尋問、という名の……?
「改めて頼む。少しでいい。俺たちと話をしてくれないか」
男の、真剣な目。
その目に、私は、どう答えるべきか分からなかった。
逃げる?
それとも……話す?
いやいやいや、一番無理な選択肢じゃん、それ!
私の頭の中は、完全にパニック状態だった。
どうしよう、どうしよう。
とりあえず、何か言わないと。
「……」
ダメだ。口が、パクパクするだけで、声にならない。
喉がカラカラに乾いて、声帯が仕事をしてくれない。
そんな私の様子を見て、シュウイチは、ふぅ、と、もう一度ため息をついた。
「……脅してるつもりは、ないんだが」
彼はそう言うと、自分が手に持っていた金属バットを、ゆっくりと地面に置いた。
そして、他の二人にも目配せをする。
タツヤと呼ばれた茶髪の男と、もう一人の、一番体格のいい大柄な男もそれに倣って、それぞれの武器をゆっくりと地面に置いた。
「これで、どうだ? 俺たちに敵意はない。信じてもらえないか」
武器を、捨てた……?
その誠実なとでも言うべき行動に、私の混乱は少しだけ鎮まっていく。
でも、警戒心はまだ解けない。
この世界では、モンスターより、人間の方が怖いかもしれないんだ。
シュウイチは、そんな私の心を見透かしたように、続けた。
「あんたが俺たちを警戒するのは、当然だ。だから、まずは、俺たちの方から話をさせてもらう」
自分たちが、市役所跡を拠点にしている、生存者グループであること。
メンバーは、ここにいる三人を含めて、三十人ほどいること。
そして。
「食料も、薬も、ギリギリなんだ。毎日、こうして命懸けで物資を探し回っている。……一昨日は、仲間の一人があんたのおかげで助かった。本当に、感謝している」
そう言って、彼は、私に深々と頭を下げた。
他の二人も、同じように頭を下げる。
そのあまりにも真摯な態度に、私はどうしていいか分からなくなった。
だって、私は別に、彼らを助けようとしたわけじゃ……。
「頼む。あんたの力が、どうしても必要なんだ」
シュウイチが、顔を上げる。
その目は、必死だった。
この終末世界を、生き抜いてきた男の目。
その真剣な眼差しに、私はもう、逃げるという選択肢を失いかけていた。
その目に、私はどう答えるべきか分からなかった。
断って、この場を無理やり切り抜けるべきか。
それとも……。
彼は、さらに言葉を続けた。
「あんたに、無理にとは言わない。俺たちの無茶な頼みを聞いてくれとも。でも、少しでもいい。力を、貸してはもらえないだろうか」
その真剣な説得。
それでも、私は首を縦には振れなかった。
グループに所属する。それは今の私にとって、モンスターと戦うよりも、ずっと怖いことだったから。
私が俯いて黙り込んでいると。
今まで一言も口を開かなかった三人目の、一番体格のいい大柄な男が、ぼそり、と呟いた。
「……子供たちも、いるんだ。腹を、空かせてる」
――子供。
その単語。
それは、もうズルい。そんなの、反則だ。
私は、ゆっくりと顔を上げた。
そして、決意する。
言葉で答えるのは、まだ怖い。
だから、代わりに。
私は、自分のフードの縁に、そっと手をかけた。
少しだけ、震える指先。
午後の傾きかけた太陽の光が、私の無防備になった顔と髪を、照らし出す。
手入れを放棄された、艶のない黒髪。
不健康なほどに白い肌。
そして、隈が刻まれた、目の下。
三人の男たちが、息を呑むのが分かった。
タツヤという男は、昨日と同じように、ぽかんと口を開けて固まっている。
シュウイチも、その冷静な表情を、わずかに崩していた。
一番驚いていたのは、意外にも「子供」の話をしたあの大柄な男だったかもしれない。彼は、なんだか気まずそうに、私から視線を逸らした。
彼らが、どんな化け物を想像していたのかは知らない。
でも、その正体が、こんな、ただ疲れて汚れただけの若い女だったことに、彼らが心底驚いていることだけは、確かだった。
***
気まずい、沈黙。
その場を支配していたのは、もはや警戒や敵意ではなかった。
ただ、純粋な戸惑い。
フードを取って素顔を晒した私に対する、彼らの、どうしていいか分からないという感情が、痛いほど伝わってくる。
「……そっか。あんた、ずっと、一人で……」
シュウイチが、何かを噛み締めるように、呟いた。
その声には、同情や憐れみとは違う、もっと純粋な驚きと、そして、たぶん、ほんの少しの尊敬みたいな響きがあった。
私は、何も言わない。
いや、言えない。
だって街に降りてくるまでは一か月間食っちゃ寝の生活をしていたんだもの
ただ、こくり、と小さく頷くだけ。
それが、今の私にできる、精一杯の返事だった。
私の、無言の、しかし確かな「承諾」を、シュウ-イチは正しく受け取ってくれたらしい。
彼は、安堵したように、ふぅ、と息を吐いた。
そして、後ろの二人に目配せをする。
「よし。じゃあ、行こうか。俺たちの、拠点へ」
タツヤが、慌てて口を挟む。
「え、でもシュウイチさん! こいつ……いや、この子を、いきなり拠点に連れて行くのは……」
その失礼な物言いに、シュウイチは、もう一度タツヤの頭をひっぱたいた。
「馬鹿野郎。彼女は、俺たちの命の恩人だぞ。それに、このままここにいさせて、また化け物に襲われる方が問題だろ」
そう言うと、彼は、地面に置いたままだった自分の武器を拾い上げた。
そして、私に向き直る。
「大丈夫だ。無理やり何かをさせたりはしない。ただ、あんたに知ってほしいんだ。この世界が、今、どうなっているのか。そして、俺たちが、何と戦っているのかを」
そのまっすぐな目に、私は、もう逆らう気力を失っていた。
というか、正直に言えば、私自身も知りたかったのだ。
この、イカれた世界の真実を。
私は、自分の鉄槍を、アイテムボックスへと収納する。
その物体が、一瞬で私の手から消えるのを、三人は、また息を呑んで見つめていた。
……いちいちリアクションされると、こっちが疲れるんだけど。
「行こう」
シュウイチが、先に立って歩き出す。
私は、その後ろを、少しだけ距離を置いて、ついていく。
タツヤと、大柄な男が、まるで私を護衛するように、両脇を固めた。
こうして、私は、この世界に来て初めて、他の人間と行動を共にすることになった。