駐屯地に向かう道中
更新が遅くなって申し訳ございませんでした。
感想も沢山いただいているのに返信できておりませんので、順次確認いたします。
寝袋の中で、私はゆっくりと目を開けた。
(……なんで昨日、協力するなんて言っちゃったんだろ、私)
改めて考えると、銃を持った相手の偵察なんて 正気じゃない。
それに、修一さんは仲間を殺されたって言ってたけど……今のこの世界で、復讐なんて考えてる余裕、どこにあるんだろう。
(そもそも自衛官が民間人を殺すなんて考えづらいんだよな……)
普通、まずは今日の食料とか、安全な水の確保とか、そっちを優先するもんじゃないの?
(……うん。やっぱり今からでも断るべきかな)
でも、なんて言って? 「やっぱり怖くなったのでやめます」?
無理無理無理。そんなこと言えるくらいなら、とくに断ってる。
(やばくなったらすぐ逃げるって条件も出してるし、流石に大丈夫か…?)
私は、凝り固まった体を伸ばしながら、寝袋から這い出した。
リュックの中身は昨夜のうちに確認済みだ。食料、水、そして手回し充電式のラジオ付き懐中電灯。アイテムボックスの中には、私の手で生み出した黒い杭――『マインドジャベリン』が五本。準備だけは、完璧だ。
ロビーに下りると、既に出発の準備を整えた三人の男たちが待っていた。
拠点の人々の動きはいつも通りだ。水を運び、食料の在庫を確認し、見張りに立つ。
数日前、私がここに来た当初に感じたような、物珍しそうに突き刺さる視線はもうない。
ただ、私と目が合った何人かが、緊張した面持ちで小さく頷いていく。その目には、「頼むぞ」とか「気をつけて」とか、そういう言葉にならない感情が浮かんでいる。
(……重い)
その無言の圧力が、私の肩にずしりとのしかかる。私はその重圧から逃れるように俯き、修一さんの後についた。
拠点の外は、灰色の雲が低く垂れ込める、肌寒い朝だった。
「よし、行くぞ」
修一さんの号令で、私たちは静かに歩き始めた。
先頭を行くのは修一さん。
その後ろに私が続き、両脇をタヤさんとゴウシさんが固める。
私の意識のほとんどは、常に発動させているスキルに割かれていた。頭の中に周囲の立体地図が常に描かれ、そこにいる生物の気配が光の点として表示される。この力がある限り、不意打ちを受けることはない。
出発してしばらくは、大通りを避けて住宅街の細い路地を選んで進んでいく。修一さんたちは、自分たちの経験を元に慎重にルートを選んでいるようだった。
やがて、瓦礫でごちゃごちゃした住宅街を抜け、比較的開けた大通りに出る。道の先には、目的地の方向を示す高速道路の高架橋が見えた。
「よし。ここからは一本道だ。一気に距離を詰めるぞ」
修一さんが逸る気持ちを隠せない様子で言った。
一見すれば、安全なルート。だが。
私の頭の中のレーダーは、その先の高架下に、今まで見たこともないほどの異常な反応を捉えていた。
(なんか高架下に…虫モンスター?とにかくとんでもない数だな。この先は無理だ)
「どうした、ナギ? 行くぞ」
修一さんが、歩き出そうとしない私を、訝しげに振り返る。
「待ってください」
「……なんだ?」
「そっちには、行けません。行けば全員死にます」
「……どういう意味だ、ナギ。見通しはいい。モンスターの姿も見えない。危険を冒して回り道をするより、ここを突破した方が早くて安全だ」
修一さんの声には、苛立ちが滲んでいる。
(口で言ってもやっぱりダメだよなぁ。……直に見れば意見も変わるかな)
「分かりました。じゃあ、証明します」
私はそう言うと、アイテムボックスから『マインドジャベリン』を一本だけ取り出し、目の前に浮かび上がらせた。
「なっ……! おい、ナギ! 何をする気だ!」
修一さんの焦った声を無視し、私は高架橋の崩落した瓦礫の山めがけて、ジャベリンを撃ち出した。
ズドンッ!!!
