表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/45

街に降りてみました

覚悟を決めた――なんて言ったはずなのに。

ひっくり返った軽トラックの横を通り過ぎる足は、生まれたての小鹿レベルで震えていた。

鼻につくのは、金属が焼けたような、油が焦げたような匂い。鼻が拒絶反応を起こすたびに、「やっぱ帰ろうかな……」と心が揺らぐ。

家は汚いけど、まだ安全だったはずだ。あの薄暗い部屋で餓死するのと、この不穏すぎる道を進むの、どっちがマシなんだろう……。


「……何が『スキル』だ、バカ」


自分に悪態をつく。

得体の知れない力を手に入れたところで、何になる?

あれだって完全にまぐれだ。小石を吹き飛ばせたのは、どう考えても偶然。さっきから同じように念じても、小石ひとつピクリともしない。


私は未練がましく、再び人差し指を前に突き出してみた。狙うは道端の木。

頭の中で叫ぶのは、知ってる限りのそれっぽい呪文。

『出ろ!』『撃て!』……ついでに『ファイアボール!』『サンダー!』。


……沈黙。


当然、何も起きなかった。

やっぱりダメか。あれは偶然。というか、条件が分からなさすぎる。

もしかして「対象を強く認識する」とか? 「殺意」がトリガーとか?

いやいや、そんな物騒なもん、私に備わってるわけがない。


「……あ、そっか。ステータス」


そういえば、コマンド式だったんだっけ。

思い出して呟くと、視界に律儀な青いウィンドウが表示される。便利すぎて、ちょっと腹立つ。


汐見 凪

Lv. 2


HP: 30/30

MP: 1250/1250


筋力: 7

耐久: 9

敏捷: 12

器用: 16

幸運: 180


やっぱり幸運180が異常値なんだろう。あのミミズでレベル上がったのも、それっぽい。

いわゆる「幸運ビルド」ってやつか。他が軒並みゴミみたいな数値なのは笑えないけど。


「スキル、一覧」


口にすると、別のウィンドウが追加表示される。


スキル


・マインド・バレット Lv.1


「……やっぱり、これだけか」


不親切すぎる。説明もなし。チュートリアルどこ行った。

まあ、使えるものがあるだけマシか。問題は、どうやって発動するかなんだけど。


とにかく今は、町に行くのが先決だ。

腹が減っては戦はできぬ、って言うし。いや、戦なんてしたくないんだけど。


私はウィンドウを閉じ、深呼吸してからまた歩き出した。

足取りは重い。でも、止まるわけにはいかなかった。


ステータスとスキルを一応把握したところで、何かが劇的に変わるわけじゃない。

体力は底辺、山道は歩きにくい、孤独の不安はむしろ増す一方。


「はぁ……はぁ……つかれた……」


すぐに息が上がって、道の脇にあった苔むした岩へ腰を下ろす。

脚はガクガク、肺はヒューヒュー。運動不足がここにきて牙を剥いた。


ふと目をやった先で、奇妙なものを見つける。

苔が――ぼんやり光っていた。青白く、淡く、幻想的に。


「うわ……発光する苔? 初めて見た……」


恐る恐る指で触れると、感触は普通の苔。ひんやりしてて湿っぽい。

でも冷静に考えたら、苔が光ってる時点で普通じゃない。

周りを見れば、木々もどこか歪んでいる。幹があり得ない角度でねじれていたり、枝同士が不自然に絡み合っていたり。


「この山……やっぱ変だ」


思い返せば、軽トラの横転、巨大ミミズ、レベルアップ、発光する苔……。

全部、この山の中で起きている異常。じゃあ、町は?


