新しい仲間ができました
郷土資料室の、クッションを敷いた長机の上で目を覚ます。
うん、やっぱり家のお布団のふかふか具合を思い出すとちょっとだけ泣きたくなるな。
でも、まあ文句なんてない。修一さんたちの拠点にいた、あの常に誰かの気配がする夜と比べたら、この完璧な静寂は五つ星ホテルのスイート・ルームよりずっと快適だ。
寝袋から這い出して、ぐっと体を伸ばす。
よし。今日も一日、頑張りますか。
朝食は、スーパーで手に入れたレトルトの中華粥。
『料理 Lv.1』のスキルを使うのもすっかり手慣れたもの。ほんの少し火加減を調整するだけで、レトルトとは思えないくらい味が本格的になる。
うん、やっぱり私の城での食事は最高だな。
腹ごしらえを済ませ、カウンターに広げた地図の前に立った。
「市立総合病院」……。
そういえばここ、修一さんたちと出会う前にもともと向かおうとしていた場所だった。
あの時は途中でメタルマンティスとの戦闘に巻き込まれ、そのまま市役所に連れて行かれて、結局行けずじまいだったんだっけ。
うん。中断されたままのクエストを再開する時が来たってことかな。
目的は、あの時と変わらない。医薬品の確保だ。
『応急手当』スキルだけじゃどうにもならない事態だってきっとあるし。備えあれば憂いなしだ。
「……まあ、でもその前に」
昨日手に入れたばかりの、新しいおもちゃ。試してみない手はないでしょ。
私はアイテムボックスから、あの緑色の種子を取り出した。
手のひらサイズのそれは、確かに植物の種子とは思えない硬質な手触りをしている。
『擬態蔓の種子』
「魔力を流し込むことで、任意の植物に擬態する蔓を召喚する。罠としても使用可能」。
この「召喚」という部分が私の心をくすぐる。
私は試しに、その種子をカウンターの隅にあった空の植木鉢に埋めてみた。
そして種子に、そっと自分のMPを流し込む。
すると、数秒後。
植木鉢の土の中から、むくりと小さな芽が顔を出した。
それは見る見るうちに成長し、一本の艶やかな緑色の蔓へと姿を変えていく。
普通の植物よりも明らかに、生命力に満ち溢れている。
「……召喚、できた?」
私はその蔓に触れてみた。
ひんやりとした感触。そして、まるで生きているかのように私の指に、するりと絡みついてくる。
くすぐったい。
【名称:擬態蔓(従属)】【等級:アンコモン】【状態:術者の命令を待機中】【効果:術者の魔力を消費し、任意の植物に擬態する。対象を拘束する、または、攻撃することが可能】【備考:成長させることで、より高度な擬態と強力な拘束力を得る】
(おお。いけるじゃん!)
私は満面の笑みを浮かべた。
ただの罠じゃない。私の意のままに動く、もう一つの手札だ。
うまく育てれば、私の護衛にも偵察にも使えるかもしれない。
これはまさに、私の孤独な旅路をより確実なものにする、最高の「相棒」になる予感がした。
(相棒、か……)
私は自分の指に絡みつく蔓をそっと撫でてみる。
蔓は嬉しそうにぴょこぴょこしていた。
(名前、つけてあげようかな)
この世界に来て、初めての仲間。
私の、一番のステータスは『幸運』。幸運の象徴で、植物……。
うん、決めた。
「君の名前は、今日から『ヨツバ』だ。私の幸運を、少しだけ分けてあげよう」
私がそう呟くと、蔓――ヨツバは嬉しそうに、ぴょこぴょこと揺れた。 ……うん、可愛い。
ヨツバ (擬態蔓)Lv. 1
------------------------------
ヨツバ (擬態蔓)
Lv. 1
HP: 50/50
MP: 20/20
筋力: 15
耐久: 20
敏捷: 10
器用: 25
幸運: -
------------------------------
(初期値私より全然高いな……)
蔓よりステータスが低いことにショックだが、新しい仲間ができたことに変わりはない。
腹ごしらえも済んだし、何より、頼れる(?)相棒もできた。
準備は万端。
私は自分の部屋に戻ると、今日の新しい冒険のための支度を始めた。
左腕には、ブレスレットのようにヨツバが巻き付いている。
そして私は、アイテムボックスから五本の『マインドジャベリン』を取り出し、自分の周囲にふわりと浮かび上がらせた。
黒い鉄の杭が、まるで私を守る衛星のように静かに、そして無機質に旋回を始める。
(よし、ファンネル常時展開)
五本のジャベリンを常に起動させておくのは、微量ながらMPを消費し続ける。でも、私の今や2000に達した膨大なMP量からすれば誤差みたいなものだ。いざという時にアイテムボックスから取り出す、ほんの一瞬のタイムラグ。それが命取りになる可能性だってあるんだから。
それに何より、この方が強そうに見えるでしょ?
