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市役所の日常とポーション調合

翌朝。

拠点内のざわめきで目を覚ました。

図書館の完璧な静寂とは違う、人の生活音。

……うん。やっぱりまだ慣れない。


コンコンと控えめなノックの音。

ドアの向こうから修一さんの声がする。

「ナギ、起きているか?改めて 拠点を案内する。準備ができたら出てきてくれ」


「……来た。社会科見学の時間か……」


私はベッドの上で小さく呻いた。

正直めちゃくちゃ行きたくない。

でも。

私は自分のパーカーのフードには手をかけなかった。

ここでまた殻に閉じこもったら、昨日私がした選択が全部嘘になる。

そう思ったからだ。


私は意を決してドアを開けた。


「おはようございます…」

修一さんの声が途中で止まった。

彼の後ろにいたタツヤとゴウシさんも同じように目を見開いて固まっている。


「……どうしたんですか?」

私がそう言うと修一さんははっと我に返った。

「あ、いや……。雰囲気が昨日とずいぶん違うなと、思ってな」

彼は少しだけ気まずそうに視線を泳がせた。


タツヤがどもりながら口を挟む。

「い、いや、だってシュウイチさん! 昨日とぜんぜん別人じゃんか!」

ゴスッ! と鈍い音。

今度はゴウシさんの巨大な拳骨がタツヤの後頭部にめり込んでいた。


私が彼らに続いてロビーへと足を踏み入れたその瞬間。

昨日以上の視線が私に突き刺さる。

フードという鎧を失った今の私にはその一つ一つが痛い。

ひそひそと囁き声が聞こえてくる。


「おい、あれが……」

「昨日来たって噂の……化け物を一撃で……」

「……女の人? 若い……それに綺麗な……」


その好奇と恐怖とそして値踏みするような視線の集中砲火。

私のHPがごりごりと削られていく。

帰りたい。今すぐ図書館に帰りたい。

でも私はここで立ち止まらなかった。


修一さんはそんな私の様子を察してか、少しだけ歩くペースを速めた。

「まずは水場だ」


彼が案内してくれたのは地下の巨大な貯水槽の前だった。

何人かの男たちがそこから水を汲み上げ、手製のろ過装置へと運んでいる。

「幸いここの水はまだ生きている。だがいつまでもつか……」

なるほど頭いいな。でもこれバッテリーが切れたら終わりじゃん……。

彼の横顔にはリーダーとしての苦悩が滲んでいた。


次に屋上へと向かう。

そこにはプランターや発泡スチロールの箱がずらりと並べられ、ささやかな家庭菜園が作られていた。


「土もおかしくなっちまってな。育つものとそうでないものの差が激しいんだ」

修一さんがため息をつく。

私はそのプランターに植えられたジャガイモの小さな芽にそっと『鑑定』を使ってみた。


【名称:ジャガイモの芽】

【状態:魔力汚染(軽度)。成長が阻害されている】


「…………」


魔力汚染か。やっぱりこの世界の法則は根本から変わってるんだ。

この人たちそれに気づいてないのかな。

私は黙ってその事実を胸にしまった。


一通り拠点の説明を終えた修一さんが私に向き直る。

「食料と水はなんとか、なっている。だが俺たちがこの先本気で生き残るには……もう一つ、足りないものがあるんだ」


彼は私を一階の奥の部屋へと導いた。

昨日私がスキルについて説明を受けたあの会議室だ。


「こっちだ。昨日あんたが俺たちにくれた『希望』の話だ」


修一さんがドアを開ける。



会議室の中に入ると、そこには一人白衣を着た老人がいた。

歳の頃は七十くらいだろうか。厳しそうな学者然とした顔つき。

机の上には私が昨日修一さんに渡したあのMP回復ポーションのレシピが広げられていた。


「紹介する。ここの技術顧問のヤナギさんだ」

「……柳です」


老人は私を値踏みするようにじろりと一瞥しただけだった。

……感じ悪いなこのじいさん。

修一さんはその気まずい空気を取り繕うように話を続ける。


「ヤナギさんは元々大学で薬学を教えていた教授でな。この拠点じゃもっぱら物資の管理や簡単な薬品の合成なんかを担当してもらってる」


なるほど。この世界の錬金術師みたいな立ち位置か。

修一さんはそのヤナギさんと名乗った老人に声をかけた。


「ヤナギさん。昨日話した通りだ。彼女がこのレシピを持ってきてくれたナギさんだ」

「……ふん」


はいはい出ましたよ年寄りの説教……。こっちには命がかかってんですけど。

ヤナギさんは鼻を鳴らすとレシピをトンと指で叩いた。

「修一。結論から言えばこのポーションとやらはワシらには作れん」


「なっ……! なぜです!?」

修一さんの声が色めき立つ。

「材料は揃っているんだろう!」


「ああ。材料はな」

ヤナギさんは呆れたように首を振った。

「ここに書いてある『癒しのハーブ』とやら。鑑定してみたら何のことはない、その辺に生えとるただの『ハコベ』じゃった。ご丁寧に『清浄な水』なんぞと書いてあるのもただのろ過した水道水じゃ」


