畑を作ってみました
少し長めです
私は苔のベッドの上で、ぼんやり天井を見上げていた。
寝不足ってほどじゃないけど、昨日の夜はスキルの実験から家具づくりまでぶっ通しで作業してたせいか、なんとなく体が重い。
「ふぁ……昨日あれだけ動いたのに、朝ってちゃんと来るんだよなあ……」
自分の声に答える人はいない。いるのは、静かな復興区と、植物スキルに全振りした私だけ。
でも、だからこそやらなきゃいけないことは山ほどある。
「うーん……まずは、前にリクに言われたガレージの壁補強、やっちゃおうか」
私はローブを羽織って、拠点を出た。
カン、カン。
聞き慣れた金属音が聞こえてくる。リクは、もう作業に入っているようだ。
「おはよう、リク」
「お、おう。早いな」
顔を出した彼は、相変わらずぶっきらぼうだ。でも、挨拶してくれるだけで、ちょっと安心する。
私はすぐに本題に入る。
「前に言ってた壁の補強、やっちゃうね。約束通り」
「助かる。……あー、でも、無理すんなよ。こっちでもやってるし」
「ううん、大丈夫。昨日も試してたから、その延長みたいなもの。ね、ヨツバ」
私は軽く腕に絡んだヨツバに呼びかけた。ツルがぴくりと反応する。
ヨツバのツルが伸びていき、ガレージの隙間だらけの壁に這い始める。
数秒のうちに、鋭い棘をもった蔦の壁が成形され、まるで防御陣地のような見た目に仕上がっていく。
仕上げに『生活魔法』で強度を補強。棘もピカピカにしておいた。
これで、夜中に何か来ても安心だろう。
「…………」
リクは手にしていた金槌をぽとりと落とし、ぽかんとその様子を見ていた。
「す、すごいな……。材料も使ってねぇのに……。俺が一日かけてやる作業を、数分で仕上げるとか……なんつーか、もう、別の職業レベルだな……」
「ヨツバが優秀なの。私は命令してるだけ、っていうか、むしろ楽させてもらってる側」
作業が一段落したので、私は踵を返す。
「おい、待てよ!」
リクが声を上げて、奥からずしりと重い布袋を担いできた。
「これは、俺からの礼だ。受け取ってくれ」
「えっ、いや、そんな……これはベッドフレームのお礼も兼ねてだったし……」
「いいんだよ。こういうのは気持ちだ。お互い様ってことでな」
彼は、袋をドサリと私の目の前に置く。
覗き込むと、ジャガイモ、ニンジン、トマトが入っている。
「俺のとこでちょっとだけ育ててたんだ。家庭菜園ってほどじゃねぇけどな」
「いやいや、それでもすごいよ……! 正直、今めちゃくちゃありがたい。これがあれば――」
私は、ふと思いついたことを口にした。
「――畑、作ろうかなって思ってたところだったんだ。これ、ちょうどよすぎる」
「へえ、畑か。……やれるのか?」
「うん、たぶん。スキルが植物寄りだからね。土を作るのはまだこれからだけど……やってみる価値はあると思ってる」
「ほぉ。なんか、ちゃんと考えてるんだな」
「え、それ褒めてる?」
「どっちでも。まあ、期待してるよ。お隣さん」
「ほんとに、ありがとう。大事に育てるから」
「おう。豊作になったら、ちょっと分けてくれよ」
「うん、もちろん」
どうせなら、料理もできるようになりたい。
そのときは、誰かと一緒に食べるのも悪くないかも――そんなことを思いながら、私は袋を抱えて自分の拠点へと足を向けた。
拠点に戻るなり、私は野菜袋を机の上にそーっと置いた。
袋の中から、コロコロと転がり出る色とりどりの野菜たち。
ジャガイモ。
ニンジン。
そして、ぷっくり赤くてつややかなトマト。
「うわぁ……これはテンション上がるなぁ……!」
ひとつずつ手に取って、重さや質感を確かめていく。
土の匂いが残っていて、どれもまだ生きている感じがする。
「――でも、食べちゃダメ。育てるんだからね」
思わずトマトを撫でながら言い聞かせる。
リクに貰ったこの野菜たちは、私にとって“資産”だ。
うまくいけば、ここから数倍に増やすことだってできる。
「……とはいえ、私、農業なんて一度もやったことないんだよね」
ベランダ菜園すらしたことないし、野菜の育て方なんて、学校の理科実験でカイワレを観察した程度。
さすがにそんな経験は通用しないだろう。
「よし……こういう時こそ、本の出番だ」
私は立ち上がって、拠点の片隅にある簡易書庫――昨日作った本棚の前へ向かう。
ぎしぎしと鳴る床を踏みしめながら、背表紙をなぞるように目で追っていくと、すぐに目当ての一冊が見つかった。
『やさしい家庭菜園入門』
タイトルからしてもう優しい。
私はその本をそっと取り出し、両手で胸に抱えて机へ戻った。
椅子に座ってページを開く。紙は少し湿っていて、ところどころシミもあるけど、文字はちゃんと読める。
