移住はしません!
「ナギも、もちろん一緒に来てくれるな?」
(……うわ、聞かれちゃった)
一番聞かれたくなかった質問。
修一さんの声は、私が頷くことを少しも疑っていない響きだった。
(駐屯地かあ。安全そうだしご飯も出てくるんだろうな……)
一瞬、心が揺らぐ。
でも。
(毎日あの人数の中で生活? 朝から晩まで人の気配と話し声?)
……考えただけで頭痛がしてきた。
無理無理、三日でギブアップする自信がある。
(うっ……。みんな私が行くって顔してる。すごい圧だ……)
タツヤさんもゴウシさんも修一さんも、期待の眼差しで私を見ている。
ここで断ったらめちゃくちゃ気まずい空気になるんだろうな。
でも気まずいのと、毎日ストレスで胃に穴が空くのとどっちがいいか。
答えは決まってる。
私はすっと息を吸った。
「いえ、私は行きません」
私がそう言うと場の空気が、しんと凍りついた。
やっぱりすごい気まずい空気になったな……。
「……は? なんでだよ! ナギちゃんも一緒に行くんじゃねえのか?」
タツヤさんが信じられない、という顔で叫んでる。
修一さんもひどく驚いた顔をしている。
やがて彼は、私に理由を問うてきた。
「ナギ……。理由を聞かせてもらえないか」
私は少しだけ俯いて、ぼそりと呟いた。
「……人多いとこ、苦手なんです」
そのあまりにも個人的でどうしようもない理由に、修一さんたちは言葉を失ったようだった。
タツヤさんが「でも、それって……!」と何か言おうとしてやめる。
私は続けた。
「それにこの町で、まだやりたいこともあるので」
「だから、そのやりたいことってなんだよ! 俺たちに言えないようなことなのか!?」
タツヤさんがついに我慢しきれずに声を荒らげる。
その瞬間だった。
黙って話を聞いていたゴウシさんがタツヤさんの肩に、ぽんと巨大な手を置いた。
そして低い声で、短く告げる。
「……詮索するな」
「ゴ、ゴウシさん……!?」
「……人にはそれぞれ、事情がある」
その無口な男からの、静かで有無を言わさぬ一言。
それがその場の全てを決定づけた。
タツヤさんはぐっと言葉に詰まり、修一さんも何かを諦めたように小さく息を吐いた。
(……助かった)
(出発する前の晩に盾をくれたのもこの人だった。無理強いもしてこないし……やっぱり、いい人なんだな)
私は内心でその無骨な大男に、ほんの少しだけ感謝した。
その重い沈黙を破ったのは修一さんだった。
彼はふぅと大きなため息を一つ吐くと、何かを振り切るように顔を上げた。
「……分かった。無理強いはしない」
「だがこのまま別れるのはなしだ。俺たちは駐屯地で、あんたはどこかの拠点でそれぞれが強くなる。だが連絡は取り合いたい。何かあれば助け合う。……そういう協力関係はどうだ?」
(……付かず離れず、か。完全に拒絶する意味もあんまないし、それくらいならいいかもしれない)
一方的に利用されるのでもなく、集団に縛られるのでもない。
対等な協力関係。
それなら私に断る理由はなかった。
「連絡手段が見つかったら、私の方から駐屯地に行きます。それまでは干渉しないでください」
「ああ、分かった。約束しよう」
修一さんはそう言うと、にっと笑った。
話は決まり私たちは駐車場で別れた。
タツヤさんがなんだか名残惜しそうにこっちを見ていたけど、ゴウシさんに首根っこを掴まれて駐屯地の方へと連れて行かれる。
修一さんは最後に一度だけこちらを振り返ると、軽く片手を上げて仲間たちの後を追っていった。
三人の姿が完全に見えなくなる。
駐車場にはまた、静寂が戻ってきた。
「……ふぅ」
私はその場にぺたんと座り込んだ。
疲れた。
モンスターと戦うよりずっと疲れた気がする。
(……よし、これでいい。一人の方がずっと気楽だ)
まずは図書館に帰って、ご飯食べよう。
レベルも上がったんだ。ステータスがどれくらい上がったのかも見ないといけない。
それからゆっくり、スキル習得の時間だ。




