紙装甲なんて言わせない!
翌朝
フライパンの上で生地が、ぷつぷつと気泡を立てながら焼けていく。
甘い香りが図書館の静かな朝の空気に、ふわりと広がった。
今日の朝食はちょっとだけ奮発して、パンケーキだ。
スーパーの戦利品の中にホットケーキミックスの箱を見つけた時は、思わずガッツポーズが出たっけ。
こういうささやかな贅沢がこの世界では、何よりの心の栄養になる。
こんがりときつね色に焼けたパンケーキを皿に盛り付け、スーパーで手に入れた缶詰のフルーツをたっぷりとかける。うん、完璧。
ほかほかのパンケーキを、一口頬張る。
甘くて優しい味が、口いっぱいに広がった。
そんな幸福な朝食の最中、ふと自分の左腕に目をやる。
昨日作ってみた、『レイザーウィング・ガード』。
黒い鳥の翼を模した軽やかな腕甲はデザインも悪くないし、敏捷性が上がるっていうのも地味に嬉しい。
でも、まあこれ一枚で何かが劇的に変わるわけじゃない。
本気で殴られたらたぶん、この腕甲ごと腕がへし折れるだろう。
……うん、やっぱり気休め以上にはならないな。
パーカーよりはマシ。でも、それだけだ。
私の紙みたいにペラペラな防御力は、まだほとんど解決していない。
パンケーキの最後のひとかけらを口に運びながら、私は深くため息をついた。
(もっと、ちゃんとした服が必要だ)
腹ごしらえを済ませて、さてと。
私は図書館の屋上へと続く、あの重い鉄の扉の前に立つ。
扉を開けるとひんやりとした朝の空気が、頬を撫でた。
ここからなら周囲を見渡せる。。
私は双眼鏡を覗き込み、『空間把握』と『気配察知』のスキルを同時に起動させてみる。
頭の中に周囲の立体的な地図と、そこにいる敵の気配が重なって表示されていく。
(……やっぱりレベル1のままだと、範囲が狭いな。これじゃ町の半分も見渡せない)
もっと遠くまで、もっと詳細に。
私がそう意識を集中させてスキルの出力を、じわじわと引き上げていったその時だった。
頭の中に二つのアナウンスが、同時に響き渡った。
【気配察知の熟練度が一定に達しました。スキルレベルがLv.2になりました】
【空間把握の熟練度が一定に達しました。スキルレベルがLv.2になりました】
「おっ……!」
途端に私の頭の中の世界が、一変した。
今までぼんやりとしたノイズ混じりの地図だったものが、一気に超高解像度の3Dマップへと進化したのだ。
範囲も桁違いに広がっている。
町の端から端まで。その全ての地形と、そこにいるモンスターの気配が手に取るように分かる。
求めているのは「硬さ」じゃない。「軽さ」と「動きやすさ」。そしてできれば、何か特殊な効果が付いている機能的な「服」の素材。
商業地区には相変わらず、グールがうろついている。住宅街には変異犬。
どれも私の求める素材とは、ちょっと違う。
私が意識を町の外れの方へと向けた、その時だった。
今はもう完全に干上がった、涸れた川。
その白い川底に、何か奇妙な気配が複数蠢いているのを捉えた。
(……なんだ、あれ?)
双眼鏡のピントを、合わせる。
そこにいたのは半透明のクラゲのような姿をした、幽霊みたいなモンスターだった。
地面から数十センチふわりと浮かび、まるで陽炎のようにゆらゆらと漂っている。
その数、五体。
【名称:シャドウシーカー】
【レベル:19】
【備考:影の中を自在に移動し、物理攻撃が効きにくい魔力を帯びた外皮を持つ】
(……いた)
レベル19。今の私より一つ上。
物理攻撃が効きにくい。
そして、魔力を帯びた外皮。
これだ。この素材なら今のパーカーより、ずっとマシな「服」が作れるんじゃないか?
私は双眼鏡を、ゆっくりと下ろす。
(よし決めた。アイツらの素材を使って防具を作ろう)
すぐに準備を整えて図書館を出た。
あのモンスター達だって、ずっとあそこにいてくれるワケじゃないし…。
涸れた川へと続くコンクリートの土手を、ゆっくりと下りていく。
レベル2になった索敵スキルはめちゃくちゃ便利だ。これなら無駄な戦闘は、ほとんど避けられる。
私は『隠密』スキルで完全に気配を殺しながら、獲物たちがいる川底へと慎重に近づいていった。




