武器がないなら作ればいいじゃない
「はぁ〜……」
私はここ数日で一番、寝覚めの悪い朝を迎えていた。
理由は言うまでもない。昨日のあの、生存者たちとの遭遇だ。
結局、あの後逃げてからそのまま図書館に戻ってきてしまった。
「……どうすんだよ、これから」
私はベッド代わりのクッションの上で頭を抱える。
彼らは私の顔を見たかもしれない。私がスキルを使うところも。
今頃私のことを探しているかもしれない。
「謎の超能力少女」みたいな、不名誉なあだ名までつけられて。
「ああもう! なんでお節介なんてしちゃったんだろ、私!」
後悔してももう遅い。
一番の失態はパニックになって大事な戦利品まで置き去りにしてきてしまったことだ。
私が自分の手で初めて作り上げたあの『手製の鉄槍』。
そしてレベル13の強敵が落としたピカピカの『宝箱』。
よく考えればマインドバレットを使えば手繰り寄せることもできたはずだけど……
あんな状況で理性的な判断できるわけないじゃん!
「……もったいない。もったいなさすぎる……」
鉄槍は結構気に入っていた。初めて作った武器だったし……
宝箱の中身は鑑定する暇もなかったけど絶対にすごいものが入っているに違いない。
「よし。行こう。回収に」
私はベッドから勢いよく起き上がった。
覚悟を決めれば話は早い。
もちろん真正面から「返してください」なんてコミュ障の私にできるはずもない。
『隠密』スキルを使いこっそり誰にも気づかれずに回収するのだ。
傍から見たら泥棒だが、バレなければいいのだよ。
でも手ぶらで行くのはあまりにも無謀すぎる。
もしまたモンスターに出会って戦闘になったら?
鉄槍がない今、私の武器はそこらへんのガラクタだけだ。
でも、今の私には素材も道具も、そしてスキルもある。
「作ればいいんだ。もっといいやつを」
私の思考は完全に切り替わっていた。
鉄槍一本じゃダメだ。ホブゴブリンの時みたいに数を撃てないと詰む可能性がある。
一度にたくさん自在に動かせる弾丸。
そう。某有名アニメのアレみたいなやつ。
「作るか、私だけの"ファンネル"を…」
私は地下書庫へと足を運んだ。
コンクリートに囲まれただだっ広いこの空間。モンスターはもういない。
ここを私の秘密基地――工房にする。
「鉄を扱うなら、まずは炉かな…?」
私はアイテムボックスからホームセンターで手に入れておいた耐火レンガのブロックをいくつか取り出した。
図書館で借りてきた『ゼロから始める! DIY入門』という本を片手に。
私は自分の城に新しい施設を建設し始めた。
数時間後。
私は汗とレンガの粉にまみれながら自分の作品を呆然と眺めていた。
目の前にはDIY入門の本に載っていた写真とは似ても似つかない、いびつで不格好なレンガの塊。……一応炉と呼んでもいいナニカが完成していた。
「まあ、見た目はともかくとして、機能すればいいんだよ機能すれば!」
私は自分に言い聞かせホームセンターから持ってきたカセットコンロを炉の燃料口にセットする。
そして点火。
ボーッという頼りない音を立ててオレンジ色の炎が炉の中へと吸い込まれていった。
「カセットコンロ程度でほんとにいけんのかな……」
私は試しに『高純度の鉄くず』の小さな欠片を炉の中へと放り込む。
鉄を溶かすには千五百度以上の熱が必要だと本には書いてあった。
もちろんカセットコンロの炎ごときですぐにそんな温度になるはずも……。
「……だよなー」
十分ほど待ってみたが鉄の欠片はほんのり赤みを帯びただけ。溶ける気配なんて微塵もない。
これじゃただレンガを必死に温めてるだけだ。
「ダメだ、全然温度が足りない!どうすんだよこれ……」
せっかくここまで作ったのに。
私がその場にへたり込み頭を抱えたその時だった。
工房の隅にアイテムボックスから出して置きっぱなしにしていたあのアイテムがふと目に入った。
ジャンク・ゴーレムが落としたガラス玉のような青白い塊。
「……ゴーレム・コア」
そうだ。
あれを鑑定した時確かこう書いてあった。
『微弱な魔力を放ち続けている。何かの動力源になりそう』。
動力源。
魔力。
「もしかしてこの炎をもっと強くできる……?」
根拠はない。ただの直感だ。
でも今の私にはそれに賭けてみるしか選択肢はなかった。
私は一度火を止めると炉の構造を少しだけ改造し始めた。『工作』スキルが私の頭になんとなく最適な配置図を思い浮かばせてくれる。
燃料口の奥。炎が直接当たる場所にコアを固定するための小さな台座を取り付けた。
「……よし」
私は祈るような気持ちでコアをその台座に置く。
そして再びカセットコンロに点火した。
オレンジ色の炎がゆっくりとゴーレム・コアを舐める。
次の瞬間。
コアが内側から青白い光を放ち始めた。
そしてカセットコンロの炎をまるで吸い込むようにその輝きを増していく。
ゴオオオオオオオオッ!!