土の作り方。
種の取り方。
水やりの頻度。
日照と影。
害虫対策。
「へえぇ……種は“乾かして保存”が基本なんだ……水やりも、やりすぎると逆効果……」
ページをめくりながら、わからない言葉に指を当てる。
「鑑定」
一瞬のラグのあと、視界の端に淡いウィンドウが浮かび上がる。
そこには、単語の意味、補足解説、さらに図まで添えられている。
この“本の文字に鑑定スキルが使える”って事に気づいたのは、掃除中に拾った古い新聞の見出し――
単語が気になって、試しに鑑定したら、バッチリ解説が出てきた。
「これ、最強の読書補助スキルじゃん……!」
思わず声に出してそう呟いたら、ちょうど近くを歩いていた通行人に怪訝な顔をされた。
あれは恥ずかしかった。でも、気づけた自分を今でも褒めたい。
30分ほど経った頃――頭の中にアナウンスが響いた。
【繰り返し熟読することで、条件を満たしました】
【スキル『土壌改良 Lv.1』を取得しました】
【スキル『栽培 Lv.1』を取得しました】
椅子から立ち上がって、勢いよくガッツポーズを決めた。
私はすぐにステータス画面を開いて、新しく覚えたスキルを確認する。
【土壌改良 Lv.1】
効果:石や砂礫の多い土地に、MPを消費して有機物などを生成し、植物が育ちやすい土壌へと変化させる。
【栽培 Lv.1】
効果:作物の成長を助け、収穫量をわずかに増加させる。病気や害虫への耐性も少しだけ上昇する。
「地味だけど……これは強い……!」
爆発力はない。でも、こういうスキルこそ、生き延びるためには一番重要なんじゃないかって思う。
目の前の野菜たちも、どこか誇らしげに見えた。
「よし。準備は整った。あとは畑の用意か…」
私はローブの裾を払って、机の下に蹴り込んでいたスコップを手に取った。
目指すは拠点の片隅――瓦礫と砂塵にまみれたスペース。
……が、そこは想像以上に荒れていた。
「うわ……ここ、思ったより酷くない?」
地面のあちこちに、崩れたブロック片や金属片、よく分からない機械の残骸がゴロゴロしている。
まるで廃墟の吹き溜まり。いや、実際廃墟なんだけど。
(でも、逆に言えば――ここを片付ければ、それだけ“私の領土”が広がるってことだよね)
私は腰に手を当てて、息をふーっと吐く。
「よし、やりますか。掃除って、地味だけど気持ちいいんだよね」
さっそくファンネルを呼び出し、大きめの瓦礫を持ち上げる。
浮遊する鉄杭たちは、魔力の糸でつながっているかのように、私の意志に応えて動く。
「そっちはヨツバ、お願い!」
ヨツバの蔦がしゅるしゅると伸び、レンガを優しく巻き取って、脇へどけていく。
無理やり引っ張るんじゃなくて、柔らかく、でも確実に――それが彼(?)の持ち味だ。
「これが文明の力……じゃなくて、植物の力。うちの子、賢いでしょ」
ひとりでににやけながら、汗をぬぐう。
地道な瓦礫除去作業を続けること、小一時間。
ようやく、地面の輪郭が見えてきた。
土は固く締まっていて、ところどころ雑草も生えているけど、これなら“魔法の出番”だ。
私は地面に片膝をつき、掌をそっと土に触れた。
「――スキル発動。土壌改良」
魔力がじわじわと流れ込んでいく。
すると、土がほろほろと崩れて柔らかくなり、黒く湿った養分を含む“耕地”へと変わっていった。
「うおぉ……すごっ。こんなに変わるんだ……!」
あっという間に、石ころだらけだった地面が、ふかふかの畑の土へと変貌していく。
触れると、熱を持っていて、なんとなく生命を感じる。
私は手をパンと打って立ち上がり、畝を作るためのスコップ作業に入った。
完璧な形は目指さない。
まっすぐな線? 無理無理、目分量でいい。
雑草? まあ多少は共生してもらう方向で。
「……オーガニックだから。ナチュラルファームだから、これでいいの」
なんて言い訳をぶつぶつ唱えながら、私なりの「畝もどき」を3本作る。
そこに、今日貰ったトマトやジャガイモの種を大事に埋めていく。
ヨツバがそばでツルを揺らす。たぶん応援してくれてる。
植え終えた後、私は少し離れた位置から畑を眺めた。
――まだ未完成だけど、確かに、ここに農地ができた。
スキルや魔法があっても、全部が一瞬で片付くわけじゃない。
でも、少しずつなら確実に変えられる。
(次は、水の確保と……あと、栄養か。コンポストとか必要になるかも)
水路の引き込み。
食べ残しや落ち葉の再利用。
さらに、種の確保。品種の多様化。
私は土まみれの手を見つめてから、ポンポンと払って立ち上がる。
拠点の扉を開けると、夕暮れの光が部屋を包み込んでいた。