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19/45

ぼっち生活が終わった日

シュウイチに先導される。

タツヤと、大柄な男が私の両脇を固める。

……いや、固めるっていうか。これ、護衛じゃなくて完全に逃走防止の監視だよね?

私の内心のツッコミなど知る由もなく、男たちは無言で町の中を進んでいく。


気まずい。

気まずすぎる。

なんで私、集団行動なんてしてるんだろ。しかも、ほぼ初対面の男三人と。

もう、いっそのこと何か話した方がいいんだろうか。いや、でも何を?

「いい天気ですね」とか? この、世界が終わってる状況で?

無理無理無理。ハードルが高すぎる。


「あ、あのさ!」


沈黙を破ったのは、やっぱり、タツヤだった。

彼は、なんだかそわそわした様子で私に話しかけてくる。

「一昨日の、すごかったよな! あの槍、どうなってんの? 手から消えたけど!」


「…………」


私は咄嗟に、フードをさらに深く目深にかぶった。


そんな私を見て、シュウイチが後ろを振り返りタツヤに低い声を出す。


「タツヤ。今は、やめておけ」


「えー。でも、シュウイチさん……」


「いいから」


その有無を言わさぬ声に、タツヤはしぶしぶ口を噤んだ。

……助かった。

でも、やっぱり気まずい。


そうこうしているうちに、町の景色が少しずつ変わってきた。

今まで見てきた、ただ荒れ果てただけの廃墟じゃない。

道の真ん中に、車や瓦礫を積み上げた、粗末なバリケードがいくつも設置されている。

建物の窓は、板で塞がれている。

なるほど。この辺りはちゃんと人のテリトリーになってるんだ。


そして、ついに私たちはその中心地へとたどり着いた。

高くそびえ立つ灰色の建物。

――市役所庁舎。

その姿は、もはや私が知っている役所のそれじゃなかった。

窓は、本棚や机で、内側から完全に塞がれている。屋上には、見張り台のような小屋が作られていた。

正面入り口は、巨大なバスやトラックで隙間なく封鎖されている。


私たちが、その要塞の脇にある小さな入り口に近づくと。

見張り台から、声が飛んできた。

「――シュウイチさん! ご無事でしたか!」


「ああ。門を、開けてくれ」


シュウイチが答えると、バリケードの一部が、ぎしりと音を立てて動かされる。

そして、その隙間から、私たちは中へと入った。


その瞬間。

私は、圧倒されていた。

ざわめき、喧騒、匂い。

焚火の煙の匂い、誰かの話し声、子供の泣き声。

何十人、いや、もっといるかもしれない。

大勢の人間が、市役所の一階ロビーで、ごちゃごちゃになって生活していた。

そして、その何十という視線が、一斉に、新参者である私へと突き刺さる。



コミュ障にとって、最もクリア困難なイベント。

それは、「アウェイな環境での、注目を一身に浴びる自己紹介タイム」だ。……いや、まだ何も紹介してないけど。

何十という視線が、値踏みするように、私の一挙手一投足を見つめている。

もうダメだ。MPを、ごりごりと削られていく気分。


「……フード」


私は、ほとんど本能的に、生き残るための最終手段として、再びフードを目深にかぶった。

これで、少しだけマシになる。

顔さえ見えなければ、私の心も、少しだけ鎧を着ることができるのだ。


そんな私の、明らかに不審な行動を見て、シュウイチが、やれやれと息を吐いたのが分かった。

彼は、ざわめく周囲の人間たちに聞こえるように声を張る。


「――全員、持ち場に戻れ! この人は、俺の客人だ。何か質問があるなら、後で俺が聞く」


そのリーダーらしい凛とした声に、ざわめきが少しだけ収まった。

人々は、まだ遠巻きにこちらを窺ってはいる。でも、さっきまでの突き刺すような視線は、和らいでいた。

……助かった。


「こっちだ」


シュウイチが、私に短く声をかける。

私は、俯いたまま、彼の後ろについていく。

タツヤと、大柄な男も続いた。


市役所の一階ロビーは、私が知っている綺麗な場所ではなかった。

床には毛布やダンボールが敷き詰められ、いくつもの家族単位らしい居住スペースが作られている。