「……そうだ、町は大丈夫なはず」


自分に言い聞かせる。

人が暮らす場所だ。異常があれば警察も自衛隊もとっくに動いている。

私が知らなかったのは、家にテレビも新聞もなくて、ネットも死んでたから。……それだけだ。


そう思うと、少し気持ちが軽くなる。

立ち上がり、再び歩き出す。道は下り坂。きっと、もうすぐ。


どれくらい歩いただろう。

木々の隙間から見慣れた景色が顔を出し始めた。

アスファルトの道路。ガードレール。街の名前が書かれた古びた看板。


「……着いた……!」


思わず、声が震えた。

長かった。たぶん人生で一番長い一時間。

この看板を越えれば、町の入り口。スーパーまでは徒歩十分の距離。

希望が、手に届くはずだった。


私は駆け足で最後の坂を下りきる。


――ぴたり。


足が止まった。


広い道路。走る車は一台もない。

道端に放置された車のドアは開け放たれ、遠くの信号機だけが青と赤を虚しく繰り返している。


人の声がしない。

子供の笑い声も、商店街のざわめきも、車のエンジン音すらも。

耳に届くのは、風が破れたシャッターをカタカタ揺らす音だけ。


「あ……」


胸の奥が、ずしりと沈む。

ここは、私の知っている町じゃない。


ゴーストタウン。

そんな言葉が脳裏に浮かび、張り付いたまま離れなかった。



目の前に広がる、あまりに異様な光景。

人の気配が一切ない町。

信号だけが律儀に点滅を繰り返す様子は、まるで壊れたオモチャみたいに滑稽で、それでいて、背筋を凍らせるほど不気味だった。


「……マジか」


乾いた声が、思わず漏れる。

私の知っている町が、死んでいる。

スーパーも、本屋も、駅前の喫茶店も――そこに人がいるのが当たり前だった景色が、今はただ空っぽ。


全身から力が抜けそうになった。

このまま座り込んで泣き叫んで、「夢だ夢だ夢だ」って現実逃避できたら、どれだけ楽だろう。

でも、そんなことをしたって食料は出てこない。あのスーパーの棚が勝手に満たされることもない。


「……落ち着け、私」


自分の頬をぴしゃりと叩く。

痛みがある。なら、これは夢じゃない。悪い冗談でもない。


冷静に考えろ。優先すべきは、感情の爆発じゃなく、生存のための行動だ。

私は深呼吸して、目標を三つに整理する。


一、食料と水の確保。

二、安全に眠れる場所を探す。

三、他の生存者を見つける。


「よし……」


声に出すことで、自分に暗示をかける。

目の前に広がる無人の町は、恐怖そのものだけど、目的を掲げたことで、ほんの少しだけ脚に力が戻った。


ただ問題は――どこを探索するか。

スーパーやコンビニは確かに分かりやすい。けれど、もし他に生存者がいるなら、真っ先に狙われてる可能性が高い。

ゲームのセオリーでいけば、そういう場所は既に漁られた後か、あるいは「危険地帯」になっている。


「……だとしたら、狙い目は、個人商店とか、自販機とか……」


私は辺りを見渡す。

普段なら目にも留めないような町並みが、今は異様に鮮明に映る。

シャッターの閉じたタバコ屋。その前に並んでいる、色褪せた自動販売機。


「……!」


駆け寄る。

当然、ディスプレイは真っ暗。電気が生きていないんだろう。

でも、ダメ元で返却レバーをガチャガチャ動かしてみる。


――カラン。


乾いた音がして、取り出し口に百円玉が一つ転がり落ちた。


「……おお」


声が震えた。

これが、幸運の効果……? あまりに地味すぎるけど、逆にリアルだ。

私はその小さな硬貨を握りしめ、再び町を見渡す。


……まだ終わってない。

この世界には、理不尽な怪物もいるし、よく分からないレベルやスキルのシステムもある。

でも、私には「幸運」がある。

ただの数値だと思っていたものが、こうして現実に働いている。


「絶対に……生き残ってやる」


心の奥に、かすかな炎が灯った。


その時。

視界の端で、何かがキラリと光った。

駐輪場に放置されたママチャリ。その鍵穴に――鍵が差しっぱなしになっている。

しかも前カゴには、買い物袋がひとつ。


吸い寄せられるように近づき、中を覗く。


中身は、未開封のミネラルウォーターと、袋入りのあんぱん。


「…………」


私は天を仰ぎ、しばし言葉を失った。


「……仕事しすぎだろ、幸運」


力なく笑い、震える手でペットボトルを開ける。

ごくり。喉を通って胃に落ちるその冷たさが、全身を生き返らせる。

最高に美味しい水だった。


絶望的な状況は何も変わっていない。

けれど、今だけは――生きている実感が、確かにあった。


あんぱんを一口かじりながら、自転車に跨る。

どこに行くか、具体的な目的はまだない。

けれど、この町を探索し、拠点を見つけ、物資を確保する。

生き延びるために。


「……もうちょっとだけ、足掻いてみるか」


小さく呟き、ペダルを踏み込む。

錆びたチェーンが回り、無人のゴーストタウンにカタカタと音を響かせた。


私は前を向いた。

絶対に、生き残る。

そのためなら、この“異常な世界”だって受け入れてやる。

適応力◎

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
>力なく笑い、震える手でペットボトルを開ける >ごくり。喉を通って胃に落ちるその冷たさが、全身を生き返らせる。 えっ?冷たいってことはついさっきまで冷やされてたってことかな?
引きこもり耐性があるのかな 賞味期限切れ 3年 5年 10年 レベルで上がる 腐敗腐臭とかも
アンパン食べて食中毒起こさなかったという事は放置されてからまだ数日(下手すりゃ一日)以内って事か
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