「ならなぜ……!」

「分からんのか! ワシがこのレシピ通りにハコベを煮詰めて水を混ぜても、出来上がるのはただの色のついたまずい汁だけじゃ! 何度やっても同じことよ!」


ヤナギさんがさじを投げたように言う。

その言葉に修一さんやタツヤの顔に失望の色が浮かんだ。

せっかく手に入れた希望だったのに。ただの絵に描いた餅だったと。


「…………」


私はその重い空気を破るように静かに手を挙げた。

修一さんが驚いたように私を見る。


「あの。私にやらせてもらえませんか」


私のその一言に部屋にいた全員の視線が突き刺さる。

ヤナギさんが馬鹿にしたように鼻で笑った。

「お嬢ちゃん。これはままごと遊びじゃないんじゃぞ?」


「やってみないと分からないと思います」


私は戸棚に置かれていた材料――そこらへんで摘んできたらしいハコベの束と水の入ったビーカーを手に取った。

そして『料理 Lv.1』のスキルに意識を集中させる。

すると頭の中に直感が流れ込んできた。火加減はこれくらい。混ぜるタイミングは今。私の手なのに私の手じゃないみたいだ。

私はその直感に従いカセットコンロの火をつけ黙々と作業を始めた。

修一さんたちが固唾を呑んで見守っている。

やがて。

鍋の中のただの緑色の液体がふわりと淡い青白い光を放ち始めた。


「なっ……!?」

ヤナギさんが驚愕の声を上げる。

私はその光る液体をそっとビーカーに移した。

もうそれはただのまずい汁じゃない。

きらきらと光の粒子が舞う神秘的な液体。


「鑑定」


【名称:MP回復ポーション(小)】

【等級:ノーマル】

【効果:MPを50回復する】


「…………できちゃった」


私のその気の抜けた一言が静まり返った会議室にやけに大きく響いた。

最初に我に返ったのは修一さんだった。

彼は信じられないという顔で私が持つビーカーの中の青白い液体を指さす。


「な、ナギ……。それは……本当に……」

「MP回復ポーション(小)みたいです。MPを50回復するって」


私が鑑定結果をそのまま告げると。

今度はタツヤがわなわなと震えながら叫んだ。

「す、すげえ! マジかよ! 本当にできちまったのかよ!」


一番衝撃を受けていたのは間違いなくヤナギさんだった。

彼はさっきまでの疑いの目に今は純粋な研究者としての興奮と畏怖を浮かべている。

彼はゆっくりとビーカーに近づくとその中身を食い入るように見つめた。


「……信じられん。材料は同じはずじゃ。ワシと一体何が違うというんじゃ……」

「さあ……」


私にも分からない。

たぶんスキルのせい。そしてもしかしたら幸運のおかげ。

でもそんなことこの人たちに説明できるはずもなかった。


修一さんはヤナギさんに向き直る。

「ヤナギさん。これがあれば……」

「……ああ」


ヤナギさんは深く頷いた。

「これがあれば戦況は変わる。今までMP切れを恐れてスキルを使えなかった者たちも戦えるようになる。……革命じゃ。これは我々生存者にとっての革命じゃぞ……!」


革命か。大袈裟だな。でも確かにMPが貴重なこの世界じゃ戦略兵器レベルの価値があるのかこれ。

そのヤナギさんの興奮した声を聞きながら私は少しだけ他人事のようにぼんやりと考えていた。


そうか。

私はとんでもないものを作ってしまったのか。

この小さなポーション一本がこの拠点の未来を変えるほどの価値を持っている。

そしてそれを生み出せるのは今のところこの世界で私一人だけ。


その事実は私をこのコミュニティにおけるただの「客人」でも「強力な戦闘員」でもない、まったく別の存在へと押し上げていた。

それは代わりのいない唯一無二の役割。


修一さんが改めて私に向き直る。

その目にはもう昨日までの警戒心や値踏みするような色はどこにもなかった。

そこにあったのはもっと切実な懇願とそして確かな信頼の光だった。


うわやめて。そんなキラキラした目で見ないで。期待とか信頼とかそういうの一番重いんですけど……。

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― 新着の感想 ―
いや、もう帰ろうよ ここに居ても良いことないぞ?
何だこのジジイ
で、君たちは何を対価に差し出せるの? 極論性欲有り余ってる男子高校生主人公なら女性陣が娼婦でもやれば一応対価と言えるだろうけど今んとこ足手まといとしか思えないんだがなぁ
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