私の相棒、有能すぎ?
ヨツバ活躍回です
翌朝。
私は、簡易的なバリケードの中で目を覚ました。
昨夜、最低限の安全を確保するために、ファンネルで動かせるだけの瓦礫を積み上げて作った、即席の壁だ。
レーションをかじりながら、目の前の光景を改めて見つめる。
うん。見渡す限りの、瓦礫の山。
腕に絡みついた相棒――ヨツバをそっと撫でる。
「ちょっと大変そうだね、ヨツバ」
心の中で語りかけると、ヨツバは応えるように、私の指にツルをきゅっと巻き付けた。
まずは、今夜、屋根のある場所で眠るためのスペース確保が最優先。
私はMPを練り上げると、四本のファンネルを起動させた。
「――まずは、あのコンクリート塊から」
狙いを定めたのは、一番大きな瓦礫。
ファンネルを下に潜り込ませ、てこの原理で持ち上げる。残りの二本で、横から支えて、ゆっくりと……ゆっくりと、外に運び出す。
まるで、巨大なUFOキャッチャーを操作している気分だ。
ただ、違うのは、失敗しても笑えないことと、MPゲージが目に見えて減っていくことくらいか。
そんな地道な作業を、数時間。
なんとか入り口付近は片付いたけど、まだ全体の十分の一も終わっていない。
MPはもう半分以下。集中力も、さすがに限界が近い。
(……ダメだ、これ。埒が明かない)
一度にやろうとしすぎた。長期戦を覚悟しないと、こっちが先に参ってしまう。
私はファンネルをアイテムボックスにしまい、ふぅ、と息を吐いた。
(……ちょっと、休憩。頭を冷やそう)
こういう時は、別のことをして気分を切り替えるのが一番だ。
私は、昨日見つけた本棚へと目を向けた。
幸い、本棚は頑丈なスチール製だったらしく、倒れずに残っている。
私は瓦礫を乗り越え、その本棚に近づいた。
並んでいたのは、植物図鑑や、園芸入門、建築デザインの本。
その中から、一番綺麗そうな一冊を抜き取る。
『美しい庭園デザイン集』
(……今の私に一番足りないもの、全部入りって感じ)
思わず、乾いた笑いが漏れた。
この殺伐とした世界で、庭園デザイン。最高の現実逃避じゃないか。
私は、瓦礫に腰を下ろし、ゆっくりと本のページをめくり始めた。
美しい芝生の庭。レンガ造りの小道。季節ごとに咲き誇る、色とりどりの花々。
ページをめくるたびに、私のささくれた心が、少しずつ癒されていくのが分かった。
どれくらい、そうしていただろう。
私が、本の世界に完全に没頭しきっていた、その時だった。
【繰り返し熟読することで、条件を満しました】
【スキル『植物活性 Lv.1』を取得しました】
頭の中に響いたアナウンスに、私はぱちりと瞬きをする。
(スキル……? まさか、息抜きに読んでいた庭園デザイン集で、なんて。完全に意図してなかったけど、これは嬉しい誤算だな)
私がそんなことを考えていると、さらに驚くべきことが起こった。
腕に絡んでいたヨツバが、眩い緑色の光を放ち始める。
【主が親和性の高いスキルを取得したため、従属モンスター『ヨツバ』が進化します】
【ヨツバが、固有スキル『創生建築〈茨〉 Lv.1』を取得しました】
「……ヨツバが、進化?」
私は、すぐさまヨツバのステータス画面を頭の中に展開する。
確かに、そこには新しいスキルが追加されていた。
『創生建築〈茨〉:術者の命令に従い、魔力を糧として、防御や拘束に適した強固な茨のツルを自在に生成・操作する』。
私が、そのスキルの詳細を分析している、まさにその時だった。
「よっ。あんたが、昨日噂になってた生存者だろ?」
不意に、すぐ近くから声がした。
見ると、隣の廃墟から、一人の青年がひょっこりと顔を出している。年は、十七、八くらいだろうか。
「俺はリク。隣で作業場作ってるんだ。さっきの光、あんたのスキルか? なんか、すげえ光ってたけど」
「……まあ」
私が短く答えると、リクは気にした様子もなく、話を続けた。
「まあ、何か困ったことがあったら言えよ。俺、ここじゃあんたより先輩だからさ」
彼は、少しだけ得意げに胸を張る。
(……なるほど。先輩、か)
「新入りは、色々分かんねえことも多いだろ。例えば、水の配給場所とか、夕方の食料配給の時間とか」
「……助かる」
「だろ? ま、そういうこった」
リクはぶっきらぼうにそう言うと、満足したように自分の作業場へと戻っていった。
……意外と、悪い奴じゃなさそうだ。
私は、少しだけ緩んだ口元を隠すように、再びヨツバのステータスへと意識を戻した。
さて、と。
あの背伸びした先輩――リク君が帰ったところで、私は目の前の問題に意識を戻す。
ヨツバが手に入れた、新しいスキル。
『創生建築〈茨〉:術者の命令に従い、魔力を糧として、防御や拘束に適した強固な茨のツルを自在に生成・操作する』。
防御と拘束……。でも、このスキル、よく読めば「強固な茨のツルを自在に生成・操作する」って書いてある。
それってつまり……。
撤去する、じゃない。創ればいいんだ。
植物を、全部新しい家の土台にしちゃえばいいんだ!
その結論に至った瞬間、私は興奮で体が熱くなるのを感じた。
私は、腕に絡んでいたヨツバをそっと地面の中心に置く。
ヨツバも、これから何が始まるのかを察しているみたいに、その先端を期待に震わせている。
「ヨツバ、『創生建築』! 私のイメージ通りに、やってみて!」
私の命令に、ヨツバが応える。
その体から、何本もの新しいツルが芽吹いて、まるで緑色の蛇みたいに地面を走っていった。
ツルは、瓦礫の隙間へと潜り込み、崩れかけた壁に絡みついて、がっちりと補強していく。床のコンクリートの裂け目を、まるで血管のように覆っていく。
私はMPを供給しながら、頭の中の設計図をヨツバに送り続けた。
壁はこう、屋根はドーム状に……。
ヨツバのツルは、まるで私の手足のよう。正確に、そして猛烈な勢いで成長していく。
もはや、これは『作業』じゃない。私とヨツバの、初めての共同作業……ううん、『創造』だ。
どれくらい時間が経っただろう。
MPが尽きかけて、ふらりとしたところで、私はヨツバにストップをかける。
目の前に広がる光景に、私は思わず「うわ……!」と声をもらした。
図書館の廃墟は、完全に新しい姿へと生まれ変わっていた。
元あった壁や瓦礫を内側に取り込んで、全体が、美しい緑の茨で編まれたドーム状の家になっている。隙間から差し込む西日が、まるで木漏れ日のように、キラキラと床を照らしていた。
壁一面を覆う鋭いトゲは、最高の防犯機能にもなってくれそうだ。
「ヨツバ……お前、こんなこともできるのか…」
もはや私より働いているまである。
一日で、たった一人と一匹で、家を建てちゃった。
腕に戻ってきたヨツバを、私は優しく撫でる。
ただの拠点じゃない。
ヨツバと一緒に、ゼロから創り上げた、私たちの家だ。