隅の方では火が焚かれ、大きな鍋で何かを煮炊きしていた。

怪我人だろうか。壁にもたれて、ぐったりとしている人もいる。子供たちの、か細い泣き声も聞こえる。


誰もが、疲れて、汚れて、そして、明日をも知れぬ不安をその目に宿していた。

ここが、この町の現実。

図書館という完璧な城で、一人優雅に(?)サバイバルしていた私とは違いすぎた。


シュウイチは、そんなカオスなロビーを抜け職員用のバックヤードへと私を案内する。

そして小さな会議室のドアの前で立ち止まった。


「ここを使ってくれ。今は誰もいない」


彼は、そう言うと、ドアを開けて私に入るように促した。

部屋の中には、長机とパイプ椅子がいくつかあるだけ。

でも、今の私にとっては、ロビーの喧騒から逃れられる、最高の避難場所だった。


私は、吸い込まれるように、部屋の中へと足を踏み入れた。




私が部屋に入るのを確認すると、シュウイチは、他の二人に目配せをした。

「タツヤ、ゴウシ。お前たちは少し外していてくれ」


「えー」


タツヤが、不満そうな声を上げる。

「俺も、話聞きてえんだけど!」


「お前の口は軽すぎる。それに、彼女が緊張しているだろうが」


シュウイチにそうぴしゃりと言われ、タツヤはしぶしぶ口を噤んだ。

ゴウシと呼ばれたあの大柄な男は何も言わず、ただ私に一度だけぺこりと頭を下げると、静かに部屋を出ていく。

その意外なほど丁寧な態度に、私は少しだけ驚いた。


ドアが、閉められる。

小さな会議室に、残されたのは、私と、シュウイチの二人だけ。

……気まずい。

さっきよりも、もっと気まずい。


私は、どうしていいか分からず、部屋の隅のパイプ椅子に、ちょこんと座った。

シュウイチは、そんな私と少し距離を置いた、向かいの椅子に腰を下ろす。


「まずは、改めて礼を言う。一昨日は、あんたのおかげでタツヤが助かった。本当にありがとう」


彼は、まっすぐに私を見て言った。

私は俯いたまま、か細い声で答える。


「別に、そんなつもりじゃ……」


「それでもだ。あんたがいなければ、あいつは死んでいた」


シュウイチの、きっぱりとした声。

「俺は、修一だ。ここのリーダーをやっている。あんたの名前を聞いてもいいか?」


自己紹介、来た。

コミュ障にとって、最大の難関イベント。

私は、数秒逡巡した後、ぼそりと自分の名前を告げた。


「…なぎ。しおみ、なぎ……」


「ナギか。いい名前だな」


修一は、そう言うと、本題に入った。

「単刀直入に聞く。あんたはいつからその力を?」


「…………」


「……答えにくいか。なら、質問を変えよう。あんたは、この世界がどうしてこうなったか何か知っているか?」


私は、ゆっくりと首を横に振った。

「……知らない。気づいたら、ネットが繋がらなくなってて……一か月、家にいて……」


私の、途切れ途切れの説明に、修一は驚いたように目を見開いた。

「……そうか。あんたは、本当に何も知らないんだな」


彼は、何か納得したように頷く。

そして、ゆっくりと、彼が知る限りの、この世界の「真実」を語り始めた。


「俺たちは、あの現象を、『大災禍』と呼んでいる」


一か月と、少し前。

世界中で同時に発生した突発的な超常現象。

モンスターの出現。

そして、俺たち人間に与えられたゲームのような「システム」


「あんたが使っているのも、その力の一つなんだろう。俺たちにもある。……もっとも、あんたほど強力なもんじゃないが」


修一の話は、私がぼんやりと推測していたことと、ほとんど同じだった。

でも、その答え合わせを、目の前の他人から聞かされるという経験。

それは、私がもう本当に一人ではないという事実を、私の胸に深く突き刺した。


私は、彼の話をただ黙って聞いていた。

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― 新着の感想 ―
情報抜いたらサッサとオサラバした方がいいね、確実に面倒事を背負わせられる。
30人ほどって聞いた後に、何十人ってなるのはちょっと違和感ありますね。
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