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ありがとう、とか言われる前に逃げる

どうする?

どうするどうするどうする!?


選択肢は三つ。

一つ、このまま見殺しにして逃げる。

一番安全で一番賢い選択だ。私には彼らを助ける義理も義務もない。


二つ、飛び出して戦う。

レベル13のあの化け物と? 馬鹿も休み休み言え。自殺行為だ。


三つ――。


「…………っ!」


男の絶望に歪んだ顔が目に入る。

彼は私に気づいたせいで死ぬ。

そのどうしようもない事実が私の思考を麻痺させた。


嫌だ。

目の前で人が死ぬのは。

しかもその原因が自分にあるなんて。

後味が悪すぎる。


(……援護、一撃だけなら……!)


そうだ。私が戦う必要はない。

ただあの鎌の軌道をほんの少しだけ逸らせればいい。

それだけでいい。

それだけやったら私はすぐに逃げる。


私はアイテムボックスから即席の切り札――『手製の鉄槍』を、取り出した。

ずしりとした重みが手に伝わる。


『マインド・バレット』!


鉄槍がふわりと私の目の前に浮かび上がる。

今はこの威力を信じるしかない。


狙うはカマキリの本体じゃない。

振り下ろされる鋼鉄の鎌。その側面。

そこにこれをぶち当てる。


私の集中力が極限まで高まっていく。

いける。

やれる。


――ただ、助けるつもりで。

――ほんの、お節介のつもりで。


私はその一撃を放った。




ヒュンッという短い飛翔音。

私のイメージではそれは鎌の側面に弾かれて軌道を変えるはずだった。

でも現実は違った。

スキルレベルが上がり研ぎ澄まされた鉄槍の性能は、私の想像を遥かに超えていた。


――ガッッッッギン!!!


凄まじい金属音。

鉄槍は振り下ろされようとしていた鋼鉄の鎌を根元からたやすく粉砕した。

そしてその勢いはまったく衰えることなく。


そのままメタルマンティスの硬い外骨格に覆われた頭部へと突き刺さった。


――グシャッ!


熟れた果実が潰れるような生々しい音。

メタルマンティスの巨体がぐらりと大きく傾く。


「ギシャアアアアアアアアアアアアッッ!!」


断末魔の絶叫が路地裏に響き渡る。

怪物はめちゃくちゃに暴れながら数歩後ずさる。そしてまるで糸が切れた操り人形のようにずるずると地面に崩れ落ち、数度痙攣した後ぴたりと動きを止めた。



「あれ?」


私の口から間抜けな声が漏れた。

援護のつもりだったんだけど……。

いやどう見てもオーバーキルやんこれ。


生存者たちも同じだった。

仲間を助けようとしていた男もその仲間も、全員が何が起きたか分からず、ただ呆然と静かになった怪物の巨体と私が隠れているビルを交互に見ている。

シーンと気まずいほどの静寂。


その静寂を破ったのはシステムのアナウンスだった。


【経験値を獲得しました】

【レベルが上がりました! Lv.10 -> Lv.11】

【レベルが上がりました! Lv.11 -> Lv.12】

【レベルが上がりました! Lv.12 -> Lv.13】

【モンスターのレアドロップを確認しました】



脳内にけたたましくアナウンスが響き渡る。

それと同時にメタルマンティスの死体がゆっくりと黒い粒子となって霧散していく。

そしてその跡地。

地面にきらきらと淡い光を放つ小さな箱が一つ出現した。


「おい……なんだ、あれ……」

生存者の一人がかすれた声で呟く。

「光ってる……まさか……」


リーダー格の男が信じられないという顔で叫んだ。

「ドロップアイテム……? いやそもそもドロップなんて噂でしか聞いたことがないぞ……!」


その声に私ははっと我に返った。

まずい。

非常にまずい。


見られた。

私の正体不明の超常的な力を。

このままじゃ絶対に話しかけられる。

根掘り葉掘り聞かれる。


――無理!

私のコミュ障が全力で警鐘を鳴らしていた。

モンスターより人間との会話の方が怖い!


「おい、そこのビルにいる奴! 出てこい!」


リーダー格の男がついにこちらに向かって叫んだ。

それが合図だった。

生存者たちの意識が箱と私に完全に、向いている。


――今だ!


