見た目は不審者でもいい
目的の場所に着いた時、まだシャドウシーカーはふわふわと浮いていた。
岩陰に身を隠し、そっと様子を窺う。
五体のシャドウシーカーがゆらりゆらりと、空中を漂っている。
不気味というよりは、むしろ幻想的な光景だ。
でも鑑定結果は忘れていない。こいつらはレベル19の格上のモンスターだ。
まずは小手調べ。
私は旋回させていた『マインドジャベリン』の一本を、一番手前にいた一体に向かって撃ち出した。
音もなく一直線に飛んでいく、黒い杭。
――スッとすり抜けてしまった。
ジャベリンはシャドウシーカーの半透明の体を、何の手応えもなくすり抜けた。
まるでホログラムを攻撃したみたいだ。
「ギィ……!」
攻撃に気づいたシャドウシーカーたちが、一斉にこちらを向く。
そしてその体がふっと、影の中に溶けるように消えた。
(消えた!? いや、違う!)
私の『空間把握』スキルが、奴らの正確な「気配」を捉えている。
一体は私の右後ろの岩陰に。
二体は頭上。
そして残りの二体は、正面から回り込むように。
……完全に包囲されている。
影の中から再び姿を現したシャドウシーカーたちが、その口のような部分から一斉に白い息を吐き出してきた。
魔力を帯びた冷気のブレスだ。
(――っ!)
私は咄嗟に四本のジャベリンを、自分の前に集結させる。
そして『魔力操作』スキルで、高速で回転させた。
ブンッという唸りを上げて、黒いジャベリンが即席のプロペラのような盾になる。
そこに冷気のブレスが着弾した。
バキバキバキッと、空気が凍る音。
盾の表面に分厚い氷の膜が張るが、貫通はさせない。
(……なるほど。攻撃は防げる。でもこのままじゃ、ジリ貧だ)
物理攻撃はほとんど効かない。
でも備考にはこうも書かれていた。「魔力を帯びた、外皮を持つ」。
つまりあいつらの本体は、「魔力」そのものに近い存在なんじゃないだろうか。
だとしたら。
(……試してみるか)
私は一つの新しい戦術を、思いついた。
盾にしていた四本のうち、一本の回転を止める。
そして正面から一番近くにいた一体の胴体めがけて、わざとゆっくりと突き刺した。
案の定ジャベリンは、何の抵抗もなく半透明の体を貫く。
――でも、今度はそれでいい。
(――喰らえ!)
私は突き刺したままのジャベリンに、『魔力操作』スキルで自分のMPを叩き込んだ。
私の膨大な魔力がジャベリンを避雷針のように伝って、シャドウシーカーの体内へと流れ込んでいく。
「――ギッ、ギギギギギッ!?」
シャドウシーカーの体が内側から青白い光を放ち、パンパンに膨れ上がっていく。
そして、次の瞬間。
――ボンッ!
鈍い破裂音。
シャドウシーカーは魔力の奔流に耐えきれず、内側から弾け飛んだ。
(……やっぱこいつら、物理攻撃には強くても魔力を直接ぶち込めば倒せる……いける!)
残りは四体。
一体が背後から、冷気を吐きかけてくる。
振り返りもせず待機させていたジャベリンの一本を、そいつの体内に突き刺す。
そして、魔力を解放。
破裂する音。
もう一体が影に潜ろうとする。その影に沈みきる、寸前。
ジャベリンが影ごとそいつを縫い付けた。MPを流し込む。
悲鳴はない。影が霧散する。
残りの二体も、同じだった。
最後の一体を葬り去った時。
頭の中にいつものアナウンスが響いた。
【経験値を獲得しました】
【経験値を獲得しました】
【レベルが上がりました! Lv.18 -> Lv.19】
レベルアップと同時に、体の隅々まで力が満ちてくる。 心地よい全能感に包まれながら、私は自分の新しいステータスを確認する。
---------------------------------------
汐見 凪
Lv. 19 (+1)
HP: 155/155 (+20)
MP: 2200/2200 (+50)
筋力: 48 (+11)
耐久: 59 (+12)
敏捷: 70 (+13)
器用: 83 (+14)
幸運: 180
---------------------------------------
(うん、やっぱり。格上の強敵を頭を使って倒すのが、一番成長が早いな)
この二桁台の成長ブーストにも、もう慣れてきた。
私は満足げに頷き、戦利品の回収へと向かう。
シャドウシーカーたちが消滅した跡地には、ふわりとした黒い布切れとビー玉くらいの魔力核がいくつか転がっている。
【名称:影絹の布】【等級:レア】
【名称:凝縮された魔力核】【等級:アンコモン】
それらをアイテムボックスへとしまい終えた、その時。
頭の中に新しいアナウンスが響く。
【モンスターのレアドロップを確認しました】
(おっ!)
