生存者との情報交換
彼が語る内容は私がこの数日間で嫌というほど身をもって体験してきたことだった。
「モンスターについてもまだ推測の段階だが、二種類いると考えている」
「二種類……?」
思わず初めて私の方から言葉を発していた。
修一は少しだけ驚いたように目を見開いた後すぐに頷いた。
「ああ。一つはカラスやネズミや、この辺りの生き物が、おかしくなっただけの変異体。そしてもう一つは……」
彼は言葉を選ぶように一度間を置いた。
「ゴブリン、スライム、そしてあんたが一昨日倒してくれたあのカマキリ。……物語の中にしかいないはずの連中だ。どこか別の世界から来たのか、あるいはこの世界で新しく生まれたのか……。そこまでは分からない」
彼の推測は私がインプやホブゴブリンに遭遇した時に感じたものと同じだった。
やっぱりこの世界はただ壊れただけじゃない。
何か別のものと混ざり合ってしまっている。
「そして問題は『システム』だ」
修一の声のトーンが少し低くなる。
「確かに俺たちもレベルやステータスは手に入れた。スキルだって持っている奴はいる。だがそのほとんどは『身体強化』で少しだけ力が強くなるとか、『棍棒術』でパイプを振り回すのが少しだけ上手くなるとか。……その程度なんだ」
「……魔法、みたいなのは?」
私がそう尋ねると彼は自嘲するように少しだけ笑った。
「魔法スキルか。それ自体は存在するらしい。だが宝の持ち腐れだ。ほとんどの生存者はMPの最大値が50とか多くても100くらいしか、ないんだ。何か小さな火種を出すようなスキルがあったとしても一発使ったらもう空っぽだ。戦闘じゃまったく使い物にならない」
――MPが50から100?
私は自分のステータスを頭の中に思い浮かべる。
私のMP。
1950。
「…………」
桁が違う。
私の圧倒的なMP量。
それは私がこの世界の人間の中でとんでもない「イレギュラー」であることの何よりの証明だった。
修一は私のその内心の衝撃など知る由もなく、静かに話を続ける。
「だから俺たちはあんたの力が知りたい。あんたが何を知っているのかも。……もちろん無理強いはしない。これは取引だ」
彼はそう言うと部屋の隅に置いてあった自分たちのリュックから何かを取り出した。
それは私が見覚えのある――というか忘れるはずもない、きらきらと光る小さな『宝箱』だった。
「これはあんたが開けるべきだ」
修一はその宝箱を私と彼の間の長机の上にそっと置いた。
「あんたがたった一人であの化け物を倒して手に入れたもんだ。俺たちがどうこう言う権利はない」
「…………」
うわ、ここで開けろってこと?
鑑定とかあんまり人の前でしたくないんだけど……。
でも彼のまっすぐな目を見ていると断れる雰囲気じゃない。
私は観念してその小さな宝箱を手に取った。
ひんやりとしていて見た目よりずっと軽い。
【名称:マンティスの宝箱】
【等級:レア】
【備考:開けるまで、中身は分からない。幸運が高いほど、良いものが出やすい、と言われている】
「……と言われている、か」
備考欄の曖昧な記述に思わずツッコミが漏れる。
まあいい。
私は意を決して宝箱の小さな留め金に指をかけた。
カチリと心地よい音がして蓋が開く。
中からふわりと柔らかな光が溢れ出した。
光が収まると。
箱の中には黒いビロードのような布の上に二つのアイテムが鎮座していた。
一つはくるりと巻かれた古い羊皮紙。
もう一つはビー玉くらいの大きさの透明なガラス玉。中には複雑な模様が浮かんでいる。
私はまずその羊皮紙を手に取った。
「鑑定」
【名称:MP回復ポーション(小)のレシピ】
【種別:レシピ】
【等級:レア】
【効果:特定の材料を組み合わせることで、『MP回復ポーション(小)』を作成できるようになる】
「――っ!」
MP回復ポーション……!
このほとんどの人間がMP50とか100しかない超絶MP貴重な世界で、それを「回復」させる薬。
しかもそれを自作できるようになる「レシピ」!?
とんでもないお宝じゃないかこれ……!
私は自分の内心の動揺を必死で顔に出さないようにしながら。
次にガラス玉を手に取った。
「鑑定」
【名称:スキルオーブ:空間把握】
【種別:スキルオーブ】
【等級:レア】
【効果:使用すると、スキル『空間把握 Lv.1』を習得する】
スキルオーブ。
使うだけでスキルを覚えられるアイテム。
しかも『空間把握』。名前からしてどう考えても索敵や偵察に特化した超便利スキルだ。
MP回復ポーションのレシピ。
そして『空間把握』のスキルオーブ。
どちらも喉から手が出るほど欲しい。今すぐ使いたい。
でも。
「……どうだった?」
目の前で修一が固唾を呑んで私を見ている。
まずい。
ここで私がこの二つのアイテムを無言で自分のアイテムボックスにしまったら?
間違いなく不信感MAXだ。最悪の場合この場で戦闘になんてことにも……。
私の頭が高速で回転する。
どうする? どうするのが正解だ?
(MP回復ポーション……喉から手が出るほど欲しい。けど今の私に必須か? と言われるとそうでもない。MPの最大値はバカみたいにあるんだし。でもMPが50とか100しかないこの人たちにとっては? これはただのレアアイテムじゃない。「戦力」そのものだ)
(スキルオーブはダメだ。これは絶対に渡せない。私の生命線になるスキルだ)
(……なら、答えは一つ)
私は覚悟を決めた。
「これ、あげます」
私はMP回復ポーションのレシピ――古い羊皮紙を修一に差し出した。
彼は驚いたように目を見開く。
「いいのか? あんたの戦利品だぞ」
「いいんです。私、MP、多いんで」
私は初めて自分の意思で自分の情報を少しだけ開示した。
修一は一瞬逡巡した後、ゆっくりとそのレシピを受け取った。
そしてそこに書かれているであろう文字を読んで彼の表情が変わった。
「……MP回復ポーション……これを量産できるのか……?」
「材料があれば、たぶん」
「……あんた、自分が何を持ってきたか、分かってるのか?」
修一の声のトーンが変わる。
それは私をただの「強力な生存者」としてではなく、このコミュニティ全体の運命を左右しかねない「重要人物」として認識した声だった。
私は残ったスキルオーブだけをそっと自分のアイテムボックスへとしまう。
修一はしばらく何も言わなかった。
ただその古い羊皮紙を握りしめている。
やがて彼は顔を上げた。
「……分かった。取引、成立だ」
その目はもう私を値踏みしてはいなかった。
一人の対等な交渉相手として私を見ている。
「改めて、ようこそ。俺たちの拠点へ、ナギ」
よし、第一関門はクリア……かな?
面倒なことにならないといいんだけど。
私はこのとんでもないお宝をあっさり手放したことを後で後悔しないように祈るしかなかった。