私が彼らが次の行動を起こすその一瞬の隙を突いて。

音もなくその場から後退した。

そして乗り捨てていた自転車に飛び乗る。

あとはもう無我夢中だった。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!」


心の中で誰にともなく謝罪しながら私は全力でペダルを漕いだ。

ここから一番遠い場所へ。

彼らの記憶から私の存在が消えてなくなるくらい遠くへ。


私の初めての「人助け」はこうして全力の「逃走」で幕を閉じたのだった。



***



どれくらいの時間自転車を漕ぎ続けたろうか。

もうあの戦闘現場からはとてつもなく遠くまで来たはずだ。

私は路地裏にあった古びた雑居ビルの階段に自転車を隠し、その場にへたり込んだ。


「はぁ……はぁ……っ、もう、無理……」


心臓がまだバクバクいっている。

でもそれは恐怖からじゃない。

ただ全力で自転車を漕いだせいだ。


「なんで私は全力で逃げてるんだ!? 人助け(?)したはずなのに…。 コミュ障にはハードルが高すぎるんだよ、この世界は!」


ひとしきり誰にともなく悪態をつくと少しだけ落ち着いてきた。

ふぅと息を吐く。

とにかく生きている。誰も追いかけてはこなかった。

よし。


「切り替えよう。まずは、さっきのアナウンスの確認だ」


さっきの人たちは助かった。槍も失ったがまた新しい武器を作ればいい。

私は、頭の中に表示されっぱなしになっていた大量のアナウンスを改めて確認することにした。

まずはレベルアップだ。


【経験値を獲得しました】

【レベルが上がりました! Lv.10 -> Lv.13】


「Lv.10から13!? いっぺんに3つも上がったの!? あのカマキリ、とんでもなく経験値うまかったんだな」


そして表示された新しいステータス。



------------------------------

汐見 凪

Lv. 13 (+3)


HP: 90/90 (全回復)

MP: 1950/1950 (全回復)


筋力: 16 (+3)

耐久: 23 (+7)

敏捷: 29 (+8)

器用: 37 (+10)

幸運: 180

------------------------------



「おお……! めちゃくちゃ上がってる……!」


特に敏捷と器用の上昇値がすごい。

今までやってた、逃げ回って精密な一撃を叩き込んだ私の戦い方がそのままステータスの成長に反映されたのかもしれない。


そして極め付けはこれだった。


【レベルアップボーナスを3回分、獲得しました。各グループから、スキルを一つずつ選択してください】


「え、三つも選んでいいの!? 大盤振る舞いじゃん!」


私の目の前にご丁寧にグループ分けされたスキルリストが表示される。


▼グループA

・気配察知 Lv.1

・遠見 Lv.1

・索敵 Lv.1


▼グループB

・罠設置 Lv.1

・結界 Lv.1

・アイテムボックス容量増加(小)


▼グループC

・身体強化 Lv.1

・跳躍 Lv.1

・隠密 Lv.1


「うわー、悩む! でも今の私に必要なのは……」


私は慎重にしかし的確に自分の生存戦略に最も合致するスキルを選んでいく。

まずAからは不意打ちを防ぐための『気配察知』。

次にCからはそもそも戦闘を避けるための『隠密』。

そしてBからは……。


「罠とか結界とか難しそうだしな。うん、これしかない」


私は『アイテムボックス容量増加(小)』を選択した。

これでさらに多くの物資を持ち運べる。


【スキル『気配察知 Lv.1』『隠密 Lv.1』『アイテムボックス容量増加(小)』を取得しました】


私はそのとんでもない報酬の数々を前にしてしばらく呆然としていた。

レベルが3つ上がって新しいスキルも三つ。

失ったのは鉄槍一本と少しのMPだけ。


「……人助けって、結構、儲かるんだな」

今後、生存者の情報や国がどうなっているのかなど明かされていきます…!

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― 新着の感想 ―
まあ逃げるのが正解だろうな あの言い方だと横殴りに追求して権利とか今後の手助けとか要求されかねないし
五十代のおっさんが無料で読める小説にキレてて草 あ、今回のエピソードもめちゃおもろかったです
テンポ悪いな。緊急時イベントの受けとしては無理がある 無意識に助けちゃってにげだして、後で自問自答繰り返す段取りのほうがいい 逆に色々考えるなら遭遇の前とか休憩時のイメトレの時とかの方がいい
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