スキルのお披露目
「……分かった。見せてもらおう」
彼のその真剣な声に私はごくりと喉を鳴らす。
「こっちだ。ついてきてくれ」
修一さんはそう言うと部屋のドアを開け、先に立って歩き始めた。
私たちが案内されたのは市役所の地下にある駐車場だった。
シャッターが固く閉ざされているため中は真っ暗でだだっ広い。
ゴウシさんが入り口の壁にあった非常用のバッテリーにケーブルを繋ぐと、天井のいくつかのライトがぼんやりとついた。
コンクリートの太い柱がいくつも並んでいる。埃をかぶった数台の車がまるで墓標のように静かに置かれていた。
「ここでなら問題ないだろう」
修一さんが私に向き直る。
「……で、何を見せてくれるんだ?」
私は足元に転がっていたいくつかのガラクタに目をつけた。
空き缶、コンクリートの小さな欠片、そして錆びたボルト。
私はそれに意識を集中させる。
ふわりと。
三つのガラクタが同時に宙に浮いた。
そしてまるで惑星みたいに私の体の周りをゆっくりと回り始める。
「なっ……!?」
タツヤが息を呑むのが分かった。
私はそのままゆっくりと地下駐車場の中を歩いてみせる。
三つのガラクタは寸分の狂いもなく私との距離を保ったままついてくる。
私は三人の前に再び立ち止まる。
そして静かに告げた。
「これが私のスキルです」
私のその静かな一言に。
三人の男たちは誰も言葉を発することができなかった。
ただ呆然と私の周りを衛星のように浮遊し続ける三つのガラクタを見つめている。
「……同時に三つもか……」
最初に口を開いたのは修一さんだった。
その声はかすかに震えていた。
「俺が知る限りスキルっていうのは一度に一つのことしかできないはずだ。……一体どうなってやがる……」
「知りません。最初からこうだったので」
私は正直に答える。
嘘は言っていない。スキルレベルが上がってできることは増えたけど、基本的な仕様は変わっていない。
タツヤが信じられないという顔で口を挟む。
「おいおい嘘だろ……。それじゃあMPは? MPどれくらい使ってんだよ、それ!」
「……そんなに多くは」
私は曖昧に言葉を濁す。
本当のことを言ったらこの人たちたぶん気絶する。
私は話を逸らすように続けた。
「……それに、できるのはただ浮かせるだけじゃないです」
私は三つのガラクタのうち一番手前にあった空き缶に意識を集中させる。
そしてそれをゆっくりと駐車場の隅に放置されていた錆びた廃車めがけて射出した。
――カンッ!
軽い音がして空き缶が廃車のボディに当たり床に転がり落ちる。
何の変哲もないただの投擲。
タツヤが少しだけ拍子抜けしたような顔をした。
私は今度は残った二つのガラクタ。
コンクリートの欠片と錆びたボルトをゆっくりと同じ廃車へと向ける。
そして。
今度は本気で撃ち出した。
ヒュンッ!
シュンッ!
二つの短い飛翔音。
次の瞬間。
――ガシャンッ!
――グシャッ!
重い金属音とボディがひしゃげる音がほぼ同時に響き渡る。
廃車のドアにはまるで巨大なハンマーで殴りつけられたかのような深い凹みができていた。
欠片はボディの表面を大きく抉り。
ボルトはまるで銃弾のように分厚い鉄板を貫通し車内にめり込んでいる。
「…………な……」
タツヤの喉から引き攣ったような声が漏れた。
ゴウシさんも固唾を飲んでそのありえない光景を見つめている。
これが私の本当の力。
「……でもこれもまだ本気じゃないです」
私のその一言に三人が息を呑む。
私は浮かせていたガラクタをその場に落とすと、代わりにアイテムボックスから私の「専用武器」を取り出した。
「なっ……!?」
「おい、どこから出したんだ今……!」
タツヤたちの驚愕の声。
でも私はそれに構わず五本のジャベリンを自分の周囲に展開させる。
そしてそのうちの一本を廃車に向かって撃ち出した。
――ズドンッ!!
今までとは比較にならない轟音。
ジャベリンは廃車のエンジン部分をいとも容易く貫通し、反対側の壁に深々と突き刺さった。
残った四本のジャベリンが私の周りを高速で旋回する。
まるで私を守る黒い衛星のように。
私は彼らに向き直る。
私のMPの本当の量はまだ見せていない。
でもこれだけで十分なはずだ。
私の周りを四本の黒いジャベリンが静かに旋回している。
壁に突き刺さった一本。
そして見るも無残にスクラップにされた廃車。
地下駐車場は水を打ったように静まり返っていた。
聞こえるのは天井の非常灯のかすかなノイズ音だけ。
私は三人の男たちを見る。
どうだ。
その重い沈黙を破ったのは意外にもタツヤだった。
彼はへたり込んでいた腰をなんとか上げると目をキラキラさせながら私に駆け寄ってきた。
「 なあなあ! 今のもう一回やってくんね!? 今度は動画撮りてえ!」
――パシン!
軽快な音と共にタツヤの頭が大きく揺れた。
ゴウシさんの巨大な平手打ちがクリーンヒットしたらしい。
「馬鹿野郎! 今そういう雰囲気か!」
「いってえ! だってゴウシさん! 見ただろ今の! ファンネルだぜファンネル!」
……なんだこの茶番。
私の緊張感を返してほしい。
修一さんは頭を抱えると今にも胃薬を飲みそうな顔で私に向き直った。
「す、すまん。こいつには後できつく言っておく……。で、だ。ナギ……さん!」
急に、さん付けになった。
「あんたほどの力があれば、一人でも生き残れるのかもしれない。だが、それでも一人には限界があるはずだ」
「だから、どうだろうか。俺たちの拠点に移住しないか? 食事も、寝床も俺たちが保証する」
(人がうじゃうじゃいるココに?
冗談でしょ! 私の静かで快適な図書館の方が、百億倍マシなんですけど!)
私の内心の絶叫など、知る由もなく彼は続ける。
「あんたを見ていると分かる。食料はまだあるんだろう。だが、いつかは尽きるはずだ」
「…………あの。えっと……拠点はあるので……大丈夫、です」
私は、なんとか、声を絞り出した。
「……そうか。拠点があるのか。……分かった。なら無理強いはしない」
彼は一度頷くと続けた。
「だが、やはり俺たちはあんたと協力関係を築きたい。まずは今後の動きについて話し合いたいんだが…」
今後の動きについて話したい、か。
それならまあ……。
私は小さく頷いた。
こうして、私の力のデモンストレーションは、なんだかよく分からないうちに幕を閉じた。
とりあえず、一番面倒な「移住」は回避できたはずだ。
……たぶん。