今までとは比べ物にならない轟音。
炉の中から吹き出してきたのはもはや炎ではなかった。
青白い魔力の奔流。
工房全体の空気が揺らぐ。肌がジリジリと焼けるように熱い。
私は恐る恐るさっきの鉄の欠片をもう一度炉の中へと放り込む。
すると鉄は一瞬で真っ赤に燃え上がり。
数秒後にはきらきらと輝く液体へとその姿を変えていた。
「すごい……。マジで本当にできちゃった」
ゴオオオオオッ!
青白い魔力の炎が目の前で轟音を立てて燃え盛っている。
その圧倒的な熱量に私は一瞬だけ恐怖を感じた。
でもすぐにそれ以上の高揚感が私の心を支配した。
「これならいけるんじゃないか?」
武器製作の準備は整った。
私はアイテムボックスから『高純度の鉄くず』の塊をいくつか取り出す。そしてそれを魔法の炉の中へと次々と放り込んでいった。
鉄は見る見るうちにその形を失いオレンジ色に輝くどろりとした液体へと変わっていく。
「さて、ここからが本番だ」
私は赤い『万能ツールキット』の中からやっとことハンマーを取り出す。
作りたいもののイメージはもう頭の中に完璧に出来上がっていた。
空中を自在に飛び回る黒い杭。
『マインド・ジャベリン』。
私は溶けた鉄を耐火レンガで作った簡易的な鋳型へと流し込む。
冷えた鉄を取り出し、形を整えていく。
『工作 Lv.1』のスキルのおかげなのか、どこをどれくらいの力で叩けばいいのか。
どうすればより鋭くより頑丈な刃を生み出せるのか。
その全てが直感的に分かった。
汗が額から噴き出してくる。腕はもうパンパンだ。
でも私は手を止めなかった。
まるで何かに取り憑かれたように。
私はただひたすらに鉄を叩き続けた。
それは今まで私が一番縁遠いと思っていた行為。
泥臭くて汗まみれの肉体労働。
でも。
「……楽しい」
声が漏れた。
そうだ。楽しいんだ。
小説を書いている時とはまた違う種類の万能感。
自分の手でこの世界に新しいものを生み出す。
その純粋な喜びが私の全身を満たしていた。
そして1時間後。
ついにその一本が完成した。
「…………できた」
冷水で焼き入れを済ませた完成品。
それは長さ三十センチほどの黒い鉄の杭だった。
無駄を一切削ぎ落とした機能美。
その鋭利な穂先はどんなものでも貫けそうだ。
「鑑定」
【名称:マインドジャベリン(試作品)】
【等級:アンコモン】
【状態:新品】
【効果:『マインド・バレット』で操作時、飛翔速度と貫通力が小上昇する】
「おー!ちゃんと専用効果までついてる!」
等級付き。しかも私のスキルとのシナジー効果まで。
私はその自分の手で生み出した初めての「作品」を満足げに眺めた。
これならいける。
これがあればあの忘れ物を必ず取り返せるし、今後の戦闘でも役に立つ。
私は同じものをあと四本作り上げることにした。
夜通しの作業になるかもしれない。
でも今の私には疲労なんて微塵も感じられなかった。