けたたましい破壊音と共に、乗用車の残骸が派手に吹き飛ぶ。
そして、次の瞬間。
――キシャアアアアアアアアアアアアッッ!!
地の底から響くような、無数の絶叫。
アスファルトが割れ、その亀裂の中から、おびただしい数の巨大な蟻が這い出てきた。その数、百以上。そして奥の影からは、車ほどの巨体を持つ女王蟻が姿を現す。
「ひっ……!」
タツヤが、情けない声を上げて一歩後ずさった。
修一さんは、目の前で蠢く黒い津波――蟻の軍勢と、その奥で鎌首をもたげる女王の巨体を、信じられないものを見る目で見つめている。
「俺は……あんなものの、ど真ん中に……進むつもりだったのか」
(……パッと見は普通だから、気づきようが)
私は内心でぼやきながら、壁に突き刺さっていたジャベリンをスキルで手元に回収する。
彼は目の前の蟻の巣と、手の中の地図、そして私の顔を、苦々しい表情で交互に見る。
やがて、彼は決意したように顔を上げ、仲間たちに指示を出した。
「……引き返す。ルートを再設定する。行くぞ」
彼は踵を返すと、再び先頭に立って歩き始める。
狭く、入り組んだ裏路地。
瓦礫が山積みになり、乗り捨てられた車が道を塞ぐ迷宮。そこを、私たちは進んでいく。
十分ほど進んだだろうか。少し開けたゴミ集積所の前に差し掛かった時、私のスキルが、新たな敵の接近を告げた。
(……来たか。数は四。雑魚だな)
私は、いつでもジャベリンを射出できるよう、内心で準備を整える。
修一たちが角を曲がった瞬間、瓦礫の山の向こうから、四匹の獣が姿を現した。
犬だ。だが、その体は不気味に赤黒く腫れ上がり、背中からは骨のような突起が突き出ている。
「変異犬か! 囲まれるなよ!」
修一さんが叫ぶ。タツヤが悲鳴を上げ、ゴウシが武器を構える。
だが、その一歩目を踏み出すよりも、早く。
彼らの横を、私の『マインドジャベリン』が四本、黒い稲妻のように駆け抜けた。
――ヒュッ! ギュンッ!
一体は頭を、もう一体は心臓を撃ち抜かれ、声もなく地面に沈む。
残る二匹が、私のありえない攻撃に怯んだ、その一瞬。
空中に待機していた二本のジャベリンが、まるで鞭のようにしなり、横薙ぎに二匹の胴体をまとめて薙ぎ払った。
ゴシャッ、という鈍い音。獣たちはくの字に折れ曲がり、動かなくなった。
「…………え?」
タツヤの間抜けな声が、静まり返った路地に響いた。
修一さんとゴウシさんも、武器を構えたまま、目の前の惨状に呆然としている。
【経験値を獲得しました】
【経験値を獲得しました】
【経験値を獲得しました】
【経験値を獲得しました】
【レベルが上がりました! Lv.13 -> Lv.14】
(お、レベルアップ。こいつら、意外と経験値持ってたな)
私は、自分のステータスが更新されたのを確認しながら、何事もなかったかのように再び歩き始めた。
ジャベリンは、静かに私の後をついてくる。
(うん、やっぱりこの武器、使い勝手がいいな。作ってよかった…)
しばらく歩いていくと立体駐車場が見えてきた。
私達は、その立体駐車場のスロープの前で、ようやく足を止める。
駐車場の壁の隙間から、目的の施設――自衛隊駐屯地が見えた。
高いフェンスに有刺鉄線、そして入り口に築かれた堅牢なバリケード。
市役所や私の拠点である図書館とは比べ物にならないほどの固めっぷり…
まさしく要塞だ。
修一さんが、憎々しげに、その要塞を睨みつけた。




