不器用なやさしさ
続きは9/4 20時〜更新予定としてましたが、残業でそれどころでは無いため9/5の朝方に投稿します。
ごめんなさい。
会議室での重苦しい作戦会議が終わった後、私は修一さんから割り当てられた自室――元・応接室へと、逃げ帰るように戻ってきた。
ドアを閉め、鍵をかけたその瞬間、
私は壁に背中を預けたまま、その場にずるずると座り込んだ。
「はぁー……」
とんでもないことになっちゃったな、これ。
自衛隊駐屯地の偵察。
銃を持つ人間が相手。
そして、リーダーの修一さん。
(仲間を殺された復讐……か)
なんだろう。
話が、出来すぎている気がする。まるで、誰かが作った物語みたいに。
……だから逆に、どこか引っかかる。
(……考えすぎか。私はただでさえ、人を疑ってかかる癖があるんだし)
私は頭をぶんぶんと振る。
彼らの目的が何であれ、私のやることは一つ。
取引の条件通り、後方から援護して、ヤバくなったら即撤退。
そして、ちゃっかり報酬だけは頂いていく。
それだけだ。
深入りは禁物。
私は気持ちを切り替えるように、立ち上がった。
明日は朝から出発だ。
準備をしておかないと。
私はアイテムボックスから物資をいくつか取り出し、リュックの中身を整理し始めた。
予備の食料と水。
ホームセンターで手に入れた、手回し充電式のラジオ付き懐中電灯。
そして、弾丸代わりの『マインドジャベリン』が五本。
私はそのうちの一本を手に取って、じっくりと眺める。
自分の手で生み出した、黒く美しい凶器。
これが、明日火を噴くのか。
相手はモンスターじゃなく、人間かもしれないのに。
――コンコン。
不意に、部屋のドアがノックされた。
私は咄嗟にジャベリンをアイテムボックスへとしまう。
『空間把握』で、ドアの向こうの気配を探る。
……ゴウシさんだ。
「……はい」
私がそう答えると、ドアがゆっくりと開かれた。
そこにいたのはやはり、あの、大柄な無口な男だった。
彼は、なんだか気まずそうに部屋の入り口で立ち尽くしている。
「…………あの。何か用ですか?」
私がそう尋ねると、
彼はもごもごと何かを言い淀んだ後、
無言で私に一つの金属の塊を差し出した。
それは、車のホイールキャップを加工して作ったらしい、小さな手製の盾だった。
「……盾?」
私の間抜けな声に、ゴウシさんはこくりと無言で頷いた。
その武骨な大きな手で差し出された、小さな盾。
車のホイールキャップを再利用したらしいそれは、裏側に腕を通すためのベルトが取り付けられていた。
お世辞にも、立派な出来栄えとは言えない。
でも。
「……なんでこれを私に?」
私がそう尋ねると、
ゴウシさんは少しだけ視線を彷徨わせた後、ぼそりと呟いた。
「……あんたは切り札だ。死なれたら困る」
「…………」
合理的。
あまりにも、合理的すぎる理由。
でも、その不器用な言葉の中に、ほんの少しだけ仲間としての気遣いみたいなものが感じられた気がした。……たぶん、気のせいだろうけど。
「……どうも」
私はその小さな盾を受け取った。
ずしりと、思ったより重い。
ゴウシさんは、私がそれを受け取ったのを確認すると満足したように、もう一度ぺこりと頭を下げて、今度こそ無言で去っていった。
……不思議な人だ。
私は手の中の盾を鑑定してみる。
【名称:ホイールキャップの盾(手製)】【等級:ノーマル】【効果:物理防御力が、ほんの少しだけ、上がる】【備考:気休めには、なる】
「……備考、正直だな」
私は小さく苦笑すると、その不格好な盾をアイテムボックスへと収納した。
気休めでも、ないよりはずっといい。
――コンコン。
またノックの音。
今日、多すぎないか来客。
『空間把握』で気配を探る。今度は、修一さんだ。
「ナギ、俺だ。少しだけいいか」
「……はい」
ドアを開けると、そこには真剣な顔つきの修一さんが立っていた。
「明日の最終確認だ」
彼はそう言うと、一枚の紙を私に差し出した。
それは、彼が記憶を元に手書きしたらしい、駐屯地の簡易的な見取り図だった。
「俺たちが知っているのはここまでだ。この建物の配置と、正面ゲートの様子。……この先は、完全に未知の領域になる」
「…………」
「だから、絶対に無理はするな。あんたは俺たちの切り札だ。少しでもヤバいと感じたらすぐに後退して、俺たちに知らせてくれ。いいな? あんたを失うわけにはいかない」
「……分かりました」
私がそう答えると、
彼は少しだけ表情を緩めた。
そして、何か言いたそうに口を開きかけたが、
結局何も言わずに「……じゃあ、ゆっくり休んでくれ」とだけ言い残して去っていった。
(……なんだったんだろ、今の間は)
私は首を傾げながらも、その手書きの地図を机の上に広げる。
そして、来る明日のミッションのために、
頭の中で何度もシミュレーションを繰り返すのだった。
修一さんが去っていった後、
部屋には再び静寂が訪れた。
私は、彼が置いていった手書きの地図をじっと見つめる。
(……本当に大丈夫なんだろうか、これ)
明日、私はこのほとんど初対面の男たちとチームを組んで、
化け物と銃を持った人間がいるかもしれない危険地帯に乗り込む。
冷静に考えれば考えるほど、無謀としか思えない。
(……なんだこのパーティ)
私が書く小説でも、もうちょっとマシなチーム編成にする。
そう思って、一人自嘲気味に笑った。
でも。
もう後には引けない。
私は、自分でこの取引に乗ると決めたんだ。
全ては、この駐屯地の奥に眠る「通信設備」のため。
そして、その先にあるかもしれない、私の失われた「日常」のため。
「……やるしかないか」
私は呟くと、椅子から立ち上がった。
そして、この応接室の隅に作った私のベッド――クッションを積み上げただけの小山へと向かう。
もう夜も遅い。
明日に備えて休まないと。
寝袋に体を滑り込ませ、目を閉じる。
壁の向こうからは、相変わらず誰かの寝息や咳をする音が聞こえてくる。
(……面倒なクエストが始まる)
私はそんな他人事のような感想を最後に、
この終末世界で初めての「仲間」との任務を前にして、
ゆっくりと意識を手放した。




