瓦礫の中の図書館、ふたたび
昨日更新ができず申し訳なかったです…
昨日の夕暮れにあの光を見てから、夜通し走り続けてきた。
道中、モンスターの気配を察知しては慎重に避け、ルートを確認する。
さすがに疲労は溜まるけど、あの光が本物だったという確信が、私を支えてくれていた。
そして、翌日の朝。
目の前に広がる光景に、私は足を止めた。
「へぇ。これはまた……」
高さはビルの三、四階くらいだろうか。とんでもなく高いわけじゃない。
でも、その壁は左右の見渡す限り、どこまでも真っ直ぐに伸びている。そして何より、その独特な造りに興味をそそられた。
私が知っている、どんな建物とも違う。
土台になっているのは高速道路の壁やビルの鉄骨といった、旧世界の素材。
でも、それらを繋ぎ合わせているのは、明らかに未知の技術だ。
コンクリートの隙間を、巨大な蔦が補強材のように巡っている。鉄骨には、青白い鉱脈が新たな装甲みたいに融合していた。
旧文明の遺物と、新しい自然、そしてスキルの力。
異なる要素が、不思議なバランスで組み上げられている。
私は、目の前の壁に意識を集中し、スキルを使った。
【備考:土木系、植物操作系、錬金術系スキルを持つ者たちの協力によって建造された。物理的、魔法的双方に極めて高い耐久性を誇る】
(……なるほど。基本ソロプレイの私には縁遠い話だけど、スキル持ちが協力すれば、こういうことも可能なのか。スキルって、本当に何でもアリなんだな)
逸る気持ちを抑え、まずは状況確認。不用意に飛び込んで、厄介ごとに巻き込まれるのは御免だ。基本に忠実でいこう。
私は近くの半壊したビルの屋上へ、静かに登った。
瓦礫の影に身を隠し、双眼鏡でゲートを覗く。
三十分ほど観察して、私は納得して頷いた。
(……うん、大丈夫そうだな)
ゲートからは、様々な人たちが出入りしていた。
いかにも手練れといった風の武装した人たち。彼らが街の資源を確保する、いわゆる戦闘職なんだろうか。
大きな荷車を引いた一団は、門のところにいる見張りの男と和やかに談笑している。
どうやら、ここは危険な無法地帯というわけではなく、ちゃんと社会として機能しているらしい。
よし、中に入ろう。
ただ、問題は私の武装か。
ローブ自体は珍しくないけど、やっぱり宙に浮いたままのファンネルが物騒すぎるか。よし、これはアイテムボックスに仕舞っていこう。
私はそう決めると、四本のファンネルをアイテムボックスへと収納した。
念のため、ローブのフードを目深に被り直し、『隠密』スキルで自分の気配を抑える。
そして、朝の人の流れに、そっと紛れ込んだ。
(よし)
巨大なゲートをくぐり抜けると、そこは土嚢とバリケードで固められた検問所になっていた。
旧型のOD色の作業服を模した制服を着た若い男性が、背筋を伸ばしてこちらに歩いてくる。
その動きには、民間人とは違う、訓練された者の無駄のなさが感じられた。
「こんにちは。私はここの警備を担当している者です。まず、お名前と、どちらから来られたか教えていただけますか?」
丁寧だけど、マニュアル通りではない、落ち着いた声。彼は私を警戒しつつも、生存者として扱ってくれているのが分かった。
「……汐見、凪です」
(どこから、か。元々の家は奥多摩だけど、最近までいたのは青梅の……いや、全部を話す必要はないか)
「……西の、青梅市からです」
「青梅……ですか? 徒歩で?」
私の言葉に、男性は少し目を見開いた。
「はい」
「……あのあたりの街道は、モンスターの巣だらけだと聞いていますが……それを、お一人で?」
「はい」
私の短い肯定に、男性は絶句した。彼の後ろにいた仲間たちも、こちらの会話に気づいたらしく、息を呑む気配が伝わってくる。
「……信じられん」
