来たばかりの頃にも、ああいうのを見かけた。
資材を持ち帰ってくるとか、街の発展に貢献してるとか……まあ、言い方はいろいろあるけど、要は危ない仕事をやってる人たちってことだと思う。
あとはレベリング目的の人もいるだろう。
混雑をかき分けて、受付窓口のひとつに並ぶ。
開拓者用らしいけど、外に出たい人もここで手続きをする決まりらしい。
順番が来て、声をかける。
「すみません。壁の外に出たいんですけど」
対応してくれたのは、眠そうな目をした中年の職員だった。
机の上の書類の山を見る限り、寝てないのか、やる気がないのか、あるいはその両方なのか……まあ、余計な詮索はやめておこう。
「外出申請ね。……素材探しか?」
「はい。少し、集めたいものがあって」
「ふーん、そっか。じゃあまず名前をここに」
差し出された用紙にペンを走らせる。
筆記欄に、自分の名前を静かに記入する。
――汐見 凪。
その名前を見た瞬間、職員の目が少しだけ見開かれた。
そして、私の顔と名前を、興味深そうに何度か見比べる。
「……あー、君が“幽霊”って呼ばれてる子か」
「幽霊……?」
「西から一人で来て、フード深めに被ってて、誰ともほとんど話さないってんで。姿を見たと思ったらすぐいなくなるから、“幽霊”。それで定着しつつあるみたいだよ」
(そんなあだ名、知らなかった……)
でも、言われてみれば確かに。
リク以外とちゃんと会話した覚え、あんまりない。
「まあ、変な意味じゃないよ。目立つってだけ」
「……別に気にしてません」
言ったものの、ちょっとだけ気になるのは否定できない。
「で、その“幽霊”さんが素材探し、と。……目的地、分かってる?」
「一応、旧植物園に行こうと思ってて。でも、詳しい位置は分からないので、地図があればほしいです」
「だと思った」
苦笑を浮かべながら、職員はカウンターの下から地図を一枚取り出す。
使い込まれて角の丸くなった紙。広げると、見慣れない記号がいくつか記されていた。
「これが西区画の最新版。赤い×印は、危険度高めだよ」
「……なるほど」
「で、ここ。旧植物園。ヤバいモンスターが巣作ってるって噂でね……ま、気をつけて」
「ありがとうございます。参考にします」
地図をきれいに折りたたみ、丁寧に受け取る。
職員はそれ以上何も言わず、私は頭を軽く下げて受付を後にした。
西ゲートでは、警備兵が無表情で立っていた。
身分証と外出許可証を差し出すと、黙って受け取り、確認してから返してくれる。
巨大な金属の扉が、ギィ……と音を立てながら、ゆっくりと開いていく。
「……無事に帰ってこいよ」
短く投げかけられた言葉に、私は一拍おいてからうなずいた。
そのまま、外の空気の中へと足を踏み出す。
背後の街の喧騒が遠ざかって、代わりにぬるい風と、土と草と魔力の匂いが混ざった空気が、顔に触れる。
(やっぱ、こっちのほうが落ち着くかも)
一人きりで、静かに進む時間。
誰にも話しかけられず、好きなペースで歩ける時間。
私は地図を開きながら、目的地――旧植物園へ向かって歩き始めた。
拠点強化パートが長かったので、しばらく凪成長パートになります。