『隠密』スキルを使えば、私の気配と一緒にジャベリンたちの存在感も希薄になる。半透明の、陽炎みたいに。
これぞ、ステルスファンネルってやつだ。
目指すは、市立総合病院。
徒歩でおよそ四十分。
『空間把握』で常に周囲をスキャンしながら、私は慎重に歩みを進める。
町の中心部に近づくにつれて、世界の「終わりっぷり」がより色濃くなっていく。
(やっぱり建物の風化具合にもばらつきがあるんだよなぁ……。なんか違いがあんのかな?)
そうしてしばらく道を歩いて、病院まであと半分というところまで来た時だった。
頭の中のレーダーが、複数の素早い敵意を捉えた。
(来たか……! 数は三。まっすぐこっちに向かってくる!)
私は咄嗟に、近くの廃ビルの影へと身を隠す。
数秒後。
大通りを、三体の人影が猛烈な勢いで駆け抜けていった。
あれは……人間?
いや、違う。
動きが獣すぎる。四つん這いに近い低い姿勢で、アスファルトを蹴っている。
肌は土気色で、所々腐り落ちているようにも見えた。
【名称:グール】
【レベル:16】
【備考:死体を糧とする、俊敏なアンデッド。群れで行動する】
(グール……! しかも、レベル16!?)
今の私よりレベルが一つ上。しかも三体同時。
『隠密』のおかげで、まだこちらには気づいていない。このままやり過ごすのが正解か……?
いや、ダメだ。
あいつらの進行方向。まっすぐ私が今から向かおうとしている、病院の方角だ。
ここで見逃したら、病院の中で鉢合わせするかもしれない。
そうなったら、逃げ場のない場所でもっと最悪の状況になる。
幸い、私には地の利がある。
そして、武器はすでに出ていた。
グールたちがちょうど、道の真ん中の開けた場所に差し掛かる。
その一体の足元が私の死角に入る、ほんの一瞬。
(――ヨツバ!)
私の意思に応え、左腕に絡んでいたヨツバが鞭のようにしなり、地面を滑った。
――今だ!
私がそう念じた瞬間、私の周りを旋回していた五本のジャベリンが音もなくグールたちに襲いかかる。
まず二本のジャベリンが、先行する二体の足元のアスファルトを撃ち抜いた。
轟音と共に、砕けたアスファルトが爆発のように撒き散らされる。
「ギィッ!?」
突然の爆撃に、二体のグールがたまらず足を止める。
そのほんの一瞬の硬直。
それだけで、十分だった。
空中に待機していた残りの三本のジャベリンが、三体のグールへと同時に襲いかかる。
一本は最後尾にいたグールの眉間を、正確に。
残りの二本は足を止めた二体の心臓部分を、寸分違わず。
――グシャッ!
三つの肉が潰れる音が、重なった。
グールたちは声もなく、その場に崩れ落ちる。
(……よし!)