最後に倒した一際大きかった個体の消滅した跡地。
そこに小さな黒曜石のようなイヤリングが、一つ残されていた。
(レアドロップ! しかも素材じゃなくて、装備品そのものだ!)
(イヤリング……。へえ、こういう装備品もあるんだ)
(これなら服や腕甲とは別に装備できる。純粋なプラスアルファの強化……! これはとんでもない、当たりかも!)
私は逸る心を抑えながら、そのイヤリングを拾い上げる。
そして急いで、図書館へと踵を返した。
自分の拠点に戻り、内側から固く閂をかける。
休む間もなくまず、手に入れたばかりのイヤリングを鑑定する。
【名称:影渡りのイヤリング】
【等級:レア】
【耐久+15】
【効果:敏捷+20、スキル『ショート・ワープ』使用可能(消費MP50)】
(ショート・ワープ!? 短距離の瞬間移動スキル!?)
とんでもないチートアイテム、引いちゃったんですけど……!
これさえあれば敵の懐に一瞬で潜り込むことも、逆に絶体絶命のピンチから脱出することも可能になる。
私の生存戦略が根底から変わってしまうほどの、超高性能な装飾品。
私はその小さなイヤリングを落とさないように、そっと自分の耳につけた。
そして。
工房へと向かい、今日もう一つのお目当て。
『影絹の布』を、作業台の上に広げる。
『防具製作』のスキルを発動すると、私の目の前に、半透明のウィンドウが表示される。
【素材:影絹の布】
▼製作可能リスト
・シャドウシーカーのローブ
・シャドウシーカーの手袋
(お、ちゃんとリストまで出てくるんだ。親切設計、ありがたい)
私は迷わず、「シャドウシーカーのローブ」を選択。
影のように黒い布がひとりでに舞い上がり、裁断され縫合されていく。
そしてローブの形がほぼ出来上がった、その時。
目の前に新しいウィンドウが表示される。
▼付属効果抽選中……(幸運値による補正:大)
【SLOT 1:魔法耐性(中)】
【SLOT 2:隠密効果(小)】
【SLOT 3:---】
抽選完了
(うわ、ガチャだこれ! しかも幸運補正で結果が変わるんだ…
昨日腕甲を作った時もこうなってたんだな。見逃してたな……)
やがて光が収まり、私の目の前に一枚のフード付きの深い夜空のような色のローブが完成する。
【名称:シャドウシーカーのローブ】
【等級:レア】
【耐久+25】
【状態:新品】
【効果:魔法耐性(中)上昇、隠密効果(小)上昇】
私はごくりと喉を鳴らし、出来立てのローブに袖を通す。
驚くほど軽くて、滑らかな着心地。まるで影を纏っているみたいだ。
フードを深く、被ってみる。うん、これなら顔も隠せる。
工房の隅に立てかけてあった、姿見の前に立つ。
そこに映っているのは。
深い夜色のローブを身に纏い、顔はフードの影に隠れている。
左腕には黒い翼の腕甲。
耳には黒曜石の長いイヤリング。
そしてその周りを、五本の黒い杭が静かに旋回している。
「…………完全に見た目が、怪しい魔女じゃんこれ」 思わず乾いたツッコミが、漏れる。
(いや魔女っていうか、もはや新種の人型モンスターだよなこれ。他の生存者とばったり出会ったりしたら、問答無用で攻撃されそう)
まあ見た目はともかくとして。問題は性能だ。 私は苦笑しながら、自分の新しいステータスを確認してみる。
---------------------------------------
汐見 凪
Lv. 19
HP: 155/155
MP: 2200/2200
筋力: 48
耐久: 59
敏捷: 70
器用: 83
幸運: 180
(補正値:耐久+53 敏捷+20)
[装備]
・レイザーウィング・ガード(耐久+13)
・影渡りのイヤリング(耐久+15、敏捷+20)
・シャドウシーカーのローブ(耐久+25)
---------------------------------------
(……耐久、えぐいことになってるな)
基礎値の59に、装備の補正値が合計で53。
もうパーカー一枚だった頃の倍近い。
敏捷も基礎値70に、+20のブースト……とんでもない上がり幅だ。
これならもう紙の装甲なんて言わせない。
私は自分の新しい姿をもう一度鏡に映した。
やっぱりちょっと怪しい感じだけど……
全然、悪くない気分だ。
ちゃんとローブの下に服は着ていますので……