男性が、思わずといったふうに呟いた。彼の私を見る目が、単なる「保護すべき生存者」から、驚きと敬意が入り混じったものへと変わっていく。
「……申し訳ありません、少し、お待ちいただけますか。すぐに、上の者を呼んできます」
彼はそう言うと、慌てた様子で詰所の中へ駆け込んでいった。
遠巻きに見ていた街の人たちが、ひそひそと噂を始める。
「おい、今の聞いたか?」「青梅からだってよ」「一人で……? 嘘だろ」
すぐに、先ほどの男性が、階級章らしきものを付けた、少し年上の男性を連れて戻ってきた。
「君が汐見さん、で間違いないかな?」
「……はい」
「私は、ここの管理を担当している。話は聞いた。信じがたいが、君が無事なのが何よりの証拠だ。よく……本当によく、ここまで来てくれた」
年上の男性は、心からの敬意といった表情で、私に深々と頭を下げた。
その真摯な態度に、私はどう反応していいか分からず、ただ小さく頷く。
「まずは、旅の疲れを癒してほしい。……だが、その前に、君の話は我々にとって非常に重要だ。西の状況について、君が知っていることを教えてほしい。もちろん、無理強いはしない」
「……分かりました。お話しします」
私の返事に、彼は安堵の表情を浮かべた。
「ありがとう。では、街の中央にある『センター』までご案内しよう」
私は、年上の男性――管理官と名乗った人に案内されて、街の中央にあるという『センター』へ向かうことになった。
彼の後ろをついて歩いていると、周りの人たちからの視線が突き刺さるのが分かる。
「あれが……」「青梅から来たって……」
そんな囁き声が聞こえてきて、私は思わずフードを深く被り直した。こういう注目は私にはちょっと、いや、かなりキツい。
センターは、この街では一番大きくて立派な建物だった。
ガラスはほとんど割れてしまっているけど、構造自体はしっかりしているようだ。
中は、まるで災害対策本部みたいになっていた。制服を着た人たちが忙しそうに行き来し、壁には大きな地図が何枚も貼られている。
「詳しい話は後日、改めて聞かせてもらうよ。今日は長旅で疲れているだろう」
管理官はそう言うと、近くにいた女性の隊員に声をかけた。
「彼女に、居住エリアの説明をしてあげてくれ」
女性隊員に案内されたのは、大きな机が並ぶ一角だった。彼女は一枚の地図を広げ、壁際に近い一帯を指で示してくれる。
「こちらが、新しく来られた方のための居住エリアになります。エリア内の、主のいない建物や安全なスペースは、基本的に早い者勝ちでご自身の拠点として使用していただいて構いません」
「自分で探すんですね」
「はい。資材や工具など、最低限のものは配給所でお渡しできますが、人手が必要でしたら、センターで依頼を出すこともできますよ」
「分かりました」
私は女性隊員にお礼を言って地図を受け取ると、早速、教えられた居住エリアへと向かった。
そこは、センター周辺の整備された区画とは違って、まだ手付かずの廃墟が多く残っている場所だった。
テントを張って暮らしている人もいれば、半壊した建物を修理して住んでいる人もいる。
どこか、いい場所はないか。
私は、あまり人がいない静かな場所を求めて、エリアの端の方へと歩いていく。
そして、見つけた。
一つの、建物。
瓦礫に半ば埋もれ、壁も一部が崩落している。
でも、その佇まいは、私の足を確かに止めさせた。
そこは、小さな、公共図書館の跡地だった。
(……そっか。また、図書館か)
失ったはずの私の拠点。
それが今、目の前に形を変えて現れた。
運命、なんて言葉はあまり好きじゃない。
でも、こればっかりは何か特別なものを感じずにはいられなかった。
瓦礫の山。崩れた壁。散らかった蔵書。
やるべきことは、多そうだ。途方もない作業になるだろう。
でも、私の口元には、自然と笑みが浮かんでいた。