完璧な奇襲。
私のジャベリンがグールたちを貫いたのと、腕に絡んだヨツバが一体の足をしならせて転ばせたのは、ほぼ同時だった。
私が壁に突き刺さったジャベリンを回収していると、頭の中にけたたましいほどのアナウンスが鳴り響く。
【経験値を獲得しました】
【経験値を獲得しました】
【経験値を獲得しました】
【レベルが上がりました! Lv.15 -> Lv.16】
【レベルが上がりました! Lv.16 -> Lv.17】
さらに、今まで見たことのない、新しいウィンドウが表示される。
【従属個体『ヨツバ』が経験値を獲得しました】
【『ヨツバ』のレベルが上がりました! Lv.1 -> Lv.3】
(え、ヨツバも!?)
思わず、自分の腕に絡みつく小さな相棒を見る。
ヨツバは、まるで「やったね!」とでも言うように蔓の先を、ぴょこぴょこと揺らしていた。
なるほど。パーティーを組んでいれば経験値は共有されるのか。この世界のシステム、よく出来てるな。
(うん、やっぱり。格上の敵をしかも複数同時に倒すと経験値ボーナスがすごいな。メタルマンティスの時と同じ、一気のレベルアップだ)
汐見 凪
Lv. 17 (+2)
------------------------------
汐見 凪
Lv. 17 (+2)
HP: 120/120 (+25)
MP: 2100/2100 (+100)
筋力: 27 (+10)
耐久: 36 (+12)
敏捷: 45 (+15)
器用: 56 (+18)
幸運: 180
------------------------------
「……ん?」
私の目が、ステータスの上昇値の欄に釘付けになった。
(+10)、(+12)、(+15)……。
なんだ、これ。今までこんな数字、見たことないんだけど。
(あれ、ステータスの上昇値おかしくない? 今まではレベルが上がっても、せいぜい+1とか良くて+5とかだったのに。今回、プラス二桁が普通にある……。バグ? それとも何かのボーナス?)
私は自分のゲーマー脳をフル回転させる。
(……あ、そっか。もしかしてレベル15が何かの節目だったとか? RPGでよくあるじゃん、レベル10とか20とかで成長率がぐんと変わるやつ。あるいは、格上の敵をノーダメージで倒したから、ボーナス経験値に加えてボーナス成長値みたいなのが入ったとか?)
分からない。分からないけど……。
「めっちゃ、強くなってる……!」
数字だけじゃない。
体の内側から力がみなぎってくるのが、はっきりと分かる。
体が軽い。さっきまでとは比べ物にならないくらいに。
これならもっと速く走れる。もっと重いものだって持てる。
グールの死体はもう、黒い粒子になって消えかかっていた。ドロップアイテムは……なし、か。
まあ、これだけレベルが上がったんだ。文句は言うまい。
私は改めて、病院の方角へと足を向けた。
そして、ついに私はその建物の前にたどり着いた。
『市立総合病院』。
その姿は、私の記憶にある白く清潔な建物とほとんど変わっていなかった。
遠目には、だ。
近づくにつれて、その異常さがじわじわと肌に伝わってくる。
建物そのものに、目立った損傷はない。
なのに正面玄関の自動ドアだけが、内側から何か巨大な力でこじ開けられたように無残に破壊されている。
その闇に包まれた入り口からは、ひゅうと風が吹き出してくる。腐臭じゃない。むしろ逆だ。ツンと鼻を突く、強烈な消毒液の匂い。
(……うわあ。ここ、なんか今までとは全然違うな)
スーパーやホームセンターが、ただの「廃墟」だったとしたら。
ここは、まるでそこにいた人々だけが一瞬で消えてしまったかのような。時間が、凍り付いているみたいだ。
静かで、清潔で、だからこそ不気味だ。
私の周りを、五本の『マインドジャベリン』が静かに旋回する。
大丈夫。
今の私にはこの頼れる相棒たちがいる。左腕のヨツバも。
私はごくりと一度だけ、唾を飲み込んだ。




