我が家にただいま
三人の姿が、建物の角に消えて見えなくなる。
完全に一人になったことを確認して、私は、その場にぺたんと座り込んだ。
「……つかれた……」
モンスターとの戦闘なんかより、よっぽど疲れる。対人コミュニケーションってやつは、私の気力をごっそりと持っていく。
やっぱり、私の選択は間違っていなかった。駐屯地での集団生活なんて、三日で胃に穴が開いてゲームオーバーだ。私
そうそう、ステータス確認。あの変異犬たちとの戦闘で、確かレベルが14に上がってたはずだけど、詳細は見てなかったから。
------------------------------
汐見 凪
Lv. 14
HP: 95/95
MP: 2000/2000
筋力: 17
耐久: 24
敏捷: 30
器用: 38
幸運: 180
------------------------------
おお……。順調に育ってる。
特に、敏捷と器用の上昇値が高い。私の戦闘スタイルが、そのままステータスの成長に反映されてる感じかな。精密な遠距離攻撃と、ヒットアンドアウェイ。これぞ理想のビルドってやつだ。
ゆっくりと立ち上がると、少しだけ体が軽い。これもレベルアップの恩恵か。
問題は、ママチャリを市役所に向かう前に乗り捨ててきちゃったこと。……まあ、仕方ない。ここからは徒歩だ。
図書館までは歩いて一時間ほどの距離だ。大したことはない。
『隠密』『空間把握』よし。
徒歩での移動は、自転車とは、見える景色がまったく違う。
世界の終わりを、より解像度高く感じられるっていうか。
建物の壁の亀裂、アスファルトに根を張る雑草、乗り捨てられた車の中に残された持ち主の生活の痕跡。
……こういう、誰もいない世界を一人でゆっくり歩く。案外悪くないかもな。
なんて思っていた、まさにその時だった。
頭の中のレーダーが、ぴくりと、微弱な反応を捉えた。
私は足を止め、慎重に、その気配の主を探す。
いた。ビルの壁を覆う、蔦植物の一群だ。
一見すれば、なんてことのない、ただの植物。でも、そのうちの一本が、明らかに、周囲の蔦とは違う「生命反応」を放っている。
擬態型のモンスターか。こういういやらしいことしてくるやつ、ゲームだと大体ちょっといいアイテムを落とすんだよな。
アイテムボックスから、私の手で生み出した黒い杭――『マインドジャベリン』を一本、取り出す。そして、『マインド・バレット』で、ふわりと宙に浮かび上がらせた。
狙いは、その蔦の中心部。一番太くなっている、根元に近い場所だ。
息を殺し、意識を集中させる。
――そこ。
シュンッ、という短い飛翔音。
ジャベリンは、寸分違わず蔦の中心を貫いた。
――ギシャアアアッ!?
今まで沈黙していた蔦が、まるで巨大な蛇のようにのたうち回る。
やっぱりモンスターだった。
壁から剥がれ落ちたそいつは、何本もの蔓を鞭のようにしならせ私に向かってきた。
私は慌てず、後方へ飛び退きながら残りの四本のジャベリンを一斉に射出する。
私の周りを旋回する、黒いファンネル部隊。
そのうち三本が、それぞれ別々の軌道を描き、のたうつ蔓の胴体を壁へと縫い付けていく。
身動きを封じられたそいつに向かって、私はとどめの一撃を放った。
最後に残った一本のジャベリンが、蔦の中心部、硬い表皮の下にあったであろう核を、完全に粉砕した。
植物の化け物は、ビクン、と一度だけ大きく痙攣すると、やがて、その動きを完全に止めた。
(ふぅ……。危ない危ない)
もし、スキルがなかったら気づかずに通り過ぎて背後から襲われてたかもしれない。
壁に突き刺さったジャベリンと釘を、スキルで手元に回収する。
【経験値を獲得しました】
【モンスターのレアドロップを確認しました】
【レベルが上がりました! Lv.14 -> Lv.15】
(お、レベルアップ。なかなかおいしい経験値だったな)
擬態蔓の死骸は、あっという間に黒い粒子になって消えちゃった。その跡地には手のひらサイズの緑色の種子が一つだけぽつんと残されてる。
【名称:擬態蔓の種子】
【等級:アンコモン】
【効果:魔力を流し込むことで、任意の植物に擬態する蔓を召喚する。罠として使用可能】
(へえ、罠アイテムか。面白い。使いようによってはかなり便利そう)
私はその種子をアイテムボックスへとしまい、再び図書館へと続く道を歩き始めた。
足取りはさっきよりもずっと軽い。
レベルも上がったし、新しいアイテムも手に入った。うん、なかなかの収穫だ。
やがて、見慣れた私の城が見えてきた。
三階建ての、重厚なコンクリート造りの建物。市立図書館。
その姿を見た瞬間、私は心の底からほっとした。
私は、周囲に誰もいないことを、もう一度だけ確認すると、職員用の通用口から、するりと中へ滑り込んだ。
職員用の通用口に、内側からガチャンと重い閂をかける。
この音が私にとっての世界の境界線だ。
「……ふぅー……ただいま」
誰に言うでもなく呟いて、私はその場にぺたんと座り込んだ。
ああ……落ち着く。
しばらく、そうして、この安全地帯に帰ってきた幸福感を噛み締めていた。
……うん、感傷に浸るのはもう十分かな。
戦闘でレベルを上げるのも、もちろん大事。
でも、それだけじゃきっとどこかで頭打ちになる。
(そうだ。『擬態蔓の種子』……。あれ、罠として使えるって書いてあったな)
ただ闇雲にモンスターを狩るだけじゃなく、自分のテリトリーに罠を仕掛けて安全を確保する。
うん、そっちの方がずっと私らしい戦い方かもしれない。
でも、どうやって?
あの種子を、ただ地面に埋めるだけじゃ芸がない。もっと効果的に使う方法がきっとあるはずだ。
(……本だ)
私は立ち上がると、書架の間をまるで宝探しでもするように歩き始めた。
目指すはアウトドアやサバイバル関連の書籍が置いてあるコーナーだ。
「あった。『狩猟・わな猟入門』……。うわタイトルからして物騒」
いかにもって感じの渋い表紙の本を手に取る。
私はその本をカウンター裏の私の作業スペースへと持ち帰った。
【名称:狩猟・わな猟入門】
【種別:本】
【状態:良好】
【備考:読むことで、罠の設置に関する基本的な知識を得られる。繰り返し熟読することでスキル『罠設置 Lv.1』を習得できる可能性がある(幸運値に影響)】
私は食料の山からチョコレートを一つ取り出すと、早速その本を読み始めた。
獣の習性、罠を仕掛ける場所の選定ロープを使った単純な罠の作り方。
私は、その内容を、一字一句、自分の知識として、脳に刻み込んでいく。
そして、集中し始めてから、二時間ほどが経った頃。
私の頭の中に、待っていたアナウンスが響いた。
【繰り返し熟読することで、条件を満しました】
【スキル『罠設置 Lv.1』を取得しました】
私はぱたんと本を閉じる。
これでスキルは11個目。
戦闘にも索敵にも、そして籠城にも使えるスキルが揃ってきた。
うん、なかなかバランスが良くなってきたんじゃないかな……
私は、カウンターの椅子に深く腰掛けて自分のステータスを見ながら、満足のため息をついた。